刑法(器物損壊罪)

器物損壊罪(11) ~「器物損壊罪の故意」を説明~

 前回の記事の続きです。

器物損壊罪の故意

 器物損壊罪(刑法261条)は故意犯であり、器物損壊の故意がなければ器物損壊罪は成立しません(故意犯の説明は前の記事参照)。

 器物損壊罪の故意は、

「客体が他人に属すること」及び「その行為により客体を物質的に損壊し、又は客体の効用を害することの認識・認容があること」

をいいます。

 器物損壊罪の故意で問題になりやすいのは、「客体が他人に属すること」の認識の有無です。

 「客体が他人に属すること」の認識なく、器物損壊罪の故意が認められないとした判例・裁判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和26年8月17日)

 裁判官は、

  • 飼犬証票なく、かつ飼主が分からない犬は無主犬と見なす旨の警察規則を誤解した結果、鑑札をつけていない犬は他人の飼犬であっても直ちに無主の犬と見なされるものと誤信し、他人所有の犬を撲殺し、その皮を剥いだ場合は器物毀棄並びに窃盗罪の犯意を欠く

とし、被告人に器物損壊罪の故意をはなかったとし、器物損壊罪の成立を否定しました。

 この判決は、器物損壊と窃盗の客体は、「他人の物」という規範的構成要件要素であり、法令の誤解がひいては事実の錯誤を招き、「他人の物」との認識を欠く場合があることを示した限度において正当であるとされます。

東京高裁判決(昭和34年10月1日)

 A方居宅前庭などでやぶ倒しをした際、被告人は本件地上に存するすべての草木は被告人の所有であり、仮にAにおいて植栽したものがあるとしても、Aはその居住家屋の不法占拠者であってその敷地の正当な利用権原を有しないものであるから、その植栽した草木は土地の所有者である被告人の所有に帰属するものと堅く思い込んで、Aが観賞用などとして植栽中の杉の木、キキョウ、小竹、菊などをAの承諾を得ず無断で切り取り又は抜き取った事案にです。

 裁判官は、

  • Aが本件地上の家屋に賃借権を有し、したがってその敷地たる本件土地を利用する正当な権原を有するか否かを判断するまでもなく、被告人にはやぶ倒しの当時においても他人の物を損壊する意思はなかったものと認めるのが相当である

とし、被告人に器物損壊罪の故意をはなかったとし、器物損壊罪の成立を否定しました。

東京高裁判決(昭和49年1月28日)

 被告人がBの土地上に自費をもって土砂を搬入して埋め立て、その土砂の上に、被告人所有の土地上に生育しているくるみの親木の実が落ちて自生したくるみの木を伐採した事案です。

 法令の誤解の結果、「他人の物」という事実の認識を欠くに至ったものです。

 裁判官は、

  • その自生したくるみの木の所有権の帰属いかんは、最終的には民事裁判によって決定すべき未解決の問題といわざるをえないとしつつ、くるみの木の伐採当時においては、被告人はそれが自己の所有に属すると誤信していたことになり、右誤信の結果、Bらの共有に属する物を損壊することについての犯意を認めるに足る証明十分でない

とし、被告人に器物損壊罪の故意をはなかったとし、器物損壊罪の成立を否定しました。

福井地裁判決(昭和38年7月20日)

 川魚を採る目的で川に青酸カリを流した結果、その溶液が下流の養ます場に流れ込み、ます約600尾を死なせた事案です。

 裁判官は、

  • 被告人は魚を採る意思で毒を流した結果、養ます場のますが死滅したのであるから、魚を死なせたという点においては符合するけれども、毒の投下箇所の水流が養ます場の池に流れることにつき認識のある場合ならば格別、その認識予見のない場合までも故意が阻却されないと論ずることは相当因果関係の範囲外の結果についてまで故意責任を認めようとするものでその失当なることは明らかである

とし、被告人に器物損壊罪の故意をはなかったとし、器物損壊罪の成立を否定しました。

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