前回の記事の続きです。
この記事では、公正証書原本不実記載罪、電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)を適宜「本罪」といって説明します。
本罪の行為である「虚偽の申立て」とは?
本罪(刑法157条1項)の行為は、
公務員に対して虚偽の申立てをし、権利、義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利、義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせること
です。
本罪における「虚偽の申立て」とは、
真実に反して、存在しない事実を存在するとし、又は存在する事実を存在しないとして、申立てをすること
です。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(明治43年8月16日)
裁判所は、
- 公務員に対して、存在せざる事実を存在するものとし、又は存在する事実を存在せざるものとして申請を為し、権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載を為さしめたるときは、直ちに刑法第157条の犯罪を構成す
- 而して、申請人がその資格を偽りたるや否やは問うところに非ず
と判示しました。
申立事項の内容について虚偽のある場合に限らず、
申立人の同一性に関して虚偽のある場合
も含みます。
例えば、
- 代理名義を偽って公証人に申し立てた場合(大審院判決 明治41年12月21日)
- 名義人でないのに名義人として表示登記を申請した場合(大審院判決 明治44年5月8日)
は「虚偽の申立て」となります。
これは、公正証書の真正を害するのは、記載事項の内容に不実がある場合だけでなく、申立てに関して不実のある場合でも同様だからです。
申立ては、方法に制限なく、
- 口頭によること
- 書面によること
- 行為者みずから行うこと
- 代理人によって行うこと
を問わず、また、
- 自己の名義をもってすること
- 他人の名義をもってすること
にかかわりません。
裁判に基づいて行われる申立てでも、公正証書原本不実記載罪が成立します。
大審院判決(大正12年2月3日)は、虚偽の請求原因で所有権移転請求訴訟を起こし、相手方不在と偽って欠席判決を得て、これに基づいて登記申請をした行為について、公正証書原本不実記載罪の成立を認めています。
官公署による登記の嘱託も、官公署が取引の当事者である場合には本罪の申立てに当たります。
一般的に、不動産登記法16条が定める官公署による登記の嘱託には2つの類型があり、
- 第1類型は、官公署自体が登記手続の内容となる実体法上の権利関係の主体となる類型
- 第2類型は、裁判所のする嘱託登記のように、私人である当事者の権利関係の実現に助力、奉仕するため、公権力行使の主体としての官公署が嘱託する類型
です。
第1類型の登記嘱託は、官公署が私人と同列の資格で登記制度を利用するものであり、その実体は申請と異なるところがありません。
以下の判例で、第1類型に属する登記嘱託は本罪にいう申立てに当たるとされています。
私人が自己の所有する土地、建物を第三者に売却した際、租税特別措置法の優遇措置を受けるため、公社事務局長と共謀して、不動産をいったん公社に売却し、これを公社が第三者に売却したとする虚偽の所有権移転登記の嘱託手続をさせ、情を知らない登記官にその旨の不実の記載をさせたという事案について、旧不動産登記法30条・31条に基づく官公署による登記の嘱託は、公正証書原本不実記載罪の申立てに当たるとした判決です。
裁判所は、
- 公正証書原本不実記載罪の成否につき職権で検討するに、原判決の是認した第一審判決の認定によれば、被告人は、自己所有の不動産を第三者に売却しながら、土地開発公社事務局長と共謀し、情を知らない同公社職員をして、不動産登記法31条、30条に基づき、右不動産を被告人から公社に、次いで公社から前記第三者に売却したとする内容虚偽の各所有権移転登記の嘱託手続をさせ、情を知らない登記官をして不動産登記簿原本にその旨の不実の記載をさせたというのである
- このような場合において官公署による登記の嘱託手続をすることも、私人が登記の申請手続をするのと同様、刑法157条1項にいう「申立」に当たると解するのが相当であるから、被告人の本件各所為につき公正証書原本不実記載罪の成立を認めた原判断は正当である
と判示し、公正証書原本不実記載罪が成立するとしました。
第2類型に属する登記嘱託は、判例は、本罪にいう申立てには当たらないとしています。
大審院判決(大正6年8月27日)
私人が自己所有の未登記の家屋を保存登記済のものとするため、他人名義を冒用して右家屋に対する仮差押命令を申請し、裁判所に仮差押命令を出させてその登記嘱託をさせ、仮差押命令の登記の前提として、登記官に職権で被告人を所有者とする保存登記をさせたという事案です。
裁判所は、
- 右保存登記は、裁判所の嘱託によってなされたものであり、被告人のした不実の申立てによるものでないから、たとえ嘱託をさせた手続に詐欺的手段があっても、不実の申立てをして虚偽の登記をさせたということはできない
とし、公正証書原本不実記載罪は成立しないとしました。
第三者の委任状を偽造し、情を知らない他人に交付し、その他人をして、公証人に対し代理人として公正証書作成の嘱託をさせた場合のように、申立人を欺いて、公正証書の原本に不実の記載をするよう、あるいは公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をするよう申し立てさせる行為は、本罪の間接正犯が成立します。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(明治44年5月4日)
裁判所は、
と判示しました。