刑法(境界損壊罪)

境界損壊罪(2) ~「境界損壊罪の行為(損壊・移動・除去)」「境界標とは?」「境界の認識不能とは?」などを説明~

 前回の記事の続きです。

境界損壊罪の行為

 境界損壊罪(刑法262条の2)の行為は、

境界標を損壊し、移動し、若しくは除去し、又はその他の方法で、土地の境界を認識することができないようにすること

です。

 境界標の損壊移動及び除去は例示なので、その他の方法境界を認識不能にした場合にも境界損壊罪が成立します。

 この記事では、

  1. 「土地の境界」
  2. 「境界標」
  3. 「損壊」「移動」「除去」「その他の方法」
  4. 「境界の認識不能」

の意義について説明します。

①「土地の境界」とは?

 境界損壊罪によって保護される土地の境界とは、

土地の権利関係の場所的限界を示す境界

をいいます。

 土地の権利関係の場所的限界が問題になる限り、境界損壊罪の土地には、河川・湖沼の底地、海底も含まれると解するのが相当であるとされます。

 土地の権利関係には、

が含まれ、これらの権利の場所的限界を示すものは、境界損壊罪にいう土地の境界に当たります。

 また、私法上の関係だけでなく、行政区画のような公法上の関係に基づく境界も含まれます。

 境界損壊罪により保護される境界は、必ずしも正しい法律関係を示すものであることは必要ではなく、客観的に境界として認められているものであれば足ります。

 例えば、

  • 古くから慣習的に承認されてきたもの
  • 関係者の明示又は黙示の合意によるもの
  • 権限ある公務所によって有効に設定されたもの

なども含まれます。

 なので、自らが正しいと信ずる境界を設定するため、客観的には境界として認められてきた従前の境界を、一方的な行為により不明にすれば、境界損壊罪が成立しえます。

境界は、権利者を異にする土地の境界であることを要する

 境界は、権利者を異にする土地の境界であることが必要です。

 これは、同一人が所有する土地と土地の間の境界を境界損壊罪により保護する必要性はないためです。

 よって、隣接する複数の土地を所有する者がこれらの土地の間の境界を不明にした場合、境界損壊罪は成立しないと解されます。

 例えば、被告人の所有のみに属する複数の土地間の境界を、被告人が毀損した場合、その境界は境界損壊罪における境界には当たらず、境界損壊罪は成立しないと解されます。

②「境界標」とは?

 境界標とは、

権利者を異にする土地の境界を定めるために、土地に設置され若しくは植えられた標識、工作物、立ち木、又は境界標識として承認されている立ち木その他の物件

をいいます。

 境界標は、地上に顕出しているものだけではなく、地中に埋設されているものを含みます。

 境界標自体は、器物損壊罪刑法261条)の場合と異なり、自己所有か他人所有か、設置者が他人か本人かを問わず、無主物でも差し支えありません。

 境界標は、権利者を異にする土地の権利関係の限界を画する機能を有するものであることが必要なので、その機能を有しない単なる目印的なものは、境界損壊罪にいう境界標には該当しません。

 境界標は、永続的なものに限らず、一時的に設置されたものも含み、また、従来から自然に存在していたものか人為的に設置されたものかを問いません。

 当初は別の目的で設置されたものが、その後客観的に境界標としての機能を有するに至った場合も境界標といい得えます。

 参考となる以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和41年7月19日)

 町道と接する土地の所有者が、町道の敷地内に石を積んで石垣を作りその内側に樹木を植え、当該石垣の線があたかも土地と道路の境界であるかのような外観を呈するに至り、当該石垣の設置・樹木の植栽以来40数年にわたって町道の所有者である町当局がこれを放置し、同土地の転々譲受人も当該石垣を土地の境界と信じ、世人もこれをあたかも境界標であるかのように承認してきたことが認められる場合において、当該石垣を削り取り、樹木を伐採して境界を認識不能とした行為について、境界損壊罪の成立を認めました。

③「損壊」「移動」「除去」「その他の方法」とは?

 「損壊」とは、

物理的に対象物の全部又は一部を破損させる行為

をいいます。

 「移動」とは、

対象物の位置を動かす行為

をいいます。

 「除去」とは、

対象物をその存在する場所から取り除く行為

をいいます。

 「その他の方法」とは、

境界標の損壊、移動、除去に準じるような方法

をいい、

土地の境界を示すものとしてその土地上に存在する可視対象物に対してなされる行為

をいいます。

 例えば、

  • 境界にある溝を埋める行為
  • を切り崩す行為
  • 境界となっている川の水流を変える行為

が該当すると解されています。

 一方で、境界線を記載した図面を破棄する行為は、境界損壊罪に該当しません。

④ 「境界の認識不能」とは?

 境界損壊罪が成立するには、

土地の境界が認識できなくなるという結果の発生

が必要です。

 境界損壊罪には未遂処罰規定がないので、境界の認識不能という結果が発生しない限り境界損壊罪は成立しません。

 この点を判示したのが以下の判例です。

最高裁判決(昭和43年6月28日)

 裁判官は、

  • 境界損壊罪が成立するためには、境界を認識することができなくなるという結果の発生することを要するのであって、境界標を損壊したが、未だ境界が不明にならない場合には、器物毀棄罪が成立することは格別、境界損壊罪は成立しないものと解すべきである

と判示しました。

境界を認識する方法が一切失われたことまでは要しない

 境界の認識不能の結果が必要であるといっても、その境界を認識する方法が一切失われたことまでは要しません。

 境界損壊罪の成立を認めるに当たり、損壊等された境界標以外の方法で境界を定めることが可能であっても、当該境界標による境界の認識機能が失われたことをもって足ります。

 したがって、公図や関係者の証言等の手段によって、再び境界を確認する手段が残されていても、そのことは境界損壊罪の成立の妨げとはなりません。

 また、境界の認識不能の結果は、境界の全部について生ずる必要はなく、一部について生ずれば足ります。

 境界標は損壊されたが、境界標の痕跡が残っている場合、境界の認識不能という結果が生じたといえるかどうかという観点が生まれ、境界損壊罪が成立するか否かが争点になります。

 結論として、境界標を損壊しても、部分的に境界標の痕跡が残り、境界が不明になっておらず、境界の認識不能という結果が発生していないと認められれば、境界損壊罪は成立しません。

 この点に関する判例として、以下のものがあります。

前記最高裁判決(昭和43年6月28日)

 被告人が、その所有する土地と隣接する他人所有に係る土地の境界標として設置されていた有刺鉄線張りの丸太32本を、根元からのこぎりで切り倒したという事案です。

 公判では、境界標を損壊しても境界が不明にならない場合における境界損壊罪の成否が争われました。

 裁判官は、

  • 切断された丸太はいずれも地上すれすれのところで切断され、根元付近に有刺鉄線を付けたまま放置されており、その地中の部分(約20センチメートル)はそのまま残存し、しかも、その切り株の位置を発見することが特に困難という状況にもなかったという事情から、被告人の行為後も、従来の境界標の一部によって、その認識が可能であった場合であると認定できないことはない

と判示し、境界標を損壊しても、いまだ境界が不明にならない場合には、境界損壊罪は成立しないものと解すべきであるとし、境界損壊罪の成立を肯定した原審判決破棄しました。

次の記事へ

境界損壊罪の記事一覧

境界損壊罪(1) ~「境界損壊罪とは?」「保護法益」「非親告罪」を説明~

境界損壊罪(2) ~「境界損壊罪の行為(損壊・移動・除去)」「境界標とは?」「境界の認識不能とは?」などを説明~

境界損壊罪(3) ~「境界損壊罪の故意」を説明~

境界損壊罪(4) ~「境界損壊罪と不動産侵奪罪、器物損壊罪との関係」を説明~