刑法(証拠隠滅罪)

証拠隠滅罪(12) ~「犯人自身による自己の刑事事件に関する証拠隠滅行為は証拠隠滅罪を成立させない」「犯人が自己の刑事事件に関する証拠隠滅行為を他人とともに共同実行した場合に証拠隠滅罪は成立するか?」を説明~

 前回の記事の続きです。

犯人自身による自己の刑事事件に関する証拠隠滅行為は証拠隠滅罪を成立させない

 被疑者・被告人による自己の刑事事件に関する証拠隠滅行為は不可罰となり、証拠隠滅罪を成立しません。

 このことは、証拠隠滅罪の刑法104条の「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し」という法文から明らかであり、被疑者・被告人自身が、被疑者・被告人自身の刑事事件に関する証拠を隠滅しても、証拠隠滅罪は成立しません。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(昭和10年9月28日)

 裁判官は、

  • 犯人自ら為したる証拠隠滅の行為を罰すべしと為すは人情もとり被告人の刑事訴訟における防御の地位と相容れざるものありしとし刑事政策上これに可罰性を認めざるものに係る

と判示しました。

 学説の多数は、被疑者・被告人による自己の刑事事件に関する証拠隠滅行為を不可罰とする理由について、定型的に期待可能性を欠き責任がないからであるとします。

 ほかに学説の見解として、不可罰の理由について、

  • 期待可能性の欠如のほか、被告人の防御上の地位と相容れないという刑事政策上の観点を指摘する見解
  • 期待可能性の欠如ではなく、訴訟の一方当事者である被告人や被告人となるべき者に対して証拠隠滅等を禁止することがふさわしくないという刑事手続的観点からの政策的理由によるものであるとする見解
  • 犯人自身の証拠隠滅行為も「真実発見」という意味での刑事司法作用を侵害しているが、黙秘権などの被疑者・被告人の権利や当事者主義的な理解をも視野に入れた刑事司法作用の合理的な運用の観点から、被疑者・被告人(一方当事者)の「一定の範囲の行為」を政策的に不可罰としたものであるとする見解
  • 刑法104条及び次条(刑法105条)の罪の趣旨は、犯人庇護、すなわち、犯人(本犯)に対する事後的な協力(庇護)行為によって犯罪者の確実な処罰を妨げることを処罰し、もって犯罪一般を予防することにあり、犯人が自らを助ける行為については不問にしたものとする見解

があります。

犯人が自己の刑事事件に関する証拠隠滅行為を他人とともに共同実行した場合に証拠隠滅罪は成立するか?

 被疑者・被告人が自己の刑事事件に関する証拠隠滅行為を他人とともに共同実行した場合は、

  • 被疑者・被告人に対し、証拠隠滅教唆罪が成立する
  • 被疑者・被告人と証拠隠滅行為を共同実行した者に対し、証拠隠滅罪が成立する

となります。

 この考え方は、犯人隠匿罪・犯人隠避罪(刑法103条)の考え方と同じです(犯人隠匿罪・犯人隠避罪の考え方は前の記事参照)。

 この問題に関連する判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(平成18年11月21日)

 事案は、架空仕入れを計上して過少納税申告を行うという法人税法違反の犯人である被告人が、知人に相談したところ、架空経費を作出するために内容虚偽の契約書を作成する方法を提案され、その提案を受けて、知人に内容虚偽の契約書等の作成を依頼し、これを承諾した知人がこれらを作成して、被告人も契約当事者(法人代表者)としてこれに署名して証拠を偽造したことから、被告人が知人を正犯とする証拠偽造の教唆犯として起訴されたというものです。

 裁判所は、知人が具体的な証拠偽造を提案したという事情があっても、被告人が知人に証拠偽造を依頼し、それによって知人が証拠偽造の意思を確定させた以上、教唆犯が成立すると判示しました。

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