刑法(建造物等損壊罪)

建造物等損壊罪(6) ~「ビラ貼り・落書きによる建造物損壊罪の成立」を説明~

 前回の記事の続きです。

ビラ貼り・落書きによる建造物損壊罪の成立

ビラ貼り行為で建造物損壊罪の成立を認めた事例

 労働争議が盛んに行われていた時代では、闘争の手段として、建造物の窓や壁に大量のビラを貼る行為が行われ、それが建造物の効用を害したとして、建造物損壊罪(刑法260条)が成立するとした事例が多数あります。

 建造物の効用とは、その物を本来的用途に従って使用する場合の効用のみならず、その物が付随的に有している効用、例えば、建造物の美観・威容等をも含むとするのが通説的見解です。

 建造物の効用を毀損する場合として、ビラ貼りによって

  • 窓ガラスの採光が妨げられたこと
  • 窓からの見通しが阻害されたこと
  • 建造物の美観が侵害されたこと

が挙げられます。

 ビラ貼り行為が建造物の損壊に該当し、建造物損壊罪が成立するとした以下の判例があります。

最高裁決定(昭和41年6月10日)

 労働争議行為の闘争手段としてのビラ貼り行為が、刑法260条にいう建造物の損壊に該当するとされ、建造物損壊の成立が認められた事例です。

 裁判官は、

  • A公社職員をもつて構成するB労働組合東海地方本部副執行委員長等の地位にある被告人らが、多数の者と共謀の上、闘争手段として、当局に対する要求事項を記載したビラを、建造物またはその構成部分たる同公社東海電気通信局庁舎の壁、窓ガラス戸、ガラス扉、シヤツター等に、3回にわたり糊で貼付した所為は、ビラの枚数が1回に約4、500枚ないし約2500枚という多数であり、貼付方法が同一場所一面に数枚、数十枚または数百枚を密接集中させて貼付したこと等原審の認定した事実関係のもとにおいては、右建造物の効用を減損するものであり、刑法第260条にいう建造物の損壊に該当する

と判示しました。

 この判例の控訴審判決(名古屋高裁判決 昭和39年12月28日)では、裁判官は、

  • 建造物には全体として本来の美観があり、その構成部分たる壁、窓ガラス戸、ガラス扉、鉄製シャッター等にもそれぞれ本来の美観がある
  • これに本件のようなビラを貼付することは、客観的にみて、右の美観を害する汚損行為というべきである
  • 建造物の美観を著しく害することは建造物の効用を減損するものであり、したがって刑法260条にいわゆる建造物の損壊にあたる

としています。

最高裁決定(昭和43年1月18日)

 労働争議行為の闘争手段としてのビラ貼り行為が刑法260条の建造物損壊罪および同法261条器物損壊罪に該当するとされた事例です。

 裁判官は、

  • 会社の労働組合執行委員長等の地位にある被告人らが、多数の労働組合員と共謀のうえ、会社当局に対するいわゆる闘争手段として、四つ切大の新聞紙等に要求事項を記載したビラを、会社本社の2階事務室に至る階段の壁、同事務室の壁、社長室の扉の外側、同室内部の壁に約50枚、同事務室の窓ガラス、入口引戸、書棚、社長室の窓ガラス、衝立に約30枚、それぞれ糊を用いて貼りつけ、これらのビラの大部分を会社側がはがしたあとに合計50枚の同様のビラを貼りつけ、更にその大部分を会社側がはがしたあとに合計60枚の同様のビラを貼りつけ、更にその一部分を会社側がはがしただけで相当数が残存しているところに重複して合計約80枚の同様のビラを貼りつけた行為は、原審の認定した事実関係のもとにおいては、刑法第260条の建造物損壊および同法第261条の器物損壊に該当する

とし、労働争議行為の正当性を否定し、建造物損壊罪と器物損壊罪が成立するとしました。

 この判例の控訴審判決(名古屋高裁金沢支部判決 昭和42年3月25日)では、裁判官は、

  • 物には、すべてその物の機能、価値等に応じて、それ相当の美観があり、この美観を害する行為は、その物の本質的機能を害するまでに至らなくても、なお「損壊」に当たる

と判示しました。

ビラ貼り行為が建造物損壊罪ではなく、軽犯罪法違反が成立するにとどまるとした事例

 労働争議の闘争手段としてのビラ貼り行為が建造物損壊罪、器物損壊罪を構成しないとした判例として以下のものがあります。

最高裁判決(昭和39年11月24日)

 建造物損壊罪と暴力行為等処罰に関する法律違反の罪1条(器物損壊を内容とする)として起訴された事実を軽犯罪法違反第11条第33号(みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、工作物を汚す行為)に該当する事実と認定した事例です。

 裁判官は、

  •  駅長室の一部である室内の板壁や、白壁の下部の腰板に国鉄当局に対する要求事項等を墨書ないし印刷したビラ34枚を、室内ガラス窓、出入口のガラス戸、木製衝立等に同様のビラ30枚を、メリケン粉製のでそれぞれ貼り付けた行為は、いまだ刑法上の建造物損壊罪ないし器物破損罪を構成するものでないと解するものを相当する

と判示し、建造物損壊罪、器物損壊罪は成立せず、軽犯罪法違反第11条第33号が成立するにとどまるとしました。

ビラ貼り行為が正当な労働争議行為と認められ、建造物損壊罪の成立が否定された事例

 ビラ貼り行為が正当な労働争議行為であるとし、違法性阻却事由の存在を認め、建造物損壊罪の成立が否定された事例として以下の裁判例があります。

大阪高裁判決(昭和44年10月3日) ※最高裁決定(昭和47年4月13日)は検察官の上告棄却

 労働条件に関する労使の対立から、会社側が労働組合の切り崩しを企図して、従業員中組合から脱退した者と組合に残留する者とを差別し、組合に残留する者に対してのみ時間外労働を停止して、それらの者の月収が半減するような経済的苦痛与え、また、かねて組合との間に締結されていたいわゆるチェックオフ協定の一方的破棄を通告するなどの措置をとった場合において、これに対抗して、労働組合の組合員が、組合からの脱落阻止を呼びかけるとともに、会社側にこれらの措置に対する抗議とその解消を要求する目的で、「組合破壊合理化反対」などと墨書したビラ約389枚を、会社事務室等の壁、天井、開き戸、窓ガラス戸等に貼り付けた行為につき、正当な労働争議行為であるとして、器物損壊罪と建造物損壊罪の成立を否定した事例です。

 裁判官は、

  • 生コンの輸送を業務とする会社の労働組合員ら、十数名が、会社に対するいわゆる闘争手段として、ニつ切大等にした新聞紙に「団結」、「組合破壊合理化反対」などと墨書したビラを、同会社営業所の事務室および職員宿直室等に使用されている木造平屋建建物の壁、天井および開戸に約80枚、同建物備付けの窓ガラス戸および出入口引戸に約86枚ならびに同従業員控室、仮眠室等に使用されている木造2階建建物の壁、天井および開戸に約143枚、同建物備付けの窓ガラス戸および出入口引戸に約80枚、それぞれメリケン粉を用いて貼付した結果、右双方の建物とも、窓ガラス戸、引戸等ガラスの入った部分はほとんどビラで貼りつくされたために、はなはだしく体裁をそこなうとともに、採光にもかなりの支障をきたし、かつ、建物内外、殊に右事務室内部、従業員控室から2階仮眠室に昇る階段両側、控室便所等の壁、腰板、開戸等には大量のビラがきわめて乱雑にほとんど隙間なく貼りつめられたために、営業所等の施設全体が無秩序で不清潔な様相を呈するにいたったときは、右各建物には一般顧客の出入が予想されず、また、右各建物が建造以来長い年月を経ていて、日常の作業に伴うセメント、砂ぼこり、泥水等によってすでにうす汚れた状態になっていたとしても、右ビラ貼りの行為は刑法第260条の建造物損壊および同法第261条の器物損壊に該当する
  • 刑法260条および261条にいう「損壊」とは、物質的に物の全部又は一部を害し、またはその物の本来の効用を滅却減損せしめる行為を指称するが、その効用のうちには、その物の美観ないしは外観も含まれるものと解される
  • およそ建造物であれ、その他の器物であれ、物にはすべてその物の機能とか価値などに応じた固有の美観ないしは外観があり、これを著しく汚損すること、すなわち、本来美的価値のある外観を汚損する場合はもちろん、然らざるものでも現に存する固有の外観を社会通念に照らし著しく汚損することは、とりも直さず物の効用を減損するものであって、このような行為はたとえ物の本質的機能を害する程度に至らなくても、なお右両法条にいう「損壊」にあたると解すべきである
  • (ただ物の外観の著しき汚損を損壊と解するにおいては同じく物の外観を保護法益とする軽犯罪法1条33の規定との関係に疑問が生ずるが、軽犯罪法違反と建造物又は器物損壊との区別は結局物の外観に対する侵害の程度の量的差異すなわち物の効用の滅却減損の有無に帰着するものと考えられ、その外観の軽微な侵害すなわち、物の効用の滅却減損に至らないと評価されるときは右軽犯罪法違反となるに過ぎない)

とした上で、

  • 労働条件に関する労使の対立から、会社側が労働組合の切り崩しを企図して、従業員中組合から脱退した者と組合に残留する者とを差別し、組合に残留する者に対してのみ時間外労働を停止して、それらの者の月収が半減するような経済的苦痛を与え、また、かねて右組合との間に締結されていたいわゆるチェックオフ協定の一方的廃棄を通告するなどの措置をとった場合において、これに対抗して、右労働組合の組合員が、組合からの脱落阻止を呼びかけるとともに、会社側に右の措置に対する抗議とその解消を要求する目的で、前項に掲げるビラ貼りの行為を行なったときは、右組合員におけるビラ貼りの行為は、労働組合法第1条第2項本文にいわゆる正当な組合活動の範囲に属するものとして、これについて前記建造物損壊および器物損壊の各罪責を問うことはできない

と判示し、本件ビラ貼り行為は正当な労働争議行為であるとして、器物損壊罪と建造物損壊罪の成立を否定しました。

落書きによる建造物損壊罪の成立

 ビラ貼り以外の態様での建造物の美観の侵害について、建造物損壊罪の成立を認めた以下の判例があります。

最高裁決定(平成18年1月7日)

 区立公園内に設置された公衆便所の白色外壁に、ラッカースプレーで赤色及び黒色のペンキを吹き付け、「反戦」、「戦争反対」、「スペクタクル社会」と大書した事案です。

 裁判官は、

  • その大書された文字の大きさ、形状、色彩等に照らせば、本件建物は、従前と比べて不体裁かつ異様な外観となり、美観が著しく損われ、その利用についても抵抗感ないし不快感を与えかねない状態となった

ことなどを指摘し、

  • 本件落書き行為は、本件建物の外観ないし美観を著しく汚損し、原状回復に相当の困難を生じさせたものであって、その効用を減損させたものというべきである

とし、建造物損壊罪が成立するとしました。

次の記事へ

建造物等損壊罪の記事まとめ一覧