前回の記事の続きです。
不同意わいせつ罪の故意
不同意わいせつ罪(刑法176条)は故意犯です(故意犯の説明は「故意とは?」の記事参照)。
不同意わいせつ罪が成立するためには、不同意わいせつ罪を犯す故意が必要です。
不同意わいせつ罪の故意が認められるためには、
- 性的意図
- 「刑法176条1項1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」があることの認識
- 「刑法176条1項1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」により、被害者が「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」になり、又はその状態にあることの認識
- 被害者が「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の下で、又はその状態を利用して、わいせつな行為をすること
の認識
の4つをいずれも認識している必要があります。
以下で①~④について詳しく説明します。
①性的意図について
不同意わいせつ罪は、
わいせつ行為者(犯人)自身の性欲を刺激し、あるいは満足させるという性的意図の下になされること
を要します。
犯人に性的意図があったと認めるためには、
犯人が自己の行為が、被害者に対する性的侵害になる性質の行為であることを認識すれば足りる
とされます。
この点について判示した以下の裁判例があります。
以下の裁判例は改正前刑法の強制わいせつ罪の事例ですが、現行刑法の不同意わいせつ罪にも考え方は当てはまります。
東京地裁判決(昭和62年9月16日)
女性下着販売業の従業員として稼働させるという目的のために、婦女の全裸写真を強制的に撮影しようとした行為について、被告人が男性として性的に刺激興奮させる性的意味をも有する行為であることを認識して行為に出たときは強制わいせつ罪が成立するとした事例です。
事案は、女性の下着を好む男性客相手の女性下着販売業を営む被告人が、営業の実体を秘して求人公告を出し、それを見て21歳の女性Aが応募して来たことから、A女を無理矢理従業員として働かせるため、強いてA女を全裸にしてその写真を撮影しようと考え、そのような行為がA女に性的羞恥心を与え、自らを男性として性的に刺激、興奮させる行為であることを認識しながら、あえてこれを行おうと企て、A女に暴行を加えたが、A女を全裸にしてその写真を撮影することはできず、同女に判示の傷害を負わせたという強制わいせつ致傷罪(刑法181条)の事案です。
被告人の弁護人は、
- 被告人が、本件行為に及んだ目的は、被害者A女を裸にし、その姿態を写真撮影することによって、A女を被告人が経営する女性下着販売業の従業員として働かせようということにあったのであり、被告人自身の性欲を刺激、興奮させ又は満足させようという意図は全くなかったのであるから、強制わいせつ致傷罪は成立せず、せいぜい強要未遂罪及び傷害罪が成立するに過ぎない
とし、被告人に性的意図はなかったのだから強制わいせつ罪は成立しないと主張しました。
この主張に対し、裁判所は、
- A女を全裸にしその写真を撮る行為は、A女を男性の性的興味の対象として扱い、A女に性的羞恥心を与えるという明らかに性的に意味のある行為、すなわち、わいせつ行為であり、かつ、被告人は、そのようなわいせつ行為であることを認識しながら、換言すれば、自らを男性として性的に刺激、興奮させる性的意味を有した行為であることを認識しながら、あえてそのような行為をしようと企て、暴行に及んだものであることを優に認めることができる
- したがって、被告人の本件所為が強制わいせつ致傷罪に当たることは明らかである
と判示し、A女を全裸にしその写真を撮る行為について、性的意図があったと認定し、強制わいせつ致傷罪が成立するとしました。
②「刑法176条1項1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」があることの認識について
「刑法176条1項1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」があることの認識については、犯人が法律の要件(刑法176条1項1号~8号の事由)を詳細に認識している必要はありません。
犯人に「刑法176条1項1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」を基礎付ける事実の認識があれば足ります。
例えば、1号の「暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと」の行為・事由であれば、犯人が1号の要件を具体的に認識していなくても、犯人に「被害者に暴行を加えてわいせつな行為をした」という事実の認識があれば、不同意わいせつ罪の故意が認められることとなります。
③、④の被害者が「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の認識について
③、④の被害者が「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の認識についても、上記と同様に、犯人が法律の要件を詳細に認識している必要はありません。
犯人に、被害者が「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」を基礎付ける事実の認識があれば足ります。
例えば、犯人に「被害者はわいせつ行為をされることに同意していない」という事実の認識があれば、不同意わいせつ罪の故意が認められることとなります。