刑法(名誉毀損罪)

名誉毀損罪(7) ~「名誉を毀損する事実の摘示の方法(誰に関するものかを特定し得ることが必要)」を説明~

 前回の記事の続きです。

名誉を毀損する事実の摘示の方法(誰に関するものかを特定し得ることが必要)

 名誉毀損罪(刑法230条)を成立を認めるに当たり、「名誉を害するに足りる事実」を公然と摘示することが要件となります。

 そして、「名誉を害するに足りる事実」は、他人の名誉を害する危険性を持った形で摘示されなければなりせん。

 そのためにはまず、その事実が

誰に関するものであるか

を特定し得ることが必要です。

 ただし、相手方の人名が示されている必要はなく、表現の全体あるいは行為当時の状況から、誰を指すか明らかになればよいです。

 なお、摘示行為が特定人を指したものといえるかどうかの問題は、名誉に対する危険の存在を認定する前提であるので、特定人が被害者だと理解し得る者が不特定又は多数であることが必要とされます。

 摘示の手段は、 口頭によると文書によると図画によるとを問わないとされます。

相手方の人名が示されていないが、表現の全体あるいは行為当時の状況から、誰を指すか特定されているとして、名誉毀損罪の成立を認めた事例

 相手方の人名が示されていないが、表現の全体あるいは行為当時の状況から、誰を指すか特定されているとして、名誉毀損罪の成立を認めた事例として、以下の判例・裁判例があります。

大審院判決(大正3年12月21日)

 AB両名の窃盗事件を検挙した警察官を「三刑事」とした新聞記事も、他の事情と総合して誰であるかを推知し得るとしました。

 裁判官は、

  • たとえ被害者の氏名、容貌、異名若くは雅号等を知り得べき文詞なしといえども、その言語文章を他の事情と総合して、その何人なるかを推知し得べき場合においては名誉毀損の事実を認め、これを処断するに何らの妨げなきものとす

と判示しました。

大審院判決(大正14年12月14日)

 当時の風説を総合して被害者を特定し得るとした事例です。

 裁判官は、

  • 演説の全趣旨及び当時の風説その他の事情によりて、一般聴衆をして何人がいかなる醜行を為したるかを推知せしむるに足る演説を為したるときは、名誉毀損罪の事実を認むるに妨げなきものとす

と判示ました。

大審院判決(昭和8年8月1日)

 神社付近のひげのある医者という形で摘示した事案です。

 裁判官は、

  • 新聞に掲載したる名誉毀損の記事中、被害者の氏名を直ちに知り得べき文詞なき場合といえども、他の事情と総合して、その何人なるかを推知せしめ得べきものなるときは、名誉毀損罪を認めるに妨げなし

と判示しました。

最高裁判決(昭和28年12月15日)

 相手方の氏名を明示しない公務員に関する新聞記事が名誉毀損罪を構成する事例です。

 裁判官は、「町議立侯補当時の公約を無視し関係当局に廃止の資料の提出を求めておきながらわずか2 、3日後に至って存置派に急変したヌエ的町議」「片手落の町議」という新聞記事は「被害者の特定に欠くるところはない」としました。

仙台高裁判決(昭和29年10月19日)

 被害者の氏名を本名に代えてあて字で書いた事案で、名誉毀損罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 名誉毀損罪は、公然事実を摘示して人の名誉を毀損することにより成立するものであるから、同罪の成立するには被害者の特定せられることが必要であるけれども、必ずしもその氏名異名の類を掲げて特定人であることを明示しなくとも、摘示せられた事実関係自体によって一般推理上その何人に関するものであるかを認識し得られる場合は、被害者が特定せられたものというべく、名誉毀損罪の成立に何ら欠けるところはない
  • 被告人はその編集発行する新聞に「こら綿鍋久良喜智貴様はそれでも社会事業家か」との見出の下に、社会事業家と称している議員綿鍋久良喜智が原判示の如くあるソバ屋通い女中をしている大林某という母子寮にいる美人未亡人の貞操宏ほとんど強姦に等しい行為で蹂躙した旨の記事を掲げて、K市社会福祉協議会副会長同市市会議員Wの名誉を毀損したというのであって、Wの本名に代えてあて字を以てしているけれども、当該記事自体によりWがK市社会福祉協議会副会長であり同市市会議員であることを知っている一部読者をして容易にWに関する事項であると推知させるに十分であり、被告人においてこのことを認識していたことは疑を容れないから、名誉毀損罪の成立するに妨げない

と判示しました。

東京国際判決(昭和32年5月21日)

 「町の一番偉い人」「某婦人議員」「役員である銀座街選出の有力な議員」と指摘した演説は被害者3名(Y、K、N)を推知させるに十分であったとした事例です。

 裁判官は、

  • 演説会場において特に何人を指して批判攻撃しているかの明言をしなくとも、演説の全趣旨及び当時の一般的風評等により聴衆をして演説者のいう何らか非行ある者とは何人に該当するかを推知せしめるに足る内容の公言をしたときは、これによって名誉毀損罪の成立あるものと解するを相当とする
  • 本件選挙演説会場内にいた聴衆約200名中の約半数は、被告人が批判の対象とした「町の一番偉い人」「某婦人議員」または「役員である銀座街選出の有力な議員」とは、原判決にいう如くそれぞれY、KおよびNなることを推知できる実状にあったことを認めるに十分である
  • 故に、被告人の右演説をもって右三名の名誉を毀損するものと認定した原判決には事実誤認のあるものではない

と判示し、名誉毀損罪が成立するとしました。

名誉を毀損する事実の摘示が、誰に関するものかを特定できていないとしてい、名誉毀損罪は成立しないとした事例

 上記事例とは逆に、名誉を毀損する事実の摘示が、誰に関するものかを特定できていないとして、名誉毀損罪は成立しないとした以下の裁判例があります。

福島地裁白河支部判決(昭和41年9月10日)

 村長選挙の際、選挙を有利に進めるため、「村が銀行から借りた200万円が支払済であるのにまた100万円払われており、その使途が不明である」等の発言をした事例につき、裁判官は、「村長自身の不正行為をとりあげて直接村長を非難したものと解することはできない」として、名誉毀損罪の成立を否定しました。

摘示行為が、モデル小説等、創作の形をとっている場合も、純然たるフィクションと受け取られるまでにいたっておらず、読者に事実と推測させるのであれば、名誉毀損罪の成立は否定されない

 摘示行為が、モデル小説等、創作の形をとっている場合も、純然たるフィクションと受け取られるまでにいたっておらず、読者に事実と推測させるのであれば、名誉毀損罪の成立は否定されません。

 この点を判示した以下の裁判例があります。

東京地裁判決(昭和32年7月13日)

 裁判官は、

  • 作品がフィクションであり真に小説であるから事実ではないと称し得られるためには、個々の実在のモデルから感じ取られた生のものが作者の頭の中で充分に燃焼し、完全なフィクションに昇華して、特定人の具体的行動を推知せしめない程度に、人間一般に関する小説の純粋性を有するものにまで高められていなければならない

として、政治家をモデルとした小説に名誉毀損罪の成立を認めました。

大審院判決(大正12年5月24日)

 町長のあだなにかこつけて、「たぬき狂言」と称する新聞記事を掲載し、登場人物の言動として町長の非行を摘示した事案です。

 裁判官は、

  • 新聞紙の発行兼編集人が、自己の編集発行したる新聞紙に演劇中の登場人物の述懐その他言動として、登場人物若しくは、その他の者に一定の非行ありたることを記述する場合において、その記事が陰に特定の人に叙上の非行ありたる事実を発表する意思に出て、かつ、一般読者をして登場人物の名称言動当により、その特定の人に関する事実の摘示なることを推知せしめ得べきものなるときは、事実の案内がその人の社会上の地位又は価値を害するに足る限り、名誉毀損罪を構成するものとす

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和43年11月25日)

 本名に酷似した名を用いて、経歴、性向等の似た入物を読物中に登揚させて名誉を毀損した事案です。

 裁判官は、

  • 本件記事が、事実に多少フィクションを加えユーモラスに風刺をきかせて書かれた実話と小説との中間のいわゆる中間読物という分野に入るものであることは肯認されるけれども、中間読物という性質からすべての事項が全く創作されたものではなく、やはり事実であるという面を背景に存しているものであること、並びに本件記事中の人物が右認定の如く実在の人物であるAに著しく酷似していることに徴すると、本件記事は特定の個人に関し公然事実を摘示したものというべきである
  • そして、およそ特定の個人に関するものという場合、雑誌の頒布による事実摘示という方法がとられるときには、その読者全員が名誉を毀損された特定人が何人であるかを了解することを要するものではなく、いやしくもAを知っている不特定または多数人において、右事実の表現全体や特定人に対する予備知識を総合して、摘示された事実が何人に関するものであるかを推知できるときは、公然事実を摘示したものというを竑げないと解される
  • 各証拠によると本件記事の読者のなかには、Aと相当親しい間柄にあり、Aの経歴、性向を知っている者も多数あって、その者らにおいて本件記事の主人公がAを指すものであると推知したことが認められるのであって、公然事実を摘示したことに該当するのは明らかである

と判示し、名誉毀損罪が成立するとしました。

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