刑法(傷害致死罪)

傷害致死罪(7) ~暴行・傷害と死の結果の因果関係①「条件説と相当因果関係説」を解説~

暴行・傷害と死の結果につき、因果関係があることを要する

 傷害致死罪が成立するためには、暴行・傷害と死の結果の間に、因果関係があることを必要とします。

 どのような場合に因果関係を認めるかについて、「条件説」と「相当因果関係説」で対立しています。

判例は「条件説」を採用

 判例は、条件説によって因果関係を認めるというのが一般的な理解になります。

 条件説とは、

「その行為がなかったならば、その結果は発生しなかったであろう」という条件関係がある限り、因果関係を認める

という学説です。

 「その行為がなかったならば、その結果は発生しなかったであろう」と考えることさえできれば、因果関係を認めるというものです。

 条件説は、因果関係の認定範囲が広く、もっとも因果関係が認められやすい学説になっています(詳しくは前の記事参照)。

学説は「相当因果関係説」を採用

 学説では、相当因果関係説が通説です。

 相当性をどのように判断するかによって、

① 主観的相当因果関係説

行為者が、行為当時に認識していた事情(又は認識していた事情及び認識し得た事情)を判断の基礎とする説

② 客観的相当因果関係説

行為者が、行為時に存在した事情(一般人が予見可能な行為後の事情を含む)を判断の基礎とする説

③ 折衷的相当因果関係説

行為者が、行為当時、一般人が認識(又は予見)し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を判断の基礎とする説

に分かれます。

「条件説」と「相当因果関係説」の差

 条件説と相当因果関係説の実際の立証上の差は、因果関係の存否を決するにあたり、単なる条件関係に加えて、

相当性の判断(立証)を必要とする点

にあります。

 例えば、多数的見解である折衷的相当因果関係説によれば、経験的通常人の認識・予見しえたであろう諸事情、および行為者の特に現認していた事情を基礎として、当該行為から当該結果が発生することが、相当性の枠内にあるか否かを立証し判断することになります。

 これは、通常人の予見しえない異常な結果に対してまで、責任を負わせることは、刑法の責任主義に反し、行為者に苛酷な結果をもたらすおそれがないとはいえないためです。

判例の立場は条件説だが、相当因果関係説においても因果関係を認めるべき事案もある

 暴行・傷害と死との間の因果関係の存否について、判例は、条件説をとるとされています。

 しかし、条件説をとるとした判例であっても、具体的な事実関係を検討すると、相当因果関係説においても因果関係を認めるべき事案もあります。

 相当因果関係説を採る場合の考え方について説明します。

 相当因果関係の存否の判断について注意する点は2点あります。

 第一点は、

因果関係が問題となるのは、そもそも、行為者が結果を未必的にせよ認識していないことを基礎とすること

です。

 客観的に、結果が容易に予見しうると認められる場合は、むしろ、未必の故意が推認でき、犯人は結果を予見しながら犯行に及んでいることになるので、当然に行為と結果との間に因果関係が認められ、因果関係が争点となるような状況になりません。

 第二点は、

通常人が認識・予見しえたというのは、被害者(及びその周囲の者や医師などの結果が発生するまでに関係した被害者側の者を含む)が、常に標準的水準において行動することを前提に、結果を認識・予見しえたかどうかを判断するものではない

ということです。

 例えば、被害者がけがをしたり、病気になった場合に、一般的・標準的な人間であれば、通常の医療を受けることが予想されますが、人によっては、信仰・迷信に基づき医療を拒否する場合もあり得るし、合法ではない民間治療に頼ることもあり得ます。

 また、医療施設においても、実力・経験に欠ける医師が、誤った診療をすることもあり得ます。

 このような

「異常」な出来事があり得ることもまた、通常人が認識・予見していることである

という考え方に立つのが前提になります。

 したがって、一般に、犯行後の被害者側の行動・状況には、このような「異常」なこともあり得ると想像し得るような特殊事情も含めて、なお、とうてい予見不能な事態に至ったかどうかによって、相当因果関係の存否を決するべきとされます。

判例が「条件説」に立つか「相当因果関係説」に立つのかの議論に犯罪事実認定上の重要な意味があるわけではない

 次回以降の記事で、判例を挙げて、実際の事案を説明していきます。

 その中で、判例が「条件説」に立つのか、「相当因果関係説」に立つのかという視点も含めた説明もしますが、「条件説」に立つのか「相当因果関係説」に立つのかという議論は、犯罪事実の認定上の観点からは、あまり意味がないことなので、あらかじめお伝えしておきます。

 判例は、「暴行・傷害」と「致死の結果」との因果関係について、社会通念上、相当な条件関係の存否を検討して結論を出しています。

 行為者において、全く予見しえないような結果に対しても、当然に因果関係の存在を認めている訳でもありません。

 判例は、個別の事件ごとに、因果関係を認めるのが相当であるかどうかという視点で結論を導き出しています。

次回記事に続く

 次回の記事では、判例をあげて、どのような場合に暴行・傷害と死の結果との間に因果関係が認められるのかを説明します。

傷害致死罪(1)~(23)の記事まとめ一覧

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