前回の記事の続きです。
この記事では、公正証書原本不実記載罪、電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)を適宜「本罪」といって説明します。
本罪の客体
公正証書原本不実記載罪、電磁的公正証書原本不実記録罪は、刑法157条1項に規定があり、
公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する
と規定されます。
本罪の客体は、
① 登記簿、戸籍簿その他の権利、義務に関する公正証書の原本
又は
② 権利・義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録
です。
①「権利若しくは義務に関する公正証書」とは?
「権利若しくは義務に関する公正証書」とは、
公務員がその職務上作成する文書であって、権利、義務に関するある事実を証明する効力を有するもの
をいいます。
判例は、権利、義務に関する公正証書に該当するかどうかの判断に当たって、単に形式的、観念的に公簿の法的性格を提えるのではなく、公簿の持つ社会的機能との結びつきにおいてその法的性格を吟味するという推論過程を採っていると考えられ、権利義務の取喪変更等の証明に直接役立つものでなくとも、その基礎となる事実関係の証明に役立つ公簿であればよいとされています。
参考となる以下の判例があります。
土地台帳が刑法157条1項にいわゆる権利義務に関する公正証書に当たるとした判決です。
裁判所は、
- 刑法157条1項の権利義務に関する公正証書とは、公務員がその職務上作成する文書であって、権利義務に関するある事実を証明する効力を有するものをいい、公務員において申立に基づきその内容の如何を審査することなく記載するものであると、もしくはその内容を審査しこれを取捨選択して記載するものであると、また、その目的が特に私法上の権利義務を証明するためであると、否とは問うを要せず
- 従って、土地台帳のごときは、いわゆる権利義務に関する公正証書に該当する
と判示しました。
住民登録法による住民票は、刑法157条1項にいう「権利義務に関する公正証書」にあたるとしました。
権利、義務に関する公正証書といえるための要件
権利、義務に関する公正証書といえるための要件として、以下の事項が挙げられます。
権利、義務に関する公正証書といえるためには、その証明力の高さを要するとされます。
この点に関する以下の裁判例があります。
軽自動車税課税台帳は、刑法157条1項にいう「権利義務に関する公正証書の原本」には該当しないとした判決です。
裁判所は、
- 公文書の内容が権利、義務に関する事実を含むからといって、そのことの故にこのような公文書が直ちに右公正証書に該当するものとすべきではなく、右公文書のうち特に高い証明力を有するものに限ってこれに該当すると解するのを相当とする
とした上、
- 軽自動車税納税義務発生の申告に基づき作成された軽自動車税課税台帳はそのような高い証明力を有するものとはいえないから、権利、義務に関する公正証書の原本とはいえない
としました。
公正証書は権利、義務に関するものでなければならないが、権利、義務は、公法上のものであると私法上のものであるとを問わず、私法上の権利、義務は、財産上のものであると身分上のものであるとにかかわりません(大審院判決 大正11年12月22日、大審院判決 大正4年4月30日)。
公正証書は原本でなければならず、正本、謄本、抄本などは、本罪の客体とはなりません。
証明文書ではないものは、権利、義務に関する公正証書には当たりません。
例えば、支払命令は、証明文書ではないので、権利、義務に関する公正証書には当たりません(大審院判決 大正11年12月2日)。
本罪の公正証書は、申立てに基づき作成されるものであることを要しますが、公務員が申立ての内容を審査することなく記載するものであると、申立ての内容を審査しこれを取捨選択して記載するものであるとを問いません(大審院判決 大正11年12月22日)。
ただし、公務員が自由裁量により心証を形成し、自らの判断結果を記載すべき判決書の原本のようなものはこれに含まれませんが、即決和解調書の原本はこれに入る可能性があるとされます。
「権利、義務に関する公正証書の原本」の具体例
権利、義務に関する公正証書の原本の具体例として、以下のものが挙げられます。
- 土地登記簿(大審院判決 明治43年11月8日)
- 建物登記簿(大審院判決 明治43年11月8日)
- 商業登記簿(大審院判決 大正13年4月29日)
- 戸籍簿(大審院判決 大正8年6月6日、大審院判決 昭和5年2月28日)寺院登記簿(最高裁判決 昭和26年7月10日)
- 公証人の作成する公正証書(大審院判決 明治41年12月21日、大審院判決 大正3年3月26日、最高裁判決 昭和37年3月1日)
- 土地台帳規則に基づく土地台帳(大審院判決 大正11年12月22日)
- 土地台帳法に基づく土地台帳(最高裁判決 昭和36年3月30日)
- 住民登録法に基づく住民票の原本(最高裁判決 昭和36年6月20日)
- 住民基本台帳法に基づく住民票の原本(最高裁決定 昭和48年3月15日)
- 小型船舶の船籍及び総トン数の測度に関する政令に基づく船籍簿(最高裁決定 平成16年7月13日)
- 外国人登録原票(名古屋高裁判決 平成10年12月14日)
②「権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録」とは?
「権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録」とは、
公務員がその職務上作成する電磁的記録であって、利害関係人のために、権利、義務に関する一定の事実を公的に証明し得る機能を有し、公正証書の原本としての地位を与えられているもの
をいいます。
「権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録」の具体例
「権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録」の具体例として、
- 道路運送車両法(6条)による自動車登録ファイル
- 特許法(27条2項)による特許原簿ファイル
- 住民基本台帳法(6条3項)による住民基本台帳ファイル
- 電子情報処理組織による登記事務処理の円滑化のための措置等に閲する法律(2条)による不動産登記・商業登記その他の登記ファイル
が挙げられます。