刑法(犯人蔵匿・隠避罪)

犯人蔵匿・隠避罪(7) ~「自己蔵匿・隠避は、犯人蔵匿罪・犯人隠避罪を成立させない」「自己蔵匿・隠避の教唆は、犯人蔵匿教唆罪・犯人隠避教唆罪を成立させる」を説明~

 前回の記事の続きです。

① 自己蔵匿・隠避は、犯人蔵匿罪・犯人隠避罪を成立させない

 犯人又は逃走者が自己を隠避しても犯人蔵匿罪・犯人隠避罪(刑法103条)は成立しません。

 判例(大審院判決 昭和8年10月18日)は、犯人・逃走者による自己隠避を不処罰とする理由について、

  • 犯人がその発見逮捕を免れんとするは、人間の至情なるをもって犯人自身の単なる隠避行為は、法律の罪として問うところにあらず
  • いわゆる防御の自由に属す

と説明しています。

 学説の説明では、犯人・逃走者が、捜査・起訴・刑罰等を免れるために逃げ隠れすることは、一般的に期待可能性を欠くものとして責任がないと解するものがあります。

② 自己蔵匿・隠避の教唆は、犯人蔵匿教唆罪・犯人隠避教唆罪を成立させる

 犯人又は逃走者が、他人を教唆して自己を蔵匿・隠避させた場合、犯人蔵匿教唆罪・犯人隠避教唆罪が成立します(教唆の説明は前の記事参照)。

 犯人・逃走者が、捜査・起訴・刑罰等を免れるために自ら逃げ隠れすることは、一般的に期待可能性を欠くものとして責任がないとされますが、他人に対し、自己の蔵匿・隠避を教唆することは、もはや法が容認する範囲を超えており、期待可能性がないとはいえないという理解になります。

 参考となる判例として以下のものがあります。

大審院判決(昭和8年10月18日)

 裁判官は、

  • 他人を教唆して自己を隠避せしめ刑法第103条の犯罪を実行せしむるに至りては、防御の濫用に属し、法律の放任行為として干渉せざる防御の範囲を逸脱したるものといわざるを得ざるにより、被教唆者に対し、犯人隠避罪成立する以上、教唆者たる犯人は犯人隠避教唆の罪責を負わざるべからざること言う俟たず

と判示しました。

最高裁決定(昭和35年7月18日)

 重過失致死傷等の罪を犯した者が他人に身代わりを頼んで捜査官等に虚偽の申立てをさせた事案です。

 裁判官は、

  • 犯人が他人を教唆して自己を隠避させたときは、犯人隠避罪の教唆犯が成立するものと解するを相当とする

と判示しました。

最高裁決定(昭和40年2月26日)

 業務上過失致死等の罪を犯した者が、他人に対し、被害者が別の場所で自己過失により死亡したように偽装させ、警察官にその旨の届出をさせた事案です。

 裁判官は、

  • 犯人が他人を教唆して自己を隠避させた場合には、犯人隠避罪の教唆犯が成立する

と判示しました。

最高裁決定(昭和43年7月9日)

 道路交通法違反の罪を犯した者が他人を身代わりにして自己を蔵匿させた事案です。

 裁判官は、

  • 犯人が他人を教唆して自己を隠避させたときは、犯人隠避罪の教唆犯が成立する

と判示しました。

最高裁決定(昭和60年7月3日)

 道路交通法違反の罪を犯した暴力団員が配下の組員を身代わりに仕立てた事案です。

 裁判官は、

  • 犯人が他人を教唆して自己を隠避させたときは、犯人隠避罪の教唆犯が成立する

と判示しました。

大阪高裁判決(平成7年5月18日)

 犯人自身が身代わり犯人を立てて自首させた行為につき、犯人隠避教唆罪は成立しないとして無罪とした一審判決を破棄して有罪とした事例です。

 裁判官は、

  • 原判決は、(1)刑法103条は犯人自身が行う隠避行為を処罰するものではないところ、犯人が身代わり犯人を立てて自首させる行為は、それ自体が不可罰な犯人自身による隠避行為に当たると解されるから、これを犯人隠避教唆罪として可罰的であると解するのは疑問があること、(2)仮に上記行為が外形上は犯人隠避教唆罪に当たるとしても、犯人は他人を巻き込んでも共同正犯として処罰されることはないのであるから、より軽い関与形式である教唆犯としても処罰されないと解すべきであることなどを理由として、犯人が身代わり犯人を立てて自首させる行為は、犯人隠避罪又はその教唆罪のいずれにも該当しないとし、無罪を言い渡している
  • しかし、犯人が身代わり犯人を立てて自首させる行為は、情を知らない他人を利用して移動や宿泊の便宜を図るなどの単純な自己隠避行為の場合や、たまたま既に他人が身代わり犯人として立つ犯意を生じているのに乗じて、共同正犯の形態でその者に身代わり犯人として自首してもらうような場合と異なり、自ら積極的に他人に働き掛けて犯意を生じさせた上、犯人一人では不可能な身代わり犯人の自首という実効性の高い方法によって自己を隠避させようとするものである点で、本来の防御の域を著しく逸脱したものと言わざるを得ず、その他人について犯人隠避罪が成立する以上、これに対する教唆罪の成立を否定すべき理由はない
  • 犯人が身代わり犯人を立てて自首させる行為は、犯人隠避教唆罪に当たると解すべきである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和38年1月28日)

 裁判官は、

  • 犯人が自ら犯した犯行につき隠避的行為をなす場合は犯罪を構成するものでないが、他人が他人を教唆して自己を隠させた場合は、これとを異にし、犯人隠避教唆罪が成立することもとより当然である
  • かかる教唆行為は自ら限度あるべき犯人の自己防御行為としての任行為の範囲を明らかに逸脱しているが故である

と判示しました。

京都地裁判決(昭和43年2月26日)

 犯人が身代りを警察に出頭させた行為について、犯人隠避教唆が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 弁護人は、判示第三の所為(編注、前記のような各犯罪による逮捕等を免れようと企て、同日時頃同所において、右Aに対し、右犯行の身代りとなり、Aがその犯人である旨警察官に虚偽の申告をするように依頼してこれをそそのかし、その結果、同日京都市下京区所在の京都府五条警察署において、司法警察員Bに対し、Aから、Aの運転していた自動車の交通により前記交通事故を起した旨、虚偽の申告をさせて犯人の隠避を教唆したものである。)は、被告人に期待することが不可能な行為であるから無罪であると主張する
  • おもうに、他人を教唆して自己を隠避させる行為が、なお人間自然の至情として不処罰となし得るかどうかは従来説の分れるところである
  • 学説の多くは、かような行為について、あるいは罪とならない自己隠避よりも、更に間接的な教唆犯の成立はこれを認めるべきでないとして、そこに違法性阻却の事由を肯定しようとし、あるいは期待不可能の理論を基礎において、これが責任性阻却の事由を容認しようとしている
  • しかしながら、右のような行為は、犯人が単独で自己を隠避することとはその趣きを異にし、故意に他人をそそのかして、積極的に犯人隠避の罪を犯させるのであるから、法が放任行為として不干渉の理由にしている人間自然の情理を超え、明らかに反社会的性格を帯びるものであって、判例(大審院昭和8年10月18日判決、最高裁判所昭和35年7月18日決定参照)が示すように、まさに自己防御権の濫用と称すべく、そこには、犯人隠避教唆犯の成立を阻却すべき事由を見いだすことはできない

と判示しました。

 なお、以上のような判例の立場は、証拠隠滅罪刑法104条)、偽証罪刑法169条)についても同様です。

 犯人が自己の犯罪を隠すため、他人に対し、証拠隠滅行為をすることを教唆すれば、証拠隠滅教唆罪が成立します。

 犯人が、法廷で証人に自己に有利なうその証言をするように偽証をすることを教唆すれば、偽証教唆罪が成立します。

自己蔵匿・隠避の教唆が、犯人蔵匿教唆罪・犯人隠避教唆罪を超えて、犯人蔵匿罪・犯人隠避罪の共同正犯を成立させるか否か

 上記のとおり、犯人又は逃走者が、他人を教唆して自己を蔵匿・隠避させた場合、犯人蔵匿教唆罪・犯人隠避教唆罪が成立します。

 ここで、自己蔵匿・隠避への関与が教唆にとどまらず、進んで実行行為に及んで共同実行(共犯)といえるレベルに至った場合の罪責(犯人蔵匿教唆罪・犯人隠避教唆罪ではなく、犯人蔵匿罪・犯人隠避罪の共同正犯を成立させるか否か)が問題となります。

 犯人の自己蔵匿・隠避への関与が教唆にとどまれば、犯人蔵匿教唆罪・犯人隠避教唆罪で処罰されることはそのとおりですが、進んで実行行為に及んだ場合には、教唆は共同正犯に吸収されることになります。

 すると、犯人蔵匿教唆罪・犯人隠避教唆罪ではなく、犯人蔵匿罪・犯人隠避罪の共同正犯(共犯)が成立することなりますが、犯人自身の蔵匿・隠避行為は、「犯人の防御の自由に属する」「期待可能性がない」などとして不可罰となるので、犯罪が成立しないことになり、不合理な結論とります。

※ 不可罰となるのは、上記「① 自己蔵匿・隠避は、犯人蔵匿罪・犯人隠避罪を成立させない」の説明のとおりです。

学説の見解

 この点について、学説では、以下のような見解があります。

  • 犯人・逃走者が、他人を巻き込み、これと共同して自己蔵匿・隠避を実行した場合には、違法性・有責性が高まり、当然共同正犯としての可罰性が認められるが、法が定型的に期待可能性がないと擬制して、構成要件の文言上、犯人・逃走者自身の行為を除外したことにより、外形的には実行行為的なものは存在するが、これを実行行為として評価できないために共同正犯が成立しないことになり、教唆犯としての罪責を負うにとどまるとする見解
  • 自己蔵匿・隠避の共同正犯について、教唆犯と同様、「法の恩典をみずから放棄したもの」と考えるべきであるから、可罰であるとする見解
  • 本条の罪の趣旨は犯人庇護の処罰であるとの立場から、教唆と同様に、刑法65条1項が適用され、共同正犯として処罰されるとする見解

裁判例

 犯人の自己隠避への関与について、共同正犯と教唆犯の成否が問題となった以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和52年12月22日)

 業務上過失傷害の罪を犯した者が、他人に身代わりを依頼した上、これを承諾した他人とともに、警察官に対し、当該他人が運転者である旨供述したという事案です。

 裁判官は、犯人は被教唆者と共同して自己を隠避した正犯であり、教唆行為は正犯行為に吸収されるから、不可罰であるとの弁護人の主張を排斥し、

  • 犯人が自己隠避を教唆し、さらに被教唆者とともに自己隠避行為を共同して実行したとしても、犯人自身については自己隠避行為が不可罰とされているのであるから、法律上、犯人隠避罪の共同正犯が成立する余地はなく、教唆犯が成立するにとどまる

と判示しました。

京都家裁決定(平成6年2月8日)

 無免許運転、業務上過失致死傷等保護事件の犯人である少年Aと車両貸与者であるCが相談の上、Cが警察署に対し、同車両が事件より以前に盗難に遭ったとの虚偽の届出をし、Aが犯人隠避教唆で送致されたという少年保護事件です。

 裁判官は、

  • Cは自身の無免許運転幇助の責任を免れるために、当初から虚偽届出の共謀に加わっていたものであるから、Aの行為は犯人隠避教唆ではなく、Cとの共同正犯であり、自己隠避として不可罰である

としました。

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