刑法(器物損壊罪)

器物損壊罪(5) ~「物に対する損壊(効用喪失)、他人が飼っている動物に対する傷害の意義」「軽微な損壊について器物損壊の『損壊』に該当するか否かが争点となった裁判例」などを説明~

 前回の記事の続きです。

器物損壊罪の行為(物に対する損壊、他人が飼っている動物に対する傷害)

 器物損壊罪(刑法261条)の行為は、

損壊と傷害

です。

 刑法第2編第40章の章名は、「毀棄及び隠匿の罪」とされていますが、「毀棄」と「損壊」・「傷害」は実質的に同義であり、行為の客体との関連で、より適切な表現をとったものです。

 「毀棄」・「損壊」の概念と「隠匿」の概念との関係について、通説は、「毀棄」・「損壊」は「隠匿」を含むとしています。

 「傷害」という用語を用いたのは、他人が飼っている動物を器物損壊罪の客体とするためであり、人身犯である傷害罪における「傷害」の概念とはその意味内容を異にします。

 以下で

  1. 物に対する損壊
  2. 他人が飼っている動物に対する傷害

の定義を説明します。

① 物に対する損壊(効用喪失)の定義

 損壊とは、

物質的に器物の形体を変更又は滅尽させることのほか、事実上又は感情上その物を再び本来の目的の用に供することができない状態にさせる場合を含め、広く物の本来の効用を喪失するに至らしめること

をいいます(効用侵害説)。

 この点を判示した以下の判例があります。

大審院判決(明治42年4月16日)

 裁判官は、

  • 刑法第261条にいわゆる毀棄若しくは損壊とは、物質的に器物その物の形体を変更又は滅尽せしむる場合のみならず、事実上、若しくは感情上、その物をして再び本来の目的の用に供し能わざる状態に至らしめたる場合をも包含するものとす

と判示し、食器に放尿した行為について器物損壊罪の成立を認めました。

 物の持ち去り行為を器物損壊の「損壊」と認定した以下の判例があります。

最高裁判決(昭和32年4月4日)

 裁判官は、

  • 労働争議中、労組組合員が、某会社の2階に掲げてあった第二組合の木製看板を取り外し、これを同所から140m離れた他家の板塀内に投げ棄てた場合および同会社の事務所土間に置いてある第二組合員家族より同組合員宛ての輸送小荷物に取りつけてあった荷札を剥ぎ取り、これを持ち去った場合には、いずれも刑法第261条の器物損壊罪が成立する

と判示しました。

軽微な損壊について器物損壊の「損壊」に該当するか否かが争点となった裁判例

 物質的損壊とは、物理的状態を変更することをいいます。

 物理的状態の変更がなされれば、通常は、その物の効用を喪失させることにもなり、器物損壊罪の「損壊」に該当すると判断されます。

 軽微な物質的損壊があったにとどまる場合には、効用が喪失されたか否かを考慮して「損壊」に該当するかを判断している裁判例が多いです。

 軽微な物質的損壊にとどまった事案において、効用の喪失の有無について言及した上で「損壊」の該当性を判断した裁判例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和26年1月29日)

 取替え自由なかんなの刃を毀損した行為につき、「物質的にはかんなの一部の損壊であり效用面からは全面的な效用の毀損である」とした事例です。

 裁判官は、

  • 弁護人は原判決を毀棄したと認めたが毀損の個所は刃の部分だけである。鉋は鉋の台に刃を挿入した工具で取替えが自由である。刃の毀損は鉋の効用を全面的に失わせるものでないから全面的効用を失った如く判示したのは誤認であると主張するけれども、鉋の生命は刃にあるのであるから刃が毀損された以上、たとえ取替え自由であっても物質的には鉋の一部の損壊であり、効用面からは全面的な効用の毀損である
  • 而して刑法第261条に損壊とは物質的に物の全部、一部を害し又は物の本来の効用を失わしむる行為を言うのであるから、たとえ鉋の刃の毀損であってもいわゆる鉋の毀棄である

と判示しました。

札幌高裁判決(昭和36年1月31日)

 長さ約3.6メートルで横断面がコの字型になっている木製のを14本連続して木の脚の上に架設し、その継ぎ目には木片を当てこれを釘付けして継ぎ合わせてあったもののを抜いて継ぎ板を離し、一本の樋を取り外して附近に置いた行為について、裁判官は、

  • この樋が受けた物質的な変更は極めて軽微なもので、再び釘で継ぎ板を打ち付けることによって容易に元の状態に復旧し得るものであり、樋そのものを壊したのではないので、その樋としての効用は失われていないから、それだけでは刑法上の保護に価する損壊の結果を生じたものとは認められない

とし、器物損壊罪の成立を否定しました。

高松高裁判決(昭和40年8月3日)

 ひのきの角材で骨組みを作って、厚いひのき板を張りつけ、鉄製の蝶番で柱に取り付けられている頑丈な扉を、杉材である棚板で乱打したことによって扉のひのき板の表面に板の角が当たって軽微な傷痕を生じさせた行為について、裁判官は、

  • 刑法第261条のいわゆる物の損壊とは、物質的、有形的に物の形態を変更し、もしくは破損するだけではなく、およそ物を本来の目的に従って使用することができない状態に至らしめる場合をもいうものと解される
  • 被告人が棚板で扉を乱打して、同房扉の数ヶ所を損傷し、もってこれを損壊したとの点について考察するに、…右房扉はの角材で骨組みをつくって、厚い檜板を張りつけ、鉄製の蝶番で柱に取りつけられている頑丈なもので、杉材である右棚板で被告人が乱打したことによって生じた数ヶ所の損傷というのは、右房扉の檜板の表面に板の角があたって生じたと思われる軽微傷痕が見受けられるという程度に過ぎないもので、何ら修理の必要も感じられないまま従前と変りなく使用されていることが認められるのであって、右の程度の損傷は未だ本来の目的に従って使用することができない程度に至らしめたものとはいえず、前示損壊の概念には該当しないものと解するのが相当である

と判示し、器物損壊罪の成立を否定しました。

大阪高裁判決(昭和43年6月24日)

 火災報知機を不正に使用されることから防止するとともに、機器内に雨水、ほこり、湿気、こん虫等が入って報知機の機能に影響を与えるこをがないように機器を保護する火災報知器の覆いガラスを破壊した行為について、裁判官は、

  • 消防法39条にいう火災報知機の損壊とは、同法の目的並びに火災報知機の機能及び構造に照らし、火災報知機の主要部分を損傷して、その機能に直接障害を及ぼした場合に限られず、同報知機の一部に損傷を加えて、報知機の機能に障害を招来するおそれのある状態を顕出させた場合をも包含するものと解するのが相当であり、本件被告人のように、主当の理由なくして火災報知機の覆いガラスを破壊した場合も、正に火災報知機を損壊したものとして、一般法である刑法の規定に優先して、特別法である消防法39条の規定の適用がある

と判示し、火災報知機に保護板として取り付けてあるいわゆる覆いガラスをみだりに損壊したときは、消防法第39条にいう火災報知機損壊の罪が成立するとしました。

※ 消防法39条のような損壊・毀棄行為に関する特別刑法が成立する場合には、同時に一般法(刑法)である器物損壊罪は成立しないことについての説明は前の記事参照

② 他人が飼っている動物に対する傷害の定義

 器物損壊は、他人が飼っている動物に対しても成立します。

 他人が飼っている動物に対しては、「損壊」ではなく「傷害」という用語を用います。

 他人が飼っている動物を客体とする場合の「傷害」の意義は損壊と同じです。

 他人が飼っている動物を殺傷することのほか、

  • 隠匿する行為
  • 失わせる行為

も他人が飼っている動物に対する器物損壊罪における傷害に含まれます。

 人身犯である傷害罪(刑法204条)の場合と異なり、器物損壊罪の場合、傷害の結果につき認識を要します。

※ 傷害罪の場合は、相手にけがを負わせる認識がなくても、暴行を加える認識があれば成立する(詳しくは前の記事参照)

裁判例

 他人が飼っている動物に対して器物損壊罪の成立を認めた裁判例として以下のものがあります。

大審院判決(昭和44年2月27日)

 養魚場の水門の板及び鉄製の格子戸を外し、他人の飼養中の鯉約2千匹を養魚場の外へ流出させた行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。

東京地裁八王子支部判決(昭和44年9月22日)

 水槽に入れてあった鯉約150キロ、うなぎ約47キロを、水槽の栓を抜いて水を流す等の方法により死滅させた行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。

静岡地裁沼津支部判決(昭和56年3月12日)

 漁業協同組合により捕獲され、漁港内の突堤の間に設置された仕切り網の中に閉じ込められているイルカ約150頭を仕切り網のロープを解き放つことにより逃走させた行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。

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