刑法(器物損壊罪)

器物損壊罪(3) ~「器物損壊罪の客体(動物・植物、不動産、信書、電気、データなどの無体物、違法な物)」を説明~

 前回の記事の続きです。

器物損壊罪の客体

 器物損壊罪(刑法261条)の客体は、

  • 公務所の用に供する文書又は電磁的記録(刑法258条
  • 権利又は義務に関する他人の文書又は電磁的記録(刑法259条
  • 他人の建造物又は艦船(刑法260条

以外の「他人の物」です。

 もっとも、特別刑法により損壊・毀棄行為の処罰が規定されている特定の物があり、特別刑法に該当する場合には、一般法(刑法)の器物損壊罪は成立しないこととなります(詳しくは前の記事参照)

 「他人の物」の「物」とは、

財物と同義と解してよく、種類、性質のいかんを問わず、また、経済上の交換価値があるか否かを論ぜず、財産権の目的となりうる一切の物件

を指します。

 なので、客観的交換価値は認められないものであっても、

所有者・占有者にとって主観的、感情的価値があり、それが社会観念上、刑法的保護に値するもの

であれば、器物損壊罪の客体となります。

器物損壊罪の客体になり得るもの

 以下で、器物損壊罪の客体になり得るものとして、

  1. 動物・植物
  2. 不動産
  3. 信書
  4. 電気、データなどの無体物
  5. 違法な物

について説明します。

① 動物・植物

 器物損壊罪の客体には

  • 動物(飼い主のいる動物)
  • 植物(他人が生育している植物)

も含まれます。

 飼い主のいない動物は器物損壊罪の客体とはなりませんが、愛護動物(動物の愛護及び管理に関する法律44条4項に規定されている)については、飼い主のいない動物であっても、その殺傷行為は同法44条1項により処罰されます。

 植物について器物損壊罪の成立を認めた以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和31年11月22日)

 田に生育したれんげ草に対して器物損壊罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 刑法第261条には、「前3条に記載したる以外の物を損壊又は傷害したる者は3年以下の懲役又は500円以下の罰金若くは科料に処す」と規定(※旧刑法の規定)しているのであって、「器物」という言葉は使用していないのであるところ、本件犯罪の客体たる「田に生育したれんげ草」は、右刑法第261条において指示する前3条に記載した物、すなわち、一、公務所の用に供する文書、ニ、権利、義務に関する他人の文書、三、他人の建造物又は艦船のいずれにも該当せず、それ以外の物であることが明らかであって、まさに右刑法第261条所定の物件に該当するものと認められるのであるから、原判決において、被告人が、右れんげ草の生育する水田を馬耕することにより、これを掘り返して、もって同れんげ草をして事実上本来の目的の用に供することができない状態に至らしめた本件所為に対し同法条を適用したことは、まことに相当である

と判示しました。

② 不動産

 動産だけではなく、不動産も器物損壊罪の客体となります。

 不動産について器物損壊罪の成立を認めた以下の判例があります。

大審院判決(昭和4年10月14日)

 家屋を建設するために地均しをした敷地を掘り起こして畑地としてを作り、耕作地を植え付けた行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 他人の屋敷地を掘り起こして畑地となし、畝を作り、工作物を植え付ける行為は、刑法第261条の犯罪を構成す

と判示しました。

最高裁決定(昭和35年12月27日)

 高等学校の校庭に「アパート建築現場」と墨書した立札を掲げ、幅約11m、長さ約36mの範囲で2箇所にわたり地中に杭を打ち込み、板付けをした行為につき、土地に対する器物損壊罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 土地の持分に対し、貸借権の設定登記を受けた者が、すでに右土地に対し貸借権の設定を受けていた地方公共団体において、その設置かつ管理する高等学校の工程として使用していた場合に、実力をもって工程にアパート建築現場と墨書した立札を掲げ、幅6長さ約20の範囲で2箇所にわたり地中に杭を打込み板付けをして、もって保健体育の授業その他生徒の課外活動に支障を生ぜしめたときは、器物損壊罪を構成する

としました。

③ 信書

 信書が器物損壊罪の客体となるかは、信書隠匿罪刑法263条)との関係をどのように考えるかによって見解が分かれています。

 近時の学説では、信書も器物損壊罪の客体とし、少なくともこれを物理的に損壊した場合には器物損壊罪が成立し、隠匿した場合には信書隠匿罪が成立するとするものが一般です。

④ 電気、データなどの無体物

 財物であるといえるためには、有体物であることを要するか、無体物でも管理可能であれば足りるかについて争いがあります。

 管理可能性説に立った上で、電気も器物損壊罪の客体となり、ほしいままに他人の電気を放電させる場合などは器物損壊罪に当たりうるとする見解がある一方で、毀棄の章には刑法245条が準用されていないことを理由として電気は器物損壊罪の客体とならないとする見解もあります。

 公務所の用に供する文書又は電磁的記録(刑法258条)、権利又は義務に関する他人の文書又は電磁的記録(刑法259条)の客体とならない電磁的記録が記録された媒体(USBメモリ、DVDなど)が器物損壊罪の客体となることは当然ですが、電磁的記録そのもの(データ)については、電気の場合と同様、見解が分かれます。

 学説には、

  • 電磁的記録の情報内容そのものは物に含まれ得ないとしつつ、記憶媒体上の磁性体の配列を変更して読み取り不能にすることなども記憶媒体の毀棄に該当するとするもの
  • 電磁的記録の消去などにより、電磁的記録媒体自体の効用を害したと認められる場合には、器物損壊罪が成立するとするもの

があります。

 データの毀損に関し、器物損壊罪の成立を認めた以下の裁判例があります。

東京高裁判決(平成24年3月26日)

 パソコンのハードディスクに記録されているファイルを使用不能にするなどの機能を有するコンピュータウイルスファイルをネットワーク上に公開し、ファイル共有ソフト利用者のパソコンでウイルスファイルを受信、実行させたことにより、内臓のハードディスクに保存していた大量のファイルが読み出せなくなり、新たに書き込んだファイルもそのまま保存できない状態になったという事案です。

 裁判官は、

  • 初期化の操作を行ったとしても、ハードディスクはウイルスが実行される以前の状態に戻るものではなく、原状回復が可能であるとは認められない
  • ウイルスファイルを他人のパソコンノにおいて実行させる行為は、平成23年に新設された不正指令電磁的記録供用罪(刑法168条の2第2項・第1項1号)にも該当する余地があるが、同罪は電子計算機のプログラムに関する社会の信用という社会的法益を保護法益として新設されたものであり、器物損壊罪とは保護法益も構成要件も異なることから、同罪の新設は器物損壊罪の成否に影響を及ぼすものではない

として、ハードディスクに対する器物損壊罪の成立を肯定しました。

⑤ 違法な物

 法令に違反する違法な物であっても器物損壊罪の客体となり得ます。

 参考となる判例として以下のものがあります

最高裁判決(昭和25年3月17日)

 裁判官は、

  • 所管庁の承認を得ない電話施設行為は電信法その他の法規に触れる違法のものであるとしても、他人所有にかかる電話施設に属する器物を損壊した場合は器物損壊罪に当たる

としました。

最高裁決定(昭和55年2月29日)

 公職選挙法の規定に違反して街頭に掲示された政党の演説会告知用ポスターに表示された政党幹部の肖像写真や氏名の部分などに「殺人者」などと刷られたシールを貼りつけた事案です。

 裁判官は、

  • 所論(※弁護人の主張)は、本件ポスターの掲示は、公職選挙法129条、143条1項に違反するから、このようなポスターは刑法261条の保護を受けず、その効用を滅却しても同条の器物毀棄罪は成立しない旨主張するが、公職選挙法上の選挙運動に関する右禁止規定と暴力行為等処罰に関する法律1条(刑法261条)とでは、それぞれ立法の目的、保護の法益を異にするのであって、たとえ本件ポスターの掲示が所論のように違法であるとしても、そのことから直ちに右ポスターが同法律1条(刑法261条)の罪の客体として保護されないものとは解しがたく、論旨は理由がない

と判示し、公職選挙法の規定に違反して掲示された文書図画であっても器物損壊罪の客体となるとしました。

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