刑法(有印公文書偽造罪)

有印公文書偽造罪(2)~主体①「本罪の主体」「主体(犯人)が『公務員』である場合の本罪の成否の考え方」を説明

 前回の記事の続きです。

 この記事では、有印公文書偽造罪(刑法155条1項)を「本罪」といって説明します。

有印公文書偽造罪の主体(犯人)

 有印公文書偽造罪は、刑法155条1項に規定があり、

行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、1年以上10年以下の拘禁刑に処する

と規定されます。

本罪の主体(犯人)に制限はない(公務員でも非公務員でも本罪の主体になる)

 本罪の主体(犯人)に限定はありません。

 非公務員が、本罪を犯し得ることもあります。

 公務員であっても、その作成権限に属しない文書をほしいままに作成し、又は、その職務の執行に関係なく公務所又は公務員名義の文書を作成するときは本罪が成立します。

 ただし、

  • 文書の名義人である公務員自身がその地位を濫用して文書を作成する場合
  • 名義人である公務員から代決権を与えられ、上司名義で文書を作成することが認められている補助公務員がその地位を濫用して当該文書を作成した場合

などには、いずれも作成権限に基づく行為となるので、公文書偽造罪は成立せず、文書の内容が虚偽であるときに虚偽公文書作成罪(刑法156条)が成立することになります。

判例

 参考となる以下の判例があります。

1⃣ 公務員であっても、その作成権限に属しない文書をほしいままに作成した場合は公文書偽造罪が成立するとした判例

最高裁判決(昭和25年2月28日)

 裁判所は、

  • 公務員であっても、行使の目的をもって作成権限がないにかかわらず公務所又は公務員の印書若くは署名を冒用して公務所又は公務員の作るべき文書を作成すれば公文書偽造罪が成立する

と判示しました。

最高裁決定(昭和34年8月28日)

 電力区助役として区長を補佐する傍ら出納員に指名され、部内職員の給料等の交付、保管等対内的な出納事務には従事するが、同電力区助役若しくは出納員名義をもって対外部関係に関する公文書を作成すべき一般的職務権限を有しない者が、電柱代金代理受領承諾書と題する虚偽の公文書を作出した行為は、作成権限を有しないものであるから公文書偽造罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和10年10月24日)

 村役場の書記が慣行により村民から納税を委託されて預かり保管中の金員を横領し、その犯跡隠蔽するために村税領収簿の納入賦課額欄に領収印を押して村役場名義の虚偽の公文書を作出した行為は、その職務執行に関係しないものであるから公文書偽造罪が成立するとしました。

大審院判決(大正5年12月16日)

 裁判官は、

  • 町村長の臨時代理に非ずして、単に町村長の命により戸籍事務を担任せる町村役場書記が、行使の目的をもって、当該町村役場名義の戸籍簿に虚偽の記載を為したるときは、刑法第155条第1項の文書偽造罪に問疑(もんぎ)すべきものにして、公務員その職務に関し、虚偽の文書を作成したるものとして同法第156条に問疑すべきものに非ず

と判示しました。

2⃣ 公務員が文書の作成権限を濫用して公文書を作成した場合は、虚偽公文書作成罪が成立するとした判例

最高裁決定(昭和33年4月11日)

 村長が専ら第三者の利をはかる目的で内容虚偽の村長名義の公文書を作成した事案です。

 裁判所は、

  • 村長がその名義の内容虚偽の公文書を作成した場合は、それが専ら第三者の利をはかる等不法な意思に出でその職務権限の乱用と認められる場合であっても、刑法第156条の罪(虚偽公務所作成罪)が成立し、同法第155条の罪(公文書偽造罪)が成立するものではない

と判示しました。

大審院判決(大正11年12月23日)

 裁判官は、

  • 収入役は、市町村の現金出納に関する公簿を作成すべき一般的権限を有する者なれば、収入役が業務上横領を犯し、その犯跡隠蔽するため、如上公簿に虚偽の記載を為すは、刑法第156条の罪(虚偽公文書作成罪)を構成するものにして、同法第155条の罪(公文書偽造罪)と為すべきものに非ず

と判示しました。

主体(犯人)が「公務員」である場合の本罪の成否の考え方

1⃣ 本罪の主体(犯人)が公務員である場合は、上記説明のとおり、

  • 公務員の地位
  • 公文書の作成権限
  • 代決権の有無

などにより本罪の成否を異にします。

2⃣ 公文書の作成権限の根拠は、法令であると、内規又は慣例であるとを問いません。

 最高裁判決(昭和39年8月28日)は、

  • 刑法第155条第1項にいわゆる公務所または公務員の作るべき文書とは、公務所又は公務員が印章若しくは署名を使用しその権限内において職務執行上作成すべき文書を汎称し、その職務執行の方法範囲が法令に基づくと内規又は慣例によるとを問わないものと解すべきである

と判示しています。

3⃣ 自らは作成名義人ではないが、名義人から文書作成を委任されている公務員の場合、例えば、助役のように村長から代決の権限を与えられている者は、村長の決済を待つまでもなく村長名義の文書を作成できます。

 そのような助役が公文書を作成しても、公文書偽造罪は成立しません。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(明治44年7月6日)

 裁判所は、

  • 助役が村長の代理として職務を執行するに当たり、村長の名義をもって文書を作成すといえども、その文書にして助役が村長代理として正当に作成し得べき性質のものなるときは、執務の便宜上、代理名義を省略したるにどどまり、これをもって偽造と認べきものに非ず

と判示しました。

4⃣ 作成権者や代決権者は、権限を逸脱して公文書を作成した場合は別として、単に権限を濫用して公文書を作成した場合には、たとえ自己又は第三者の利益を図る意図があっても公文書偽造罪は成立せず、内容虚偽の公文書を作成したときに虚偽公文書作成罪(刑法156条)が成立するにとどまります。

 この点は、上記で説明した

のとおりです。

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