「嫌われる勇気」を読んで記憶に刻み込みたい部分をブログに書いてみた【アドラー心理学を解説】

 「嫌われる勇気」(岸見一郎著、ダイヤモンド社)を読んで、特に良かった点をまとめました。

 本書は、対人関係を改善していくための具体的な方策を提示していくアドラー心理学を対話形式で書き記し、アドラー心理学を分かりやすく説明しています。

 なお、以下は本書を読んで学んだことを私のフィルターを通して書いた文書なので、本書が伝えたいことを正確に知りたい場合は、実際に本を手にとって読んでいただきたいと思います。

これまでの人生に何があったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない

 過去の心の傷を引きずり、現在は、過去の辛い経験の延長線上にあるものだという感覚で生きている人は多いのではないでしょうか。

 私は、どちらかといえば、過去の辛い経験や嫌な出来事を引きずって今を生きてしまう傾向があります。

 本書では、『これまでの人生に何があったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない』、『自分の人生を決めるのは、「いま、ここ」に生きるあなたなのだ』と提言しています。

 「今」と「これからは」は過去の経験や出来事とは別個のものであると考えれば、本書が提言するように考えることもできると思いました。

 私は、このあたりは思考法の選択の問題だと思っています。

 過去の辛い経験や嫌な出来事が今とこれからに影響してしまうと思考して生きるのと、過去の辛い経験や嫌な出来事は今と切り離して考えることができるものであり、これからをどう生きるかについて影響を与えるものではないと思考して生きるのとで、どちらの思考法を選択するのが好ましいのかという問題です。

 もちろん後者の思考法を選択して生きる方が好ましいです。

 『これまでの人生に何があったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない』という一文が考え方として優れていると思ったので紹介しました。

人間の悩みはすべて対人関係の悩みである

 アドラー心理学を語る上で、『人間の悩みはすべて対人関係の悩みである』というフレーズは有名です。

 皆さんも自分や自分の周囲にいる人の悩みについて考察や観察をしてみると、ほとんどが人間関係の問題に結びつくことに気づくと思います。

 アドラーは、「すべて対人関係の悩み」と言い切っていますが、これは間違っていないと思います。

 人は社会集団の一員となり、他者との関係の中で生きている以上、悩みの原因を掘り下げていくと、その悩みの原因は、程度の差こそあれ、すべて対人関係の悩みに結び付けることができることと思います。

 「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」という考え方は、日常で起こる悩みの原因を分析するための有効な思考法になると思いますので紹介しました。

優越性の追求、劣等感、劣等コンプレックス

 本書では、人は無力な存在として生を受け、この無力な状態から脱したいと願う普遍的な欲求を持っているといい、この欲求を「優越性の追求」と呼んでいます。

 「優越性の追求」とは、を簡単にいうと「向上したいと願うこと」「理想の状態を追求すること」です。

 「優越性の追求」と対をなすのが「劣等感」です。

 人は、向上したいと思う状況にいて、理想や目標に向かって前進しています。

 しかし、理想に到達できない自分に対し、まるで劣っているかのような感覚(「劣等感」)を抱きます。

 本書では、「優越性の追求」も「劣等感」も健康で正常な努力と成長への刺激であるとし、肯定します。

 ただし、「劣等コンプレックス」については否定します。

 「劣等コンプレックス」とは、「どうせ自分なんて」と思うなど、自らの劣等感をある種の言い訳に使い始めた状態のことをいいます。

 「劣等コンプレックス」の状態になると、努力と成長に向かわなくなります。

 アドラーは、「学歴が低いからできない」などといった因果関係の構築を「見かけの因果律」という言葉で説明し、本来は何の因果関係もないところに、あたかも重大な因果関係があるかのように自らを説明して納得させてしまう、そして、自分の置かれている状況やその責任を他者のせいにしたり、環境のせいにしたりすることで、人生のタスクから逃げているといいます。

 私は、本書を読むまでは、「劣等感」という言葉に否定的なイメージがありましたが、本書を読んで、「劣等感」は努力と成長に向かうための力であるという肯定的なイメージを持てるようになりました。

 そして、ダメなのは、努力と成長を放棄する「劣等コンプレックス」であるという考え方に感銘を受けました(「劣等コンプレックス」という概念を本書ではじめて知りました)。

 劣等感はグット、劣等コンプレックスはバッドです。

 「優越性の追求」「劣等感」「劣等コンプレックス」の考え方が優れているので紹介しました。

承認欲求の否定~「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない~

 他者から承認されることは嬉しく、承認欲求は人を突き動かす普遍的な欲求です。

 しかし、アドラー心理学では、他者から承認される必要はない、承認を求めてはいけないといって、承認欲求を否定します。

 本書では、「あの人」の期待を満たすために生きてはいけないと提言しています。

 私自身、人から認められたい、ほめられたいという思考から卒業できていなかったときは、心が傷つきやすく、ちょっとしたことで不安になったり、落ち込んだり、ネガティブ思考になったりするなど、メンタルが弱かったです。

 私たちは、子どもの頃から、親や先生が欲して期待する行動をとるように、彼らから賞罰教育を受け、思考や行動をコントロールされてきました。

 賞罰教育とは、適切な行動をとったらほめてもらえる、不適切な行動をとったら罰せられるという教育です。

 もっとも、子どもの頃に限らず、大人になって社会に出てからも賞罰教育は続きます。

 賞罰教育は人を手っ取り早くコントロールできるため、会社も賞罰教育の仕組みを使って人を動かします。

 このように、私たちは、子どもの頃から、人の期待を満たすために思考して行動するように、ある意味、マインドコントロールされる環境下で生きているのです。

 承認欲求をベースに生きていると、他人の自分に対する評価が自分の価値とダイレクトにつながってしまい、自分の価値を他人の判断に委ねてしまうことになります。

 すると、他人の言動で一喜一憂したり、他人の顔色がすごく気になってしまうなど、メンタルがとても弱い状態になります。

 このような弱いメンタルの状態では、高いパフォーマンスは発揮できません。

 人の期待を満たすために生きるのは早々に卒業しましょう。

承認欲求に囚われている人は自己中心的人物である

 承認欲求に囚われている人は、他者はどれだけ自分に注目し、自分のことをどう評価しているのかが気になり、他者がどれだけ自分を承認し、自分の欲求を満たしてくれるのかに執着します。

 このように承認欲求に囚われている人は、他者を見ているようで、実は自分のことしか見ていない自己中心的な人物といえます。

安直な優越性の追求~不良少年はこうして生まれる~

 人は、向上したいと願い、普通の状態から脱して特別な状態を追求する「優越性の追求」という普遍的な欲求をもっています。

 そのなかで、子どもたちは、親や先生から認めてもらうために、期待に応えたり、言いつけを守ったりして、「特別によくあろう」とします。

 しかし、特別によくあることがかなわなかった場合に、一部の子どもたちは、今度は一転して「特別に悪くあろう」とします。

 これは、「特別に悪くあろう」とすることも、「特別によくあろう」とすることと同じく、他者の注目を集め、普通の状態から脱し、特別な存在になるという欲求を満たすためです。

 こうして不良少年は誕生します。

 アドラー心理学では、健全な努力を回避したまま、他者の注目を集めようとすることを「安直な優越性の追求」と呼んでいます。

 そして、アドラー心理学では、安直な優越性を追求をしないように、普通であることの勇気を持つことが大切だと提言しています。

相手の言動によって腹が立ったときは、相手は「権力争い」を挑んできているのだと考える

 本書では、相手にののしられるなどして腹が立ったとき、相手は「権力争い」を挑んできていると考えてくださいと提言しています。

 仕事において、上司が部下の考えや判断を否定する場合、そこに否定する合理的な理屈があったとしても、理屈とは別に、相手を屈服させようとする感情を感じることがあります。

 その感情の部分が、権力争いを挑んでいる部分に当たります。

 よく観察すると、権力争いを挑まれる場面というのは日常の些細な場面でたくさんあります。

 相手のいいようにやられないように、権力争いを挑まれていると認識できることが大切です。

ほめるという行為には、「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれる

 ほめる行為をする人は、無意識のうちに上下関係をつくり、ほめる相手を自分より低く見ています。

 上司が部下をほめることはあっても、部下が上司をほめることはありません。

 職場で、部下が上司をほめたりしたら「こいつ舐めてんのか」と思われてしまいます。

 ほめる行為は上下関係を印象付ける行為なのです。

 ほめる行為の背後には相手を操作するという目的があります。

 ほめる行為が行われ、ほめられる側がそれを受け入れれば、知らないうちに上下関係ができあがります。

 ほめた方は相手のマウントをとることができ、ほめられた方は相手にマウントをとられます。

 ほめた方は優位に立ち、以後、相手をコントロール(操作)しやすくなります。

 なお、本書では、このテーマにおいて、一番大切なことは、他者を評価しないことである、評価は縦の関係から出てくる言葉であり、横の関係を築けているなら感謝や尊敬、喜びの言葉出てくるでしょうと提言しています。

課題の分離

 本書では、「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく(他者の課題に踏み込まない)必要があると提言しています。

 これを「課題の分離」といいます。

 本書では、あらゆる人間関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと、あるいは他者の課題に土足で踏み込まれることによって引き起こされるといっています。

 日常で、課題の分離の考え方が当てはまることはたくさんあります。

 人間関係でいうなら、私の言動で友人が怒ったとして、友人が私を許してくれるかどうかについては友人の課題になるので(私にはコントロールできないので私の課題ではない)、友人が私を許してくれるかどうかにフォーカスするのではなく、友人に誠意をもって謝罪や事情を説明をすることにフォーカスします(謝罪や事情を説明をするのは私の課題)。

 仕事においても、課題の分離の考え方は大切です。

 自分の仕事は自分の課題、他人の仕事は他人の課題ととらえることが基本です。

 個々が自分の仕事に集中し、それぞれが確実に結果を出していくことが全体の利益になります。

 助けが必要でないのに、他人の仕事に口や手を出すのはよろしくありません。

 もちろん、助けが必要な場合は、他人の仕事を全力で助け、また、他人から全力で助けてもらいましょう。

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