刑法(名誉毀損罪)

名誉毀損罪(25) ~公共の利害に関する場合の特例(刑法230条の2)⑦「事実の証明の対象」を説明~

 前回の記事の続きです。

 刑法230条の2が適用される場合は、名誉毀損罪(刑法230条)は罰されません。

 具体的には、名誉を毀損する事実が摘示され、

  • その摘示事実が公共の利害に関し(事実の公共性)
  • 摘示の目的が公益を図ることにあった場合(目的の公益性)

には、

  • 摘示された事実の真否の検討(事実の証明)

がなされ、名誉毀損罪の成否が決せられることになります。

 この記事では、「事実の証明の対象」を説明します。

事実の証明の対象

事実の証明は、重要部分について真実であると証明されれば足りる

 名誉毀損を内容とする摘示された事実は、その重要部分について真実であると証明されれば足り、細かな点についてまで証明を要しません。

 参考となる以下の裁判例があります。

大阪高裁判決(昭和25年12月23日)

 裁判官は、

  • 名誉毀損罪におけるいわゆる真実性の証明なるものは、本来、枝葉末節微細な点まで公訴事実と一致することを要せず、重要、本質的な点で符号するをもって足るものと解すべきである

と判示しました。

東京地裁判決(昭和34年3月31日)

 裁判官は、真実の証明に関し、刑法230条の2第3項の法意と証明すべき事実の範囲について、

  • 刑法第230条の2第3項は、公然事実を摘示し、人の名誉を毀損する行為であっても「公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係るときは、事実の真否を判断し真実なることの証明ありたるときはこれを罰せず」と規定している
  • おもうに、右刑法第230条の2第3項の規定は、公務員の名誉毀損について同条第1項所定の原則に対する特例を設けたもので、その趣旨とするところは、要するに、新憲法下における公務員が国民全体の奉仕者として、他に比して一段と高い人格、識見、能力と、また、これに伴う厳正な行動とを要請されており、あらゆる面において国民の自由な批判に耐え、いやしくも全体の奉仕者としての地位をおとしめることのないよう不断の反省練磨をかさねていかなければならないことに鑑み、ある事実を摘示されることによって公務員の名誉感情が毀損された場合にも、摘示事実であることが証明される限り、その事実が公共の利益に関するかどうかの具体的判断をまつことなく、また、その行為の動機のいかんをも問わず、常にこれを処罰しないというにあるものと解せられる
  • しこうして、この場合に真実の証明があったかどうかを判断するについては、摘示された事実のうちでどの部分が重要な事実であり、どの部分が然らざるものであるかを、その文字の末節にとらわれることなく、慎重に取捨選択し、重要と認められる眼目の事実の真実であることが証明され得たときは、たとえ、それに付随する一部の事実の証明が得られなくても、なお、全体として、右摘示事実の証明がなされたものとの解するのが、最もよく法の精神に副うものといわなければならない

と判示しました。

東京地裁判決(昭和49年6月27日)

 裁判官は、

  • 刑法230条の2第1項が名誉毀損の罪に関し、公共の利害に関する事実について真実性の証明がなされた場合に免責を認める趣意は、民主主義社会における公共的事実に関する表現の自由を最大限に尊重しつつ、これと人権との調和点を見出そうとするにあるものと解せられ、この見地よりすれば、真実性の立証の程度も摘示事実のうち主要な部分についての立証をつくせば足り、たとえその余の付加付従的部分について立証がつくされないとしても免責されるものと解するのが相当というべきである

と判示しました。

噂や風聞の形で名誉毀損行為がなされた場合、証明の対象は、噂や風聞の内容たる事実の存在である

 風聞の形で名誉毀損行為がなされた場合、証明の対象は、

  • 噂や風聞の存在であるか

    それとも

  • その内容たる事実か

という問題があります。

 風聞の形で表現されて、人の名誉が害されるのは、噂の内容たる事実が実在するという印象を与えるためなので、内容たる事実の存在が証明されなければなりません。

 最高裁も、「『人の噂であるから真偽は別として』という表現を用いて、公務員の名誉を毀損する事実を摘示した場合、刑法230条の2所定の事実の証明の対象となるのは、風評そのものが存在することではなく、その風評の内容たる事実の真否であるとした原判断は、相当である」としています(最高裁決定 昭和43年1月18日)。

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