法律(刑法)

詐欺罪⑪ ~「不作為による詐欺の判例(その4)…『キセル乗車』『釣銭詐欺』『誤振込みがあったことの不告知』『口座が犯罪行為に使われていることの不告知』」を解説~

 前回記事の不作為による詐欺の判例紹介の続きです。

不作為による詐欺の判例(その4)

キセル乗車

 キセル乗車とは、

乗越料金を支払う意思なしに目的地まで乗るつもりで、中間駅までの乗車券を乗車駅の係員に提示して乗車する行為

をいいます。

 キセル乗車は、不作為(降車駅の不申告)による詐欺罪が成立しそうですが、結論として、詐欺罪は成立しないというのが判例の立場です。

東京高裁判決(昭和35年2月22日)

 この判例は、乗車駅の改札の際、乗り越しの意思のあることを係員に申告する法律上の義務はないから、その行為は、詐欺罪の欺く行為に当たらないとしました。

 裁判官は、

  • 旅客及び荷物運送規則…によれば、旅客は…乗越をしようとするときは、あらかじめ、係員に申し出て、その承諾を受けるべきであり、その場合には、乗越区間に対する運賃を支払えば足りるのであるが、右承諾を受けずに乗り越したときは、乗車区間に対する運賃と、その2倍に相当する額の増運賃とをあわせて支払わなければならないことになっており、同取扱規則…によれば、あらかじめ、係員の承諾を受けずに乗り越した場合においても、特別の事由があって増運賃を収受することが特に気の毒と認められ、かつ、これを免除しても別段支障がないと認められるときは、係員の承諾を得たときと同様に取り扱うことができるのである
  • かかる(このような)場合には、車内において係員の改札の際、乗車の駅を申告して運賃を支払い、また、車内改札のないときは、下車駅において運賃の精算をしなければならないことになっておるから、乗車の場合に、乗車駅において係員にこれを申告する法律上に義務はないのである
  • しかして、単純な事実の緘黙によって、他人を錯誤に陥れた場合においては、事実を申告すべき法律上の義務が存在する場合でなければ、これをもって詐欺罪における欺罔があるということはできないのである
  • 本件において、被告人は府中本町駅まで乗り越す意思であったにかかわらず、これを申告せず、八王子駅の表示された乗車券を橋本駅の係員に呈示して乗車したのであるから、係員としては被告人が八王子駅において下車するものと信ずるのは当然であり、この点において係員が錯誤に陥ったことになるのではあるが、被告人において、橋本駅における改札の際、乗越の意思のあることを係員に申告する法律上の義務がないことは前説示のとおりであるから、被告人の右不申告によって係員が錯誤に陥ったからといって、該事実をもって詐欺罪における欺罔ということを得ないのである
  • 次に、乗客が下車駅において精算することなく、あたかも正規の乗車券を所持するかのように装い、駅係員を欺いて出場したとしても、駅係員が免除の意思表示をしない限り、正規の運賃はもちろん、増運賃の支払義務は存続するから、財産上不法の利益を得たということはできない
  • 本件において、被告人は、初めから八王子、府中本町両駅間を無賃乗車する意思であり、精算することもなく、特に宥恕すべき事情がなかったのだから、…右区間の運賃のほか、増運賃をも支払うべき義務があるけれども、係員を欺罔して府中本町駅を出場したとしても、右運賃の支払義務を免れたわけではないから、これにより何ら不法の利益を得たことにはならないのである
  • 以上説示のように、…詐欺罪の構成要件を欠き、同罪を構成せず、鉄道営業法29条違反の罪を構成するにすぎない

と判示しました。

釣銭詐欺

 釣銭詐欺とは、

相手方が錯誤によって釣銭を余計に出したことを知りながら、その旨を告げないで受領する行為

をいいます。

 たとえば、コンビニの店員が、本当はお釣りが1000円なのに、誤って五千円札を渡してきて、黙ってそれを受け取って持ちされば、釣銭詐欺になります。

 釣銭詐欺は、社会生活上の条理にもとづいて、相手方に釣り銭が多過ぎることを告知する義務があるのに、その義務を行わなかったとして、不作為による詐欺が成立します。

 釣銭詐欺は、誰にでも偶然に起こりうるので、うっかり詐欺罪を犯してしまわないように注意が必要です。

 ちなみに、相手方が錯誤によって余計に釣銭を出したことを知らずに受け取った者が、その後、釣銭の多過ぎることに気づきながら、これを返却しない場合は、詐欺罪ではなく、占有離脱物横領罪が成立します。

誤振込みがあったことの不告知

 誤振込みであることを秘して、預金の払戻しを受けた場合、不作為による詐欺罪が成立します。

 この点について、以下の判例があります。

最高裁決定(平成15年3月12日)

 この判例で、裁判官は、

  • 受取人においても、銀行との間で普通預金取引契約に基づき、継続的な預金取引を行っている者として、自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には、銀行に措置を講じさせるため、誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務がある
  • 社会生活上の条理からしても、誤った振込みについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから、上記の告知義務があることは当然というべきである
  • そうすると、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐欺罪の欺罔行為に当たる
  • また、誤った振込みの有無に関する錯誤は、詐欺罪の錯誤に当たるというべきであるから、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する

として、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

口座が犯罪行為に使われていることの不告知

 自己が管理する口座が詐欺などの犯罪行為に使われていることを知りながら、銀行員に申し向けて、その口座から現金を払い戻す行為は、詐欺罪が成立し得ます。

 この点について、以下の判例があります。

東京高裁判決(平成25年9月4日)

 被告人が代表者である株式会社名義の預金口座が、詐欺などの犯罪行為に利用されているととを知りながら、被告人が現金を払い戻す行為については詐欺罪が成立し、現金自動預払機(ATM機)から現金を引き出す行為については、窃盗罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 本件普通預金規定上、預金契約者は、自己の口座が詐欺等の犯罪行為に利用されていることを知った場合には、銀行にロ座凍結等の措置を講じる機会を与えるため、その旨を銀行に告知すべき信義則上の義務がある
  • そのような事実を秘して、預金の払戻しを受ける権限はないと解すべきところ、被告人は、本件預金口座が詐欺等の犯罪行為に利用されていることを知っていたと認められるから、被告人に本件預金の払戻しを受ける正当な権限があるように装って、預金の払戻しを請求することは、欺罔行為に当たり、詐欺罪が成立する
  • また、キャッシュカードを用いて、現金自動預払機から現金を引き出した行為は、預金の管理者ひいては現金自動預払機の管理者の意思に反するものとして、窃盗罪を構成するというべきである

と判示しました。

 ちなみに、ATMから現金を引き出す行為は、人に対する欺罔行為がないという理由から、詐欺罪は成立せず、窃盗罪が成立することなります(詳しくは前の記事参照)。