刑法(文書偽造・変造の罪)

文書偽造・変造の罪(18)~偽造の概念⑩「通称名、仮名、偽名の使用して文書を作成した場合において、人格の同一性のそごが認められるときは文書偽造罪が成立する」を説明

 前回の記事の続きです。

 この記事では、文書偽造・変造の罪(刑法18章)に共通する概念を説明します。

通称名、仮名、偽名の使用して文書を作成した場合において、人格の同一性のそごが認められるときは文書偽造罪が成立する

 作成者が、本名以外の通称名(ペンネーム、芸名、雅号等)、仮名、偽名を使用して文書を作成した場合において、人格の同一性のそごが認められるときは文書偽造罪が成立します。

 逆に、当該通称名等が社会に広く通用している等の事情により、名義人と作成者の人格の同一性が認められるときには、文書偽造罪は成立しないと解されています。

 通称名等の使用につき、有形偽造が成立するとされた判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正14年12月5日)

 前科のある被告人が、前科を隠して就職しようと企て、前科のない知人の氏名を詐称し、同知人の資格を記載した履歴書を作成して、就職希望の官公署等に提出した事案です。

 裁判官は、

  • 前科を有する被告人が判示の場合に前科なき他人の氏名を冒用し判示の如き文書を作成行使するは自己の何人なるやを隠蔽するためになす単純なる氏名詐称にどどまるものに非ずして、判示文書の名義人に該当する前科なき者の作成せる文書が成立せる如く作為し、これを利用して判示の官庁その他をしてその交渉の対手者は右前科なき名義人なりと誤信せしめ、もって判示の雇入れその他に契約を為さしめんとするものなれば、文書の真正を詐り公の信用を害する点において他の文書偽造行使と何ら異なるところなし
  • もとより雅号、通称又は変名を使用する場合は、自己の人格を表明するに過ぎざるをもって文書の偽造行使罪を構成せずといえども、本件におけるが如く他人の資格を利用するため、その氏名を冒用する場合においては同罪の成立せるもの

としました。

最高裁決定(昭和56年12月22日)

 服役中に逃走し、受刑中であることが発覚するのを恐れて義弟と同一の氏名を使用して生活していた被告人が、同氏名を使用して交通事件原票(交通切符)中の供述書を作成した場合、その氏名がたまたまある限られた範囲において被告人を指称するものとして通用していたとしても、私文書偽造罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和59年2月17日)

 被告人を指称(通称)するものとして相当広範囲に定着していた名称を用いて再入国許可申請書を作成行使した行為が私文書偽造同行使罪にあたるとされた事例です。

 裁判所は、

  • 日本に密入国し、外国人登録申請をせず、密入国後25年以上にわたり、適法な在留資格を有するAの名義で生活していた被告人が、A名義で発行された外国人登録証明書を取得し、その名義で登録事項確認申請を繰り返すことにより、自らが同登録証明書のAであるかのように装って本邦に在留を続けていたため、被告人がAという名称を永年自己の氏名として公然使用した結果、それが相当広範囲に被告人を指称する名称として定着し、他人との混同を生ずるおそれのない高度の特定識別機能を有するにいたったとしても、被告人が外国人登録の関係ではAに成り済ましていた事実を否定することはでぎないとし、再入国の許可を取得しようとして、再入国許可申請書をA名義で作成・行使した場合には、再入国許可申請書の性質にも照らすと、同文書に表示されたAの氏名から認識される人格は、適法に本邦に在留することを許されているAであって、密入国をして何ら在留資格をも有しない被告人とは別の人格であることが明らかであるから、名義人と作成者との人格の同一性にそごを生じているというべきである

として、外国人登録違法違反、有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪の成立を認めました。

最高決定(平成11年12月20日)

 虚偽の氏名等を記載した履歴書等を作成行使した行為が有印私文書偽造、同行使罪に当たるとされた事例です。

 裁判所は、

  • 被告人が、虚偽の氏名等を記載した履歴書及び雇用契約書等を作成した行為は、たとえ被告人の顔写真が貼り付けられ、あるいは、被告人において、各文書から生じる責任を免れようとする意思を有していなかったとしても、これらの文書に表示された名義人は、被告人とは別人格の者であり、名義人と作成者との入格の同一性にそごを生じさせたものというべきであるから、私文書偽造罪に当たる

としました。

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