前回の記事の続きです。
この記事では、公正証書原本不実記載罪、電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)を「本罪」といって説明します。
本罪の故意
本罪は故意犯です(故意についての詳しい説明は前の記事参照)。
なので、本罪が成立するためには、本罪を犯す故意が必要です。
本罪における故意とは、
- 申立人において、その申立事項が虚偽であることを認識し、
かつ
- その申立てに基づいて、公正証書の原本等に不実の記載又は記録がなされることを予見認容していたこと
を要します。
なお、客観的に真実に適合している事項を虚偽であると誤信して申し立て、公務員をして、その旨、公正証書の原本等に記載又は記録させても、真実に適合している事項を公正証書の原本等に記載又は記録させたことになり、本罪は成立しません。
判例・裁判例
本罪の故意に関する判例・裁判例として、以下のものがあります。
申立人に申立事項が虚偽であるとの認識が欠けているため故意を欠き、公正証書原本不実記載罪は成立しないとした事例です。
裁判所は、
- 連合国最高司令部の昭和20年10月4日付け覚書「政治的社会的及び宗教的自由に対する制限除去の件」により宗教団体法及び同法に基くA寺寺院規則が失効したものと信じ、右規則に定むる手続によらずして同寺の新総代を選任し、これら新総代によって従来の同寺寺院規則の廃止、新寺院規則の制定を決議させこれに基いて区裁判所備付けの寺院登記簿に同等の所属宗派並びに教義の大要について変更登記をさせた場合に、右従来の寺院規則が失効したものではなく、従って右変更登記事項が虚偽の不実のものであるとしても、犯人が右寺院規則が失効したものと信じて為したものである以上、変更登記事項の虚偽であることについては認識を欠き、刑法第157条第1項の罪は成立しない
と判示しました。
札幌高裁判決(平成16年3月29日)
公正証書原本不実記載・同行使罪において、同一構成要件内の錯誤(具体的事実の錯誤) が故意を阻却しないとされた事例です。
共犯者において、強制執行を妨害する目的で、被告人に架空融資を了承させた上で実印の 交付を受け、共犯者が経営する会社名義の不動産に被告人名義の根抵当権を設定した事案において、被告人には、被告人名義で共犯者所有の重機類に担保を設定しその旨の公正証書を作成するという認識しかなかったものの、公正証書原本不実記載・同行使罪の故意に欠けるところはなく、これらの罪の共同正犯が成立するとした判決です。
裁判官は、
- 原判決は、被告人において、共犯者から担保の目的内容が共犯者が経営する会社が所有する不動産に対する根抵当権であることを聞いて知っていた旨認定したが、関係各証拠によれば、被告人が前記の目的内容を認識していたことには疑問があるものの、少なくとも、被告人は、共犯者からの依頼を受けて架空融資を了承した上、共犯者所有の重機をその担保としその旨の公正証書を作成し、これによって債権者からの強制執行を妨害することを認識していたものと認められるから、共犯者が経営する会社が所有する不動産に抵当権を設定しその旨登記簿に登載することと、共犯者個人が所有する重機類に担保を設定し、その旨の公正証書を作成することとの認識の違いは、同一構成要件内の中で登記簿か公正証書かの客体に違いがあるだけであり、被告人の認識を前提としても、被告人に公正証書原本不実記載・同行使、強制執行妨害の故意は阻却されず、共犯者との共謀も明らかであるから、被告人において架空融資に基づく担保設定に同意し、犯行に必要不可欠な実印等を交付したことなど、被告人の果たした役割の重要性にかんがみると、被告人には正犯意思が認められるから、原判決は結論において正当であり、事実の誤認は認められず、論旨は理由がない
- 犯罪事実において、被告人が、共犯者所有の重機類に対する強制執行を免れる目的で、共犯者に対する架空貸付の債権者となった上、共犯者が同人所有の重機類に内容虚偽の担保権を設定し、情を知らない公証人をしてその旨の公正証書原本を作成行使させようとしているとの認識の範囲内で共謀を認定した
と判示しました。