前回の記事の続きです。
この記事では、公正証書原本不実記載罪、電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)を適宜「本罪」といって説明します。
本罪のにおける「不実の記載」「不実の記録」とは?
本罪(刑法157条1項)の行為は、
公務員に対して虚偽の申立てをし、権利、義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利、義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせること
です。
「不実」とは?
「不実」とは、
権利義務関係に重要な意味を持つ点において客観的な真実に反すること
をいいます。
例えば、抵当権設定登記における単なる登記原因日付の齟齬は、重要な意味を持つものとはいえません。
この点を判示したのが以下の判例です。
大隅簡裁判決(昭和41年9月26日)
抵当権設定登記における単なる登記原因日付の齟齬は、刑法157条1項にいう「不実の記載」に当たるかが争われた事例です。
裁判所は、
- 刑法第157条第1項にいう「不実の記載をなさしめた」というは、当事者間になんら抵当権役定契約を締結した事実もないのに、契約締結の事実があるものとしてその登記を申請し、登記官をして動産物権の設定、移転その他の変動を公示する不動産登記薄の原本にその虚偽の事項を記載せしめた場合はもとより、当事者間に抵当権設定契約は締結せられたものの、その契約内容の重要な点に関して虚偽の申立をなし、申請どおりの記載をなさしめた場合においても、なお公正証書の原本に記載すべき事項に関し、その重要な点について真実に反する記載をなさしめたものに該当するものと解されるのである
- 換言すれば、 登記事項の不実とは、当該特定の契約当事者間の既存の権利関係に消長をきたすばかりでなく、当該不動産 につき現に取引関係に立っている利害関係人の権利関係にも影響を及ぼし、ひいては社会一般の不動産登 記簿に対する公の信用力を害すると認められる重要な点について内容虚偽の登記事項が存在することをいうのであって、偶々登記事項中、些細な点において真実に反する点があったとしても、重要な点については物権契約内容と悉く一致し、なおかつ齟齬する事項を捉えても、当該特定の契葯当事者間についてはもとより、他の利害関係人その他の者の権利関係にもなんらの影響をも及ぼすものとは認められない軽微の瑕疵は、到底これを不実の記載であると解すべきではないと解する
- 登記原因日付が真実の契約締結日と一致することが物権変動を正確に公示して取引の安全に奉仕せんとする登記制度の理想とするところに合致して望ましいことではあるが、さりとて登記を単なる対抗要件と解する制度の下でば、真実物権変動の事実が存在し、かつ他の利害関係人の権利関係になんらの影響をも及ぼすものではないと解せられる登記原因日付の点の齟齬は、日付、遡及が権利の成否等に重要な影響を及ぼす特別の事情が認められる案件においては格別、通常の場合は到底これを目して不実の記載であると解することはできないものと考える
と判示し、公正証書原本不実記載罪(刑法157条1項)、不実記載公正証書原本行使罪(刑法158条1項)は成立しないとし、無罪を言い渡しました。
「不実の記載」「不実の記録」とは?
「不実の記載」とは、
存在しない事実を存在するものとし、又は存在する事実を存在しないものとして記載すること
をいいます。
「不実の記録」とは、
客観的な事実に反するデータを入力して電磁的記録に記録すること
をいいます。
例えば、通謀虚偽表示は、意思表示自体は外形上存在するものの内心的効果意思を欠き無効であるから、通謀虚偽表示に基づき公正証書の原本にその旨を記載させたときは、その記載は客観的事実に反する不実のものとなります。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(大正5年6月2日)
裁判所は、
- 民法上、善意の第三者に対抗することを得ざる意思表示といえども、苟もその虚偽なることを認識して登記官吏にこれが申立てを為し、登記簿原本に不実の記載を為さしめたる以上は、刑法第157条第1項の罪責を免れることを得ず
と判示しました。
なお、この点は善意の第三者に対抗できない場合であっても変わりありませんが、善意の第三者のために登記等をする行為は不実とはいえないとされます。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(明治44年2月27日)
土地所有者であるAが、Bと通謀し、虚偽の土地売買を行い、その後、Cを欺罔し、土地の抵当権を設定して登記をした事案で、善意の第三者Cの登記設定行為は無効とはいえないので、その登記も不実とは認められないとした判決です。
裁判所は、
- AとBの間における田地売買は、通謀に出でたる虚偽の意思表示にして無効なれば、その売買登記申請もまた虚偽にして登記簿に不実の記載を為さしめ、かつ、これを行使したる罪を構成するも、その無効は善意の第三者に対抗する能わざるをもって、BとCの抵当権設定は、これを無効なりというを得ず
- 従って、その登記もまたこれを不実なりと認むべきものにあらざれば、原院がこの事実に対し、刑法第157条を適用せざりしは相当である
と判示しました。
他方、詐欺強迫による意思表示は取り消しうべきものではあっても、取り消されるまでは有効に存在しているため、その事実を記載させても不実の記載とはならなりません。
なお、心裡留保については、内心的効果意思を欠きますが、効力を妨げられないため、これに基づき事実を記載させても不実とはいえないとする判例があります。
大審院判決(大正8年3月19日)
裁判所は、
- 定款作成者が、真実、合資会社を設立するの意思なく、ただ外形上設立したるが如く装わんがため、定款を作成したるときといえども、その定款作成は、合資会社設立行為たるの効力を有し、合資会社はこれによりて成立するものとす
- 如上定款に基づき合資会社の目的、商号、社員の氏名、その出資額等を記載したる会社設立登記申請を当該裁判所に提出し、登記官吏をして登記簿の原本にこれが登記を為し、かつその原本を該裁判所に備え付けしむるも、虚偽の事実を申告して不実の登記を為さしめ偽造文書を行使したるものというを得ざれば、刑法第157条第1項、同第158条第1項の犯罪を構成すべきものに非ず
と判示しました。
虚偽の申立てと不実の記載又は記録との間には、因果関係が認められなかければなりません。
因果関係が肯認された裁判例として、以下のものがあります。
大阪高裁判決(昭和41年11月14日)
非農地証明書を発行する権限を有する農業委員会長が部下に命じて虚偽の非農地証明書を発行し(虚偽公文書作成罪)、その非農地証明書を登記官に提出し(虚偽公文書行使罪)、土地の地目を畑から山林に変更させて登記簿原本に不実の記載させ、これを備え付けさせた(公正証書原本不実記載罪、不実記載公正証書原本行使罪)という事案で、不動産の表示に関する登記につき、登記官吏が実質的審査権(自由裁量権)を有することとと、公正証書原本不実記載罪の成否との関係について述べた判決です。
裁判所は、
- 不動産登記法は土地又は建物の表示に関する登記につき、登記官吏に実質的審査権を与えているものと解せられ、申立の内容を採用するかどうかについて自由裁量権を認めているが、実質的審査権があるからといっても必ずこれを行使しなければならないわけではなく、高度に証明力が保証されている公文書による証明がある場合には、これを全面的に信用し、実質的審査権を行使しないで、これに従うのが通例であると考えるところ、本件についてもその例にもれず登記官吏が実質的審査をなしたと認むべき資料はない
- そして、証拠によると、従来大阪法務局管内、においては地目変更申請の際に添付される市町村農業委員会長発行の非農地証明書を全面的に信用し、その採否について自由裁量権を行使する余地のないものとし、いわゆる登記原因を証する書面として取り扱い地目変更の登記をしていたことが認められるから、本件非農地証明書を添付してなさた本件虚偽申立と不実記載との間に因果関係の存することは明らかであり、登記官吏に前記自由裁量があるからといってこれらの罪の成立を免れるものではない
と判示し、虚偽公文書作成罪、虚偽公文書行使罪、公正証書原本不実記載罪、不実記載公正証書原本行使罪が成立するとしました。
不実記載が肯定された判例・裁判例
不実記載が肯定された判例・裁判例として以下のものがあります。
- 登記申請者双方が、合意の上、虚偽の抵当権設定登記を申請して登記簿にその旨を記載させた事案(大審院判決 明治43年2月10日)
- 建物の所有権についての登記名義人が、同一宅地上にある他人所有の便所、物置を、自己所有の付属建物として登記申請し、登記簿にその旨を記載させた事案(大審院判決 昭和10年2月20日)
- 所有権移転の原因が贈与であるのに、売買によるとの虚偽の申立てをし、その旨、不動産登記簿に記載させた事案(大審院判決 大正10年12月9日)
- 準禁治産者である債務者が、自己の債務を担保する手段として、その所有の山林につき所有権移転の仮登記をするにあたり、債権者の同意を得て、日付を遡らせ、準禁治産宣告以前の売買であるように仮装して申請し、登記簿にその旨を記載させた事案(大審院判決 昭和9年9月14日)
- 当事者双方が、真実離婚の意思がなく、ただ、外形上離婚したように装って離婚届を提出し、戸籍簿にその旨を記載させた事案(大審院判決 大正8年6月6日)
- 自動車登録ファイルの「使用の本拠の位置」又は「使用の本拠の位置」及び「使用の住所」について虚偽の登録申請をしてその旨を記載させた事案(最高裁決定 昭和58年11月24日)
- 執行妨害目的で内容虚偽の賃借権設定の仮登記申請をして、登記簿にその旨を記載させた事案(鳥取地裁米子支部判決 平成4年7月3日、東京地裁判決 平成5年12月20日)
- 自動車の所有等の実態を隠ぺいするために、本来の実質的な所有者とは別人の名義で新規登録及び移転登録を申請して自動車登録ファイルにその旨を記載させた事案(東京地裁判決 平成4年3月23日)
- 自動車登録原簿の「使用の本拠の位置」について虚偽の登録申請をしてその旨を記載させた事案(大阪地裁 昭和45年2月21日)
不実記載が否定された判例・裁判例
不実記載が否定された判例・裁判例として以下のものがあります。
以下はいずれも公正証書の原本に記載された内容が真実に反しているとはいえない事案です。
- 未登記の土地所有者が、所有権確認の訴えを提起し、確認の利益につき虚偽の事実を主張し、当事者の通謀により勝訴判決を得て所有権保存登記を申請して登記簿にその旨の記載をさせた事案(大審院判決 昭和2年11月10日)
- 不動産の売買の売主が、登記が移っていないことを奇貨とし、自己の債務の担保として抵当権を設定し、その旨の登記申請をして登記簿に記載させた事案(東京高裁判決 昭和27年3月 29日)
- 消費貸借契約の貸主が、複数回にわたる貸付、返済内容を簡明にするため、一口にまとめ、弁済期をー定にして一度に貸したように公正証書に記載させた事案(宮崎地裁日南支部判決 昭和39年4月21日)
- 株主総会及び取締役会を開催して会社の商号及び目的の変更ならびに役員の選任等を決議した事実がないのに、決議があった旨申請して商業登記簿にその旨の記載をさせたが、右決議内容が実質的には関係者の意思に沿うものであった事案(東京地裁判決 昭和35年2月27日)
- 創立総会が開催されておらず決議もなされていないが、総会で決議されたとして登記されている事項はすべて真実で、株式の払込みも有効であった株式会社の設立登記が商業登記簿に記載された事案(福岡高裁判決 昭和44年3月18日)
第三者の利益を害するようなときには、公正証書の原本に記載された内容が真実に合致しているからといって、単純に不実記載でないということにはならない
記載にいたるまでの間に虚偽があっても通常は不実記載とはいえないと考えられています。
しかし、上記虚偽が第三者の利益を害するようなときには、公正証書の原本に記載された内容が真実に合致しているからといって、単純に不実記載でないということにはならない場合があります。
この点に関する以下の裁判例があります。
建物保存登記の抹消をすべき場合に、真実に反し、建物の滅失登記を申請し、その旨登記簿原本に記載させた行為について、正証書原本不実記載罪が成立するとした判決です。
建物が別人に保存登記され、登記簿に同人に対する滞納処分による差押登記がされているが、真実は申立人の所有である場合に、たまたま登記簿上の地番が誤っているからといって、当該登記簿を閉鎖させる意図で、申立人において同人の代理人として、その登記の抹消を申請することなく、建物滅失登記の申請をし、登記簿にその旨を記載させたときは、滞納処分者の利益を害するから公正証書原本不実記載罪が成立するとしました。