刑事訴訟法(捜査)

適正手続の保障とは?② ~「違法収集証拠」を判例で解説~

 前回の記事では、適正手続の保障に関し、「刑事手続法と刑事実体法」「憲法による適正手続きの保証」について説明しました。

 今回は、適正手続の保障に関し、「違法収集証拠」について説明します。

適正手続の保障とは?

 違法収集証拠を説明する前に、適正手続の保障について説明します。

 適正手続の保障とは、

犯人に与える制約を必要最小限度のものにし、事件の捜査などの刑事手続の過程においても、犯人の最低限の基本的人権が守られることを保障

するものです。

 具体的には、

  • 令状なしに逮捕・捜索差押されない
  • 不利益な自白を強要されない
  • 拷問されない

などとったことが、憲法(31~40条)や刑事訴訟法で保障されます。

違法収集証拠とは?

 本題の違法収集証拠について説明します。

 違法収集証拠とは、

適正手続の保障に反し、違法に収集された証拠

をいいます。

 たとえば、

  • 違法な逮捕に基づいて作成された供述調書
  • 自白を強要されて作成された自白調書
  • 違法な捜索差押で押収された証拠物

などが違法収集証拠に該当します。

違法収集証拠は、証拠物の証拠能力が否定される

 違法収集証拠は、たとえ犯人の有罪を証明する有力な証拠であったとしても、裁判において、裁判官に犯罪事実を認定するための証拠として採用されることはりません。

 たとえば、犯人が凶悪殺人を犯しても、殺人を証明する証拠が違法収集証拠だった場合、殺人を証明する証拠がないとして、犯人は無罪になり、何のお咎めもなく社会に戻されます。

 とても不合理な結果となりますが、このようなルールになっているので仕方がないのです。

 ちなみに、裁判で、検察官が裁判官に提出した証拠が、ルール違反などにより証拠として採用されないことを、「証拠能力が否定される」と表現されます。

違法収集証拠の証拠能力が否定される理由

 違法収集証拠の証拠能力が否定される理由は、

捜査が適正手続の保障に反しているから

であり、もっと深掘りしていうと、

犯人の人権を侵害する捜査が行われたから

です。

 適正手続の保障に反するということは、憲法や刑事訴訟などの法律に違反する行為をしたということです。

 憲法と法律違反を犯して収集した証拠(違法収集証拠)は、裁判において受け入れられないのです。

どのようなときに違法収集証拠として証拠能力が否定されるか?

 どのようなときに違法収集証拠として証拠能力が否定されるか?については、判例で明らかになっています。

 最高裁判決(昭和53年9月7日)において、

『証拠物の押収等の手続に憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるべきである』

と判示し、どのようなときに違法収集証拠となり、証拠能力が否定されるかが定義されました。

 判例の要点を端的にいうと、

  • 捜査の手続きに、令状主義の精神を没却するような重大な違法がある
  • 重大な違法捜査で得た証拠を、証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でない

場合に、証拠物の証拠能力は否定されるということです。

 『令状主義の精神を没却』『将来における違法な捜査の抑制の見地から相当でない』がキーワードになります。

違法収集証拠により無罪判決が出た判例

 刑事裁判では、どんなに有力な証拠であっても、違法収集証拠と認定されれば、犯罪事実を認定するための証拠から排除されるというルールになっています。

 これは、真実に基づき犯人を裁くことよりも、適正手続の保障が優先されることを意味します。

 実際に、違法収集証拠があったため、覚醒剤取締法違反の犯罪を犯した犯人を無罪にした判例があります。

最高裁判決(平成15年2月14日)

事案の内容

 窃盗と覚醒剤取締法違反(覚醒剤の所持と使用)で裁判になり、最高裁判所において、覚醒剤の使用については、違法収集証拠が原因となって無罪が出た事件です。

事案の詳細

 警察官が、逮捕状を携行していなかったため、逮捕状を窃盗犯人に示さずに逮捕しました。

 本来、逮捕状を犯人に示した上で逮捕しなければならず、逮捕状を示さなかった今回の逮捕は、違法逮捕になります。

 逮捕後、窃盗犯人の尿から覚醒剤が検出され、覚醒剤の所持も認められました。

 警察官は、逮捕手続に違法があるにとどまらず、違法逮捕をごまかすため、逮捕状に虚偽事項を記入し,公判廷において事実と反する証言をしました。

 裁判官は、

『警察官のごまかし行為があったことなどを総合的に考慮すれば,逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を没却するような重大なものであり,逮捕の当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力は否定される』

とし、覚醒剤の使用については、無罪を言い渡しました。

 

 ちなみに、最高裁判所は、窃盗と覚せい剤の所持の事実については、第一審の裁判を行った大津地方裁判所に「もう一回裁判をやり直せ」ということで、裁判のやり直し(差し戻し)を命じています。

 やり直し裁判を行った大津地方裁判所で、どのような判決が出されたかの情報はありませんが、最高裁が、

覚醒剤の使用についてのみ無罪

という結論を出しているので、最高裁の命でやり直し裁判を行った大津地裁では、

窃盗と覚醒剤の所持については有罪

という判決を出しているものと思われます。

捜査は違法だが、違法収集証拠とはならず、有罪判決となった判例

 今度は、逆に、捜査手続に違法があったものの、違法の程度が軽微であり、違法捜査で押収された証拠物が違法収集証拠とまではいえないとされ、きちんと有罪が出た事件の判例を紹介します。

(最初に紹介した違法収集証拠を定義した判例と同じ判例です)

最高裁判決(昭和53年9月7日)

事案の内容

 警察官が、覚せい剤の使用または所持の容疑が、かなり濃厚に認められた犯人に対し、職務質問中、犯人の承諾なしに、犯人の上着のポケットに手を入れて、所持品を取り出して検査しました。

 そして、犯人が覚醒剤を所持していることを発見し、覚醒剤を押収しました。

 この所持品検査が、職務質問に附随する所持品検査において許容される限度を超えた行為であるとされました。

 本来、裁判官が発する捜索差押令状がなければ、犯人の承諾なしに、犯人の上着のポケットに手を入れて、所持品を取り出して検査することはできません。

 とはいえ、結論として、最高裁は、本件の所持品検査について、

『警察官が所持品検査として許容される限度をわずかに超え、その者の承諾なく、そのうわぎのポケットに手を差し入れて取り出し押収した点に違法があるに過ぎない』

として、証拠物(犯人から所持品検査で押収した覚醒剤)の証拠能力は肯定されました。

 結果、犯人は、覚せい剤取締法違反(覚醒剤の所持)で有罪となりました。

考察

 この事件に関しては、犯人の承諾なしに、犯人の上着のポケットに手を入れて、所持品を取り出して検査した行為に違法はあったものの、

『令状主義の精神を没却』し、『将来における違法な捜査の抑制の見地から相当でない』ところまで達する違法ではなかった

ため、所持品検査で押収した覚醒剤が違法収集証拠にはならなかったということです。

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