刑法(威力業務妨害罪)

威力業務妨害罪(5) ~「威力業務妨害罪の成立が否定された事例」を説明~

 前回の記事の続きです。

威力業務妨害罪の成立が否定された事例

 威力業務妨害罪の成立が否定された事例として、以下の裁判例があります。

広島高裁判決(昭和28年5月27日)

 Aは、Bが製材業を営むためA方付近の山林に製材機を搬入しようとしたのに対し、それまでBが同所で製材した鋸くずをBが約束に従い片づけていないため、それがA方の飲料用水に流出するおそれがあるとしてこれを詰問すべくBに「製材機はここからは入れさせぬ、入るなら他から入れ、入っても仕事はさせぬ」などと申し向けたところ、 Bは困惑し、無理に搬入すればAからひどい目に会わされるやも知れないと思い、遂に搬入を中止したという事案です。

 裁判所は、

  • 客観的にみてAがBに対し、搬入を中止し、製材業務をやめねばならないほどの威力を用いたとは認められない

とし、Bが畏怖したという点については、

  • それは全くBの特種の恐怖感に基いた一時的の思い過ごしに過ぎなかったと認めるほかはないのである
  • これを要するに、被告人は、あるいは詰責し、あるいは他人を困惑せしむる様な不当なことを申し向けてその業務を妨害したことは認められるが、威力を用いたことはこれを認むるに足る証拠はない

と述べて威力業務妨害罪の成立を否定し、軽犯罪法1条31号違反の罪の成立を認めました。

前橋地裁判決(昭和55年12月1日)

 心身障害者の収容施設のボイラーのバルブ及び配電盤のスイッチを操作してボイラーを停止させ、停電させた行為について、平穏に行われ、暴力的ニュアンスはなく、回復措置も困難でないことなどから、威力に該当しないとした事例です。

 裁判所は、

  • 威力が、人の意思を制圧するような「勢力」とされていることに発して、「暴行、脅迫、器物損壊もしくは少なくともこれらに準ずるような何らかの意味における暴力的ニュアンスを必要とすると解すべきであって、そう解しなければ、軽犯罪法1条31号所定の行為との区別も失われてしまうであろう

と述べた上、

  • 電気、ボイラーを使用して業務を行う者にとっては、それが停止してしまえば、必然的に業務を遂行することができなくなるわけであるから、自由意思を制圧されることになり、その意味で右停止行為ないしそれにより引き起こされた通電等の停止状態自体を威力と解する余地は一応ないではなく、このような考え方に立って威力業務妨害罪の成立を肯定したと解し得る先例(大阪高裁判決 昭和26年10月22日)も存在する

と述べ、威力業務妨害の成立を否定しました。

 この判決に対しては、学説において、平穏に行われたからといって威力に当たらないとすることは難しいであろうとする批判があります。

大阪地裁判決(平成26年7月4日)(第一審)、大阪高裁判決(平成27年9月28日)(控訴審)

 原発や大阪市によるいわゆる「震災がれき」の受入れ等に反対する被告人が、JR大阪駅付近で、無許可でビラを配布する者やプラカードを掲げるなどして駅構内に立ち入ろうとする者を制止するなどの業務に従事していた同駅副駅長に対し、顔を近づけ、大声を出して威圧しながら執拗に付きまとうなどして業務を妨害したとされた事案です。

 第一審である大阪地裁判決(平成26年7月4日)は、上記ビラ配布の制止業務について、

  • 威力とは、被害者の自由意思を制圧するに足りる犯人側の勢力のことをいい、威力を用いて業務を妨害すると行為とは、行為の態様、当時の状況、業務の種類・性質等からして、普通の人であれば心理的な威圧感を覚え、 円滑な業務の遂行が困難になるような行為を意味すると解される

とした上で、

  • 行為当時の状況下において、制止業務の統率者の立場にある副駅長の業務の性質も考えると、被告人一人から顔を近付けられて大声を出され、短時間言い争いをした(第1行為)からといって、その立場にある普通の人が心理的な威圧感を覚え、円滑な業務の遂行が困難になるとまではいえず、被告人の行為は、威力を用いて業務を妨害する行為とはいえない

などと判示し、また、上記駅コンコース内への立入制止業務については、

  • 駅コンコース内への立入りを認めてもその秩序が乱されるおそれがあったとは認められないため、副駅長が立入りを制止したことは、適法な業務の遂行とはいえず、被告人が、副駅長に近づき「何でじゃまするんや」などと言い、副駅長の体を押しのけてコンコース内に立ち入った行為(第2 行為)は、違法なものとは認められない

として、いずれについても無罪としました。

 この判決の控訴審判決である大阪高裁判決(平成27年9月28日)は、第1行為につき、

(1) 現場は白昼のJR大阪駅前の屋外であり、人通りもあり、また、ビラを配布していた者は数名であるのに対して、これを制止する業務に従事していた者は副駅長を含めて約20名であり、近くには複数の警察官もいてこれを見ていたという状況にあったこと

(2) ビラ配布の制止業務の目的は完全には達成できなかったものの、ほぼその目的を達成し、 ビラ配布の制止業務の本来的な目的である駅構内の秩序はおおむね保たれたこと

(3) 業務の円滑・適正な遂行のためには、業務に従事する個々の駅職員の活動それ自体も保護する必要があるとはいえ、被告人の行為は、副駅長に対する身体的接触を伴うものではなかったこと

(4) 比較的短時間のやりとりであったこと

(5) 被告人は、街頭宣伝活動参加者の意向を代弁しようとして率先して行動したものと思われるが、これに付和雷同して混乱を助長するような周囲の動きはなかったこと

などを総合考慮すれば、被告人の行為が厳密に威力(の行使)か否かはともかく、被告人の行為は円滑な業務の遂行を妨害するほどの危険がないともいうことができる

として、威力業務妨害罪の構成要件該当性を否定しました。

 第2行為については、

活動参加者の駅コンコース内立入りが駅構内の秩序を乱すおそれは十分にあったということができるから、副駅長を含む駅職員が立入りの制止権限を行使することは相当であったが、

(1) 被告人の行為は、副駅長との身体的接触を伴うものではある(副駅長の身体に自己の身体の一部を当てる形で接触した)が、そこには故意犯としての暴行とまで評価すべきものが含まれているとはいえないこと

(2) 副駅長とのやりとりは、長くも数分程度の短時間にとどまり、その業務に及ぼす影響の程度は、上記ビラ配布の制止業務に対する被告人の行為より量的にも質的にも低いものであること

(3) 被告人は、街頭宣伝活動参加者の意向を代弁しようとして率先して行動したものと思われるが、その主観的な意図とは別に、街頭宣伝活動参加者の中には、被告人の行為より前に駅コンコース内に立ち入った者が少なからずいたことが認められ、被告人の行為を威力といえるか、また、被告人の行為は円滑な業務の遂行を妨害するほどの危険があるかについてはそれぞれ疑問がある

として、威力業務妨害罪の構成要件該当性を否定しました。

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