刑法(証拠隠滅罪)

証拠隠滅罪(6) ~「参考人が捜査官に対して虚偽の供述をした場合、証拠隠滅罪は成立するか?」を説明~

 前回の記事の続きです。

参考人が捜査官に対して虚偽の供述をした場合、証拠隠滅罪は成立するか?

 「参考人が捜査官に対して虚偽の供述をすることは証拠隠滅罪を構成するか?」という問題について、裁判例は、証拠隠滅罪(刑法104条)は成立しないとしています。

宮崎地裁日南支部判決(昭和44年5月22日)

 病院内で起きた業務上過失致死事件の捜査中、病院長が、参考人である医師の警察官に対する虚偽供述を共謀又は教唆したという事案です。

 裁判官は、

  • 刑法第104条にいわゆる「証拠」とは、刑事被告事件の発生した場合捜査機関又は裁判期間が国家刑罰権の有無を判断するに当たり関係ありと認められる一切の資料を指称するものと解すべきであり(大審院昭和10年9月28日第三刑事部判決刑集14巻997頁参照)、したがって、その証拠価値の如何を問わず、物証のほか証人、参考人等の人証を含むものと解すべきであるが(大審院明治44年3月21日第一刑事部判決刑録17巻455頁参照)、その人証の証言ないし供述が右「証拠」の中に入るかどうかについては、偽証罪を規定する刑法第169条あるいは証人威迫罪を規定する刑法第105条の2等との関連において考察してみる必要がある
  • しかして、大審院昭和9年8月4日第三刑事部判決(刑集13巻1059頁)は、「他人の刑事被告事件につき証人が法律により宣誓を為したると否とを問わず、判事に対し、虚偽の陳述を為したる場合はもちろん、同人をして右の如く虚偽の陳述を為さしめたる場合の如きは、共に刑法第104条をもって処罰すべきものに非ずと解するを相当とす」としているのであり、この判例は、刑法第104条刑法第169条との関係を、両者が法条競合の関係にたち後者が前者の特別法になるとはみず、宣誓の有無を問わず偽証は刑法第104条の適用外であるとしているのであるから、両者は択一関係にたつものとみていると解すべきである
  • ちなみに、偽証の罪を犯した者でもその証言をした事件の裁判確定前に自白した場合には、刑を減軽又は免除される規定(刑法第170条)があるのに、証拠隠滅にはかかる趣旨の規定がないから、もし右「証拠」に人証の証言ないし供述を含むとすれば、より重い可罰行為たる偽証罪を犯した者が自白により刑の減軽・免除を受けられるのに、より軽い可罰行為たる証拠隠滅罪を犯した者にはかかる法律上の減軽・免除を受けられないという不合理な不均衡を生ずることになる
  • さらには、自己又は他人の刑事被告事件につき捜査もしくは裁判に必要な知識を有している者に対する強談威迫の行為については、証人威迫罪として別に刑法第105条の2が規定されているところ、この強談威迫の行為には虚偽の供述を強制する行為を含むと解すべきであるが、その法定刑は証拠隠滅罪に比して軽いものであり、このことは、単に虚偽の供述を求めたのみでは可罰的ではなく、それに強制の要素が加って始めて可罰的たり得ることを意味しているものと解すべきである
  • 以上の考察からして、刑法第104条にいわゆる「証拠」とは、物理的な存在であることを要し、したがって人証の証言ないし供述はこれに含まれず、よって人証の虚偽供述は右「証拠の偽造」にならず、また人証の虚偽供述という行為は証拠隠滅罪の行為類型に入らないものと解すべきであるから、虚偽供述の教唆もまた「証拠の隠滅」にならないといわなければならない
  • よって、被告人Aの医師Bに対する虚偽供述の教唆又は共謀の所為は罪とならないものというべく、無罪と認定する

と判示しました。

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