刑法(名誉毀損罪)

名誉毀損罪(22) ~公共の利害に関する場合の特例(刑法230条の2)④「起訴前の犯罪行為(刑法230条の2第2項)」を説明~

 前回の記事の続きです。

事実証明の前提要件

 刑法230条の2が適用される場合は、名誉毀損罪(刑法230条)は罰されません。

 刑法230条の2「公共の利害に関する場合の特例」は、事実証明の前提として、摘示された名誉を毀損する事実が

  • 公共の利害に関すること(事実の公共性)
  • 行為の目的が専ら公益を図るためであったこと(目的の公益性)

の2点を要求しています。

 また、起訴前の犯罪行為(2項)、公務員に関する事実(3項)については、この要件の一部又は全部の存在を擬制する旨の規定を置いています。

 前回の記事では、「行為の目的が専ら公益を図るためであったこと(目的の公益性)」を説明しました。

 今回の記事では、「起訴前の犯罪行為(2項)」を説明します。

起訴前の犯罪行為(刑法230条の2第2項)

趣旨

 刑法230条の2第2項は、「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実」につき、その公共性を擬制するものです。

 目的の公益性は擬制されていないので、個別的に判断される必要があります。

 刑法230条の2第2項の規定が設けられた根拠については、

公訴提起前の犯罪行為を公表することが、一つは捜査官憲に捜査の端緒を与え、他はこれを世論の監視下におき、もって世論の協力とべんたつに資することをもって公共の利益と認めたからであり、刑法230条の2第2項が実質的には有力者の被疑事件に対する捜査、検察機関の怠慢、逡巡等を疑わせる事案に対する世論のべんたつもまたその狙いの一つである

と大阪高裁判決(昭和25年12月23日)において判示されています。

 刑法230条の2第2項が対象としているのは、起訴前の犯罪事実だけでなので、起訴後、あるいは、裁判確定後の犯罪事実については、刑法230条の2第1項によって処理されることになります。

 このように起訴前の犯罪事実が特別扱いされるのは、上記の理由から、その公共性が強いと考えられます。

適用範囲

 刑法230条の2第2項の対象となる起訴前の犯罪事実の範囲は、捜査への協力・監視という上述した本項の根拠の点から考えられるべきとされます。

 この観点からすれば、刑法230条の2第2項の対象となる起訴前の犯罪事実の範囲は、捜査に未着手のもの、捜査中のものだけでなく、不起訴処分のあったものを含むことになると考えられます。

 共犯者が起訴されても、起訴されていない他の共犯者に関しては、刑法230条の2第2項の対象となります。

 また、起訴後、訴訟条件の不備により公訴棄却・管轄違いの言渡しがあった場合も含み得ると考えられます。

 これに対して、公訴時効の完成、恩赦などにより法律上、起訴の可能性がなくなった場合は含まれないと解すべきとされます。

 また、刑法230条の2第2項は、起訴前の「犯罪行為に関する事実」としていますが、これは単に犯罪に関係するというだけで全ての事実の公表が許されるとするのは妥当ではなく、犯罪行為に直接関連する事実に限ると解すべきとされます。

 犯罪行為に直接関連する事実であっても、犯人以外の者、特に被害者に関する事実の摘示は、本項の立法目的外であり、その不必要な公表は名誉毀損罪を成立させ得ます。

 裁判確定後、特に刑の執行終了後の犯罪事実の摘示は、その者の社会復帰を妨げることにもなり、通常、公共の利害に関わるとはいえず、刑法230条の2第2項は適用されません。

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