前回の記事の続きです。
この記事では、有印私文書偽造罪(刑法159条)を説明します。
偽造文書を作成するに当たり、文書の名義人の承諾があった場合の私文書偽造罪の成否
偽造文書を作成することについて、文書の名義人の承諾があった場合に、私文書偽造罪が成立するか否かが議論になります。
従来、名義人の承諾を得てその名義で文書を作成した場合には、文書偽造罪の構成要件該当性が阻却されると解されてきました。
これは、文書の名義人の承諾があった場合は、偽造文書の作成者が名義人と同一となるためです。
しかし、文書の性質によっては、名義人の承諾があってもその名義で文書を作成することが私文書偽造罪を構成する場合があることが近時の判例・裁判例によって認められています。
以下の判例・裁判例は、いずれも文書の名義人の承諾が有印私文書偽造の成立を妨げるものでないとしています。
運転免許停止処分を受けていた被告人が、無免許運転をして警察官の取り締まりを受けた際、運転免許を有する知人から自己の名前を言ってよいとあらかじめ承諾を得ていたことから、同人の氏名を名乗り、免許証不携帯に関する交通事件原票(交通切符)の供述書に同人の氏名を署名したという事案です。
裁判所は、
- 交通事件原票中の供述書は、その文書の性質上、作成名義人以外の者がこれを作成することは法令上許されないものであって、右供述書を他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立すると解すべきである
と判示し、有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪の成立を認めました。
上記判例と同種の事案について、裁判官は、
- このような供述書はその性質上、違反者が他人の名義でこれを作成することは、たとい名義人の承諾があっても、法の許すところではないというべきである
と判示し、有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪の成立を認めました。
私立大学の替え玉受験の答案について、裁判官は、
- 仮に本件志願者の承諾があったとしても、答案は、志願者本人の学力の程度を判断するためのものであって、作成名義人以外の者の作成が許容されるものでないことは明らかである
とし、有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪の成立を認めました。
大阪地裁判決(昭和54年8月15日)
運転免許申請書について、裁判所は、
- 運転免許は、道路交通法に従い、公安委員会が申請者に下付するものであって、名義を偽って運転免許申請をした場合には、たとえ名義人が事前にこれを承諾していたとしても、その結果が名義人に生じるものではない
と判示し、有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪の成立を認めました。
大阪高裁判決(平成2年4月26日)
一般旅券発給申請書について、裁判所は、
- 発給申請書は、申請者本人につき一般旅券の発給交付を受け得る資格が認められるか否かを審査するという公の手続内において用いられる文書であり、したがって、もともと申請者が他人の名義を用いて右発給申請書を作成・提出することは法令上許されないことが明らかであり(中略)、一般旅券発給申請書の法的性質、被告人が他人名義を使用した動機・目的等諸般の事情に照らせば、一般私人間で授受される契約書等の場合と異なり、たとえ名義人の事前承諾を得ていたとしても、その名義を用いて本件申請書を作成する権限を生ずる余地はない
と判示し、有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪の成立を認めました。
仙台高裁判決(平成18年9月12日)
消費者金融業者の自動契約機を利用して極度借入基本契約締結及びローンカードの交付を申し込む際の申込書について、裁判官は、
- 無担保で、本件契約及び本件カード申込名義人と本件契約締結の是非、締結の場合の当該名義人の利用可能な融資極度額を定めるのであり(中略)、当該名義人個人の信用、承諾が本件契約等の根幹をなし、本件契約等において、当該名義人と申込人との同一性確認が極めて重要なものとなっていることが明らかである
と判示しました。
参考
「文書の名義人の承諾」に関する説明は、以下の記事でも行っています。
文書偽造・変造の罪(14)~偽造の概念⑥「偽造文書を作成するに当たり、文書の名義人の承諾があった場合の私文書偽造罪の成否」を説明