前回の記事の続きです。
この記事では、文書偽造・変造の罪(刑法18章)に共通する概念を説明します。
偽偽造運転免許証を携帯しただけでは、偽造公文書行使罪は成立しない
自動車を運転する際に、偽造運転免許証を携帯しただけで偽造公文書行使罪が成立するかという点について、判例は、以前は争いがありましたが、現在では、偽造運転免許証を携帯しただけでは偽造公文書行使罪は成立しないという見解に至っています。
判例の見解の変遷の経緯は以下のとおりです。
最高裁判所の判例としては、まず、最高裁判決(昭和36年5月23日)があります。
この判決は、
- 偽造にかかる公安委員会作成名義の運転免許証を携帯して自動車を運転した場合は、偽造公文書行使罪が成立する
という立場をとりました。
判決では、有罪と認めた原判決に対して、弁護人から犯意に関する事実誤認の主張等がされたにとどまり、正面から運転免許証の携帯と行使の問題について判示することなく上告を棄却しているものですが、他方で、単に携帯しただけでは行使罪が成立しない旨の垂水裁判官の少数意見が付されたものです。
その少数意見の内容は、次のとおりです。
垂水裁判官は、
- 一般の偽造の公私文書・有価証券の行使罪の場合と同じく、偽造有印公文書の行使罪にいう「行使」とは偽造有印公文書であることの情を知りながらこれを真正に成立したものとして使用することをいい、その行使の方法は他人に交付若しくは呈示するのが通常であり、この場合でも必ずしもその他人がこれを閲覧し、ないし真正のものと誤信したことを要しないのである
- この行使とは、畢竟、他人に対する外部的行為であって、偽造公文書を真正に成立した文書として他人(特定人若しくは不特定人)に閲覧しうべき状態におくことをいい、いわゆる備付行使を含む
- けれども備付行使というのは、法令または実例上、公務所その他の場所に文書を備付けて係員、関係人等が必要に応じ随時閲覧できるように扱われている場合に、かような文書として偽造にかかる文書をそこに備付けたときはこれによって関係人らに対し該文書を真正な文書として閲覧しうべき状態におく外部的行為があったものということができるから、これが偽造文書行使罪を構成することはいうまでもなく、判例学説も認めるところである
- しかし、たとえ法令上自動車を運転する場合に運転免許証を携帯すべき義務ある場合であっても、運転手が運転の際、偽造の運転免許証を単にポケットまたは自動車内に携帯所蔵しているだけでは、未だもって他人が随時これを真正な文書として閲覧できる状態においたものというに足りない
- 他人に対する外部的行為がないのであるから、これを原判示のように偽造免許証(有印公文書)の行使罪に当るものということはできない
と述べられています。
これに反し、多数意見(積極説)の考え方は、学説では、
- 自動車運転免許証は運転の際に常に携帯しなければならず、かつ、警察官の求めがあれば提示しなければならない性質のものであるから、こうした場合に備えて運転時に携帯することは、いわば免許証の本来の用法に従った使用にほかならないし、求めがありさえすれば即座に警察官に提示する意図の下現に直ちに提示し得る態様で携帯することをもって、偽造文書を他人が認識し得る状態に置いたものと評価して差し支えないと考えたものではないか
と考えられています。
その後、最高裁判決(昭和44年6月18日)において、偽造運転免許証を携帯しただけでは偽造公文書行使罪は成立しないとする考え方を明らかにするに至りました。
裁判官は、
- 本件偽造公文書行使の各事実は、被告人が自動車を運転した際に偽造にかかる運転免許証を携帯していたというものであるところ、偽造公文書行使罪は公文書の真正に対する公共の信用が具体的に侵害されることを防止しようとするものであるから、同罪にいう行使にあたるためには、文書を真正に成立したものとして他人に交付、提示等して、その閲覧に供し、その内容を認識させまたはこれを認識しうる状態におくことを要するのである
- したがって、たとい自動車を運転する際に運転免許証を携帯し、一定の場合にこれを提示すべき義務が法令上定められているとしても、自動車を運転する際に偽造にかかる運転免許証を携帯しているに止まる場合には、未だこれを他人の閲覧に供しその内容を認識しうる状態においたものというには足りず、偽造公文書行使罪にあたらないと解すべきである
と判示しました。
なお、偽造運転免許証を単に携帯するにとどまらず、これを警察官に提示すれば、偽造公文書行使罪が成立します。
変造した外国人登録証明書を携帯しただけでは、変造公文書行使罪は成立しない
偽造運転免許証の場合と同様、変造した外国人登録証明書を携帯しただけでは行使にならないと判断した裁判があります。
東京地裁判決(昭和37年8月10日)
裁判所は、
- 外国人登録法によれば、本邦に在留する外国人は所定の外国人登録証明書を携帯すべき義務があり、携帯することが右証明書の一使用方法であることが認められるが、偽造(変造)公文書行使罪が公共の信用を保護法益とする犯罪であることより考察すれば、行使であるかどうかは、真正なる文書であるとの主張が客観的に認識し得る事態であるか否かによって決すべきである
- 従って、偽造(変造)公文書を真正に成立した公文書として他人が随時閲覧しうる状態におく時にはじめて行使があったものというべきである
と判示し、変造した外国人登録証明書を携帯しただけでは行使に当たらないとして、変造公文書行使罪の成立を否定しました。