刑法(公正証書原本不実記載罪等)

公正証書原本不実記載罪(13)~「罪数の考え方」「本罪と①詐欺罪、②公職選挙法違反(詐欺登録罪)との関係」を説明

 前回の記事の続きです。

 この記事では、公正証書原本不実記載罪、電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)を適宜「本罪」といって説明します。

本罪の罪数の考え方

 1回の虚偽申請行為に基づき、複数の土地建物につき複数の事項に関し登記簿に不実の記載をさせた場合、土地登記簿及び建物登記簿はそれぞれが全体として1個の文書で1個の公正証書の原本に当たると解されるので、土地登記簿及び建物登記簿のそれぞれについて本罪一罪が成立すると解するとした以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和59年2月9日)

 裁判所は、

  • 被告人Aの原判示第三の所為は、ニ筆の宅地及び1個の建物(附属建物5個)について各抵当権設定及び停止条件付賃借権仮登記の虚偽の登記申請を一括して行い、登記官をして各不実の記載をなさしめ、かつ、これを登記所に備え付けさせて行使したものであるが、土地登記簿及び建物登記簿はそれぞれが全体として一個の文書で一個の「公正証書の原本」に当たると解されるので(不動産登記法14条、15条参照)、 複数の土地建物について複数の事項に関し登記簿に不実の記載がなされ、これが備付けられて行使された場合でも、それが1回の虚偽申請行為に基づいて行われたときには、土地登記簿及び建物登記簿のそれぞれについて刑法157条1項158条1項の各一罪が成立すると解するのが相当である
  • 被告人Aの前記所為中、公正証書原本不実記載の点は、土地登記簿及び建物登記簿ごとに同法157条1項罰金等臨時措置法3条1項1号に、不実記載公正証書原本行使の点は土地登記簿及び建物登記簿毎に刑法158条1項、157条1項、罰金等臨時措置法3条1項1号にそれぞれ該当するところ、右の土地登記簿及び建物登記簿に対する各不実記載は一個の行為でニ個の罪名に触れる場合であり、右各不実記載と前記各同行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、刑法54条1項前段、後段10条により結局以上を科刑上一罪として最も重い土地登記簿についての不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断することとする

と判示しました。

 一方で、複数の不動産登記簿に複数の不実登記がなされた場合、公正証書原本不実記載及び同行使の各罪は、各物件の各登記ごとに成立すると解する見解もあります。

他罪との関係

 本罪と

との関係を説明ます。

詐欺罪との関係

1⃣ 公正証書原本不実記載罪と不実記載公正証書原本行使罪(刑法158条1項)と、詐欺罪(刑法246条)とは、通例は、罪質上、手段と結果の関係になるので、牽連犯の関係になります。

 この点を判示した以下の判例があります。

最高裁決定(昭和42年8月28日)

 裁判所は、

  • 甲から金員騙取するため、乙名義の偽造の委任状等を登録官吏に提出し、乙の不動産の登記簿の原本に抵当権が設定された旨の不実の記載をさせて、これを行使するとともに、甲にその登録済権利証を示して、抵当権設定登録を経由した旨誤信させ、同人から借用金名下に金員を騙取したときは、公正証書原本不実記載罪とその行使罪と詐欺罪との牽連犯となる

と判示ました。

大審院判決(昭和7年4月11日)

 裁判所は、

  • 債権者に対し、自己所有の建物上に根抵当権を設定するにより、債務の支払を延期ありたき旨申し欺き、虚偽の建物を実在する如く装い、裁判所に対し、債権者のため根抵当権設定登記の申請を為し、登記官吏をして登記簿原本にその旨不実の記載を為さしめ、これを同所に備え付けしめたる上、債権者をして債務の支払を延期せしめたるときは、公正証書原本不実記載・行使による詐欺の牽連一罪成立す

と判示しました。

2⃣ 本罪は、虚偽の申立てをした結果、内容虚偽の記載のある公正証書や免状等の交付を受ける行為も包含して処罰するものとみられているので、公正証書や免状等についての詐欺罪は成立しません。

 この点を判示したのが以下の判例です。

最高裁判決(昭和27年12月25日)

 裁判所は、

  • 原判決は「被告人は同係員を欺罔して旅券下付を受けようとしたけれども、その後占領軍官憲の調査により右証明書2通の記載内容が虚偽であることを発見されたため、ついに旅券騙取の目的を遂げなかったものである」と認定し、刑法246条1項250条に該当する詐欺未遂である旨判示している
  • そして、刑法157条2項には、公務員に対し虚偽の申立を為し、免状鑑札又は旅券に不実の記載を為さしめたる者とあるに過ぎないけれども、免状、鑑札、旅券のような資格証明書は、当該名義人においてこれが下付を受けて所持しなければ効用のないものであるから、同条に規定する犯罪の構成要件は、公務員に対し虚偽の申立を為し免状等に不実の記載をさせるだけで充足すると同時にその性質上不実記載された免状等の下付を受ける事実をも当然に包含するものと解するを正当とする
  • しかも、同条項の刑罰が1年以下の懲役又は300円以下の罰金に過ぎない点をも参酌すると免状、鑑札、旅券の下付を受ける行為のごときものは、刑法246条の詐欺罪に問擬(もんぎ)すべきではなく、右刑法157条2項だけを適用すべきものと解するを相当とする
  • されば、原判決が右下付を受けようとした行為を目して詐欺未遂としたことは擬律錯誤の違法があるものといわなければならない

と判示しました。

公職選挙法違反(詐欺登録罪)との関係

 虚偽の転入届に基づき住民基本台帳に不実の記載をさせて備え付け行使し、選挙管理委員会をして住民基本台帳に基づき選挙人名簿に登録させた場合、公正証書原本不実記載罪と詐偽登録罪(公職選挙法236条2項)とは被登録者ごとに観念的競合の関係に立つとした裁判例があります。

広島高裁判決(昭和48年4月17日)

 裁判所は、

  • 公職選挙法236条2項と刑法157条1項は、それぞれの規定の内容、立法趣旨、法益に徴するとき、前者が後者に対し特別法の関係に立つものとは解することができない
  • けだし、前者は専ら選挙の公正を確保するため選挙人登録の不正を防止せんとする規定であるのに対し、後者は公証制度の有する信用確保のための規定であって、前者を適用したからといって後者の構成要件的評価をも十分に尽しているものとはいえないからである
  • 従って、本件各公正証書原本不実記載罪と詐偽登録罪とは被登録者ごとに観念的競合の関係にあり、両罪とも成立するというべきである

と判示しました。

次の記事へ

文書偽造・変造の罪の記事一覧

過去の記事