「人間関係をリセットして自由になる心理学」を読んで記憶に刻み込みたい部分をブログに書いてみた

 今回は、メンタリストDaiGoさんの人間関係をリセットして自由になる心理学(詩想社新書)を読んで、今後の生活に生かすために、特に頭に入れておきたいと思った部分をブログに書きます。

 本書は、人間関係を整理することの重要性などについて分かりやすく説明しています。

 なお、以下は本書を読んで学んだことを私のフィルターを通して書いた文書なので、本書が伝えたいことを正確に知りたい場合は、実際に本を手にとって読んでいただきたいと思います。

「人間関係に振り回される人」とはどんな人か

 人間関係に振り回される人は、人間関係を自分で選ばす、めんどうな人、やっかいな人、嫌な人、邪悪な人と付き合ってしまう人です。

 人間関係に振り回される人は、めんどうな人たちに対しても、適当な距離を取ることができず、そのような人たちにコントロールされる人間関係を構築してしまいます。

 人間関係で振り回されない人とは、人間関係を自分で選べる人です。

 めんどうな人、やっかいな人、嫌な人、邪悪な人は、常に自分が支配しやすい人間を探しています。

 そのような人とは人間関係をカットし、「こいつは支配にしくい」と思わせて心理的な距離を離す必要があります。

 以下は私の独り言です。

 私たちは、子どもの頃から、学校や先生に、みんなと仲良くすることは正しいことであり、みんなと仲良くすることが正しいという価値観を刷り込まれてきました。

 生徒が仲良くせずにトラブルを起こした場合、親や社会から批判や非難を受けるのは学校や先生です。

 生徒同士のトラブルが起きれば、先生はその対応に追われて心身ともに疲弊します。

 子どもたちが仲良くしてくれないと学校や先生は困ります。

 学校や先生は、不都合を減らし、学校やクラスの秩序を維持するために、みんなと仲良くすることが正義かのようなの価値観を子どもたちに教え込みます。

 私は、社会人になって10年程度立ちますが、「みんなと仲良く」という呪いのマインドブロックを壊せたのはつい最近のことです。

 私の場合、人から良く見られたい(人から悪く見られたくない)という自意識が強かったこともあり、誰にでもいい顔をして、人に都合の良いように動いていました。

 めんどうな人、やっかいな人、邪悪な人にまで愛想良くしていたので、そのような人たちのカモにされ、人間関係で苦しんでいました。

 今となっては、「誰とでも仲良くすべきではない」「付き合う人はシビアな目で選ぶべきだ」「付き合うべきでない人とは積極的に距離をとるべきだ」という思考を持てたことで、人間関係を断捨離できるようになり、人間関係がずいぶん楽になりました。

多くの人は、好きな人と苦手な人では、苦手な人の対処に注意を向ける

 マイナスなもの、ネガティブな情報に目が向いてしまうのは、人間にとって自然なことです。

 人類の歴史のほとんどは、過酷な自然の中でのサバイバルであり、そうした環境の中において、ポジティブ情報より、ネガティブ情報に対する感度が高くなければ命を落とします。

 猛獣に襲われることはないだろうと考えて森の中にどんどん入っていくポジティブ思考の人間より、猛獣に襲われて命を落とすかもしれないと考えるネガティブ思考の人間の方が生き延びて子孫を残してきたのです。

 私たちは、ネガティブ情報に対する感度が高く、それにより生き延びてきた人間の子孫なので、マイナスな事やネガティブな情報を入念に処理しようとする脳の作りになっているのです。

 よって、私たちは、人間関係において、「好きな人」よりも、「めんどうな人、苦手な人、やっかいな人」への対処に、どうしても意識が向いてしまうのです。

 以下は独り言です。

 私は、特に一人でいるときに、「めんどうな人、苦手な人、やっかいな人」の情報処理に脳が動いてしまうため、その度にストレスを勝手に生産してしまいます。

 これは人間の脳の仕組み上、あらがうことができません。

 なので、せめて、あらがうことができないことを知っておきましょう。

 あらがうことができないことを知っているだけで、状況を俯瞰(ふかん)して考えることができるので、それだけでも「めんどうな人、苦手な人、やっかいな人」の情報処理に脳が勝手に動いてしまうストレスを軽減できます。

ほどんどの人は自分で決めることを恐れている

 経済的な価値は、未来を予測し、適切な判断をすることによって生み出すことができます。 

 他人の予想や決断に従っているだけでは成功はできません。

 自分で決められる人は、それだけで周りから抜きん出ることができますし、他人に頼られる人やみんながついてくるリーダーになれます。

 にもかかわらず、ほとんどの人は自分で決めることをおそれ、自分で決めないようにし、誰かの判断に従いたいと思っています。

 以下は、独り言です。

 私は、仕事で、「〇〇して大丈夫?」とか「〇〇していい?」と聞かれることがありますが、これは全部、自分で決めることを恐れ、責任の所在を自分ではなく他人にしたいという心が現れた質問であり、責任を他人に転嫁するための前振りです。

 「〇〇して大丈夫?」とか「〇〇していい?」と誰かに聞いておけば、問題が起こったとしても、「〇〇さんに確認したら大丈夫と言っていた」と言うことで、責任を他人に転嫁することができます。

 ほんとセコイですよね。 

 自分で決めることをおそれ、他人に責任を転嫁する前振りをするのはやめましょう。

みんなが思っているより人は頼みごとを断れない・頼みごとは引き受ける方が楽なことが多い

 スタンフォード大学のフランク・フラインらが研究で、路上で見ず知らずの人に頼まれたアンケートに5人が答えるまでに何人に声をかける必要があるかを試したところ(多くの人が20人くらいに声をかける必要があると予想)、平均して10人に声をかければ、5人の回答を得られるという結果が出ました。

 みんなが思っているより人は頼みごとを断れないということです。

 頼まれた側は、

  • 力になれないのは申し訳ない気がする
  • 断ろうとする自分は心の狭い奴のように思えてくる
  • 断ることで罪悪感や無力感を感じる
  • 自分にできることならやってあげた方が気分が楽
  • 相手が感謝してくれたら気分がいいし、人の役に立てることが自身につながる

などの要因から、頼みごとを断ることが難しく、引き受ける方が楽なのです。

 他人を振り回す人、都合よく利用する人、図々しい人は、「人は頼みごとを断れない」ことを知った上で悪用しているといえるでしょう。 

 以下は独り言です。

 私の場合は、

  • 人から頼みごとを受ける場合は心理的負担はあまり感じない
  • 人の頼みごとを断る場合は心理的抵抗を感じる
  • 人に頼みごとをする場合は心理的抵抗を感じる

が当てはまります。

 私は、仕事において、「頼みごとをして相手の仕事を増やすのが悪いなぁ。頼みごとをして嫌なを顔をされたくないなぁ。だったら自分でやった方が楽だなぁ。」など考える傾向が強く、人に頼みごとをするのにブレーキがかかります。

 このような「頼みごとを受けるより、頼みごとをするハードルの方が高い」という心理傾向は誰しもが持っています。

 自分ひとりで仕事を抱え込むべきではなく、頼みごとをして相手に仕事を振るべき場面もあります。

 そんなときは、「頼みごとを受けるハードルは低い」ことを思い出し、思い切って相手に仕事をお願いしましょう。

 ただし、「頼みごとを受けるハードルは低い」ことを悪用して、気の良い人や気の弱い人から搾取するのはやめましょう。

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