刑法(死体遺棄罪等)

死体遺棄罪等(5) ~ 本罪の行為②「『遺棄』とは?」を説明

 前回の記事の続きです。

 この記事では、刑法190条の罪(死体遺棄罪、死体損壊罪、死体領得罪、遺骨等遺棄罪、遺骨等損壊罪、遺骨等領得罪、棺内蔵置物遺棄罪、棺内蔵置物損壊罪、棺内蔵置物領得罪)を「本罪」といって説明します。

本罪の行為である「遺棄」とは?

 本罪(刑法190条)の行為の態様は、

です。

 この記事では、「遺棄」について説明します。

 本罪(刑法190条)の行為である「遺棄」とは、

習俗上の埋葬等とみられる方法によらないで死体等を放棄すること

をいいます。

 埋葬が法令に違反する場合には、当該法令に規定された制裁が科されることはあるが、死体遺棄罪が成立するわけではないとされます。

 「遺棄」の行為の態様として、

  1. 作為形態の遺棄
  2. 不作為形態の遺棄

の2つがあります(作為、不作為の説明は前の記事参照)。

 ①②それぞれつき、以下で詳しく説明します。

① 作為形態の遺棄

 作為形態の死体遺棄は場所的移転を伴う遺棄です。

 例えば、

  • 殺害した死体を山中に埋める(大審院判決 昭和11年1月29日)
  • 旅館の客室で殺害後、客室の床下に死体を投棄・秘匿する(最高裁判決 昭和26年6月7日
  • 井戸や海に投げ捨てる
  • コインロッカー内に詰め込み放置する

などの行為が典型です。

 死体を土中に埋蔵する行為であっても、それが宗教風俗上の埋葬とは認められない方法によるものであれば遺棄に該当します。

 大審院判決(大正13年3月4日)は、

「死体の埋葬とは、死者の遺骸を一定の墳墓に収容し、その死後安静する場所として吾人をしてこれを追憶記念することを得せしむるをもって目的とするものなれば、必ずしも葬祭の儀式を営むの要なきも、道義上首肯すべからざる事情の下に単に死体を土中に埋蔵放置したるがごときは、いまだもって埋葬というべからざるをもって死体を遺棄したるものといわざるをえず

と判示しています。

判例・裁判例

 判例・裁判例に現れた死体遺棄の事例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和20年5月1日)

 殺人の犯跡隠蔽のため、共同墓地に埋めた事例です。

 裁判所は、

  • 死体埋没の場所が墓地なるや否やのごときは犯罪成立に何ら消長あることなし

とし、死体遺棄の成立を認めました。

 ひそかに墓地の一角に埋めたとしても、それは埋葬ではなく、死体遺棄となります。

最高裁判決(昭和24年11月26日)

 殺害した死体を屋内床下に運び入れて隠匿した事案です。

 裁判所は、

  • 人を殺した者がその殺した死体を屋内床下に運びこれを隠匿した本件被告人の所為は正に刑法第190条所定の死体を遺棄した行為に該当するものである
  • 被告人が合掌したり、死者の冥福を祈ったりしこと又は右死体がその監視内にあったことは本件犯罪構成要素とは関係がないものである

とし、死体遺棄罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和29年4月15日)

 殺害した死体を同一建物の便所内に引きずりこみ、戸を釘付けにした事案です。

 裁判所は、

  • 被告人は、第一審の相被告人(あいひこくにん ※被告人と共に起訴された共犯者のこと)Aと共に、被害者Eを殺害し、金員を物色した後、その犯跡をわんがため死体の始末について協議した末、判示図書館二階の大便所が当時破損して使用を禁止され、その戸は釘付けとなっていたので、そこに入れることとし、両名で判示図書館内の宿直室である殺人の現場から死体を右大便所まで引ずって運び込み、右Eの所持品を死体の上に拠り込み、防臭剤をその上に撒き、更に同便所の戸を外から釘付けにしたというのである
  • そして、刑法190条の死体遺棄罪は、死体をその現在の場所から他に移してこれを放棄することによって成立するものであるから(大正13年(れ)17号大正13年3月14日大審院第6刑事部判決、判例集3巻285頁以下参照)、たとえ死体を判示図書館外に搬出しなかったとしても前示被告人の所為が死体遺棄罪を構成する

と判示し、強盗殺人罪、死体遺棄罪、窃盗罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和8年7月11日)

 殺害後の死体を海中に遺棄する目的で、死体に石を針金で縛りつけた上、革帯で舟につなぎ、曳航中、革帯が切れ死体が海中に沈んだ行為について、死体遺棄罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和26年11月20日)

 分娩直後の新生児を殺害し、自宅裏に穴を掘って埋めた行為について、死体遺棄罪が成立するとしました。

東京地裁判決(昭和32年11月18日)

 殺害した死体を布団袋につめ、駅で発送を委託して引き渡し、駅構内に放置した行為について、死体遺棄罪が成立するとしました。

大阪地裁堺支部判決(昭和47年9月4日)

 殺害した死体の血痕を拭い、ベッドの上に寝かせるなど一応丁重な取扱いをした場合でも、自己の殺人を隠蔽するため、死体を施錠されたマンションの自室に運び込み、放置して逃走したときは死体遺棄罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和56年3月2日)

 犯跡隠蔽のため、死体を殺害現場である家屋の押入内の奥の布団と壁との間に落とし込み、マットレスをかぶせて覆い、外部から容易に発見し得ないようにした行為について、死体遺棄罪を認めました。

東京地裁八王子支部判決(平成10年4月24日)

 死体を被告人方納戸の洋タンス内に入れ、これに目張りをするなどして、死体を室内の洋タンス内に隠匿していた事案です。

 裁判所は、

  • これが被告人において、もっぱら被害者である妻の死を悼む愛惜の気持ちによりなされたとしても、評価を左右しない

として死体遺棄罪の成立を認めました。

② 不作為形態の遺棄

1⃣ 死体を葬祭する義務などのある者に対しては、不作為による死体遺棄罪が成立する

 『法令、慣習、契約等により葬祭の義務を有する者』や『監護義務を有する者』が、

葬祭の意思なく死体を放置して死体のある場所から去る行為

は、死体の場所的移転を伴いませんが、不真正不作為犯の一種として、死体遺棄罪の遺棄に含まれるとするのが判例です(大審院判決 大正6年11月24日)。

 大審院判決(大正13年3月14日)は、

「法令又は慣習により、葬祭を為すべき責務ある者若しくは死体を監護すべき責務ある者がほしいままに死体を放置し、その所在の場所より離去するが如きもまた死体遺棄罪を構成するものとす」

とし、葬祭義務を有する者に加え、監護義務を有する者にも不作為形態の遺棄を認める一般論を示しています。

判例・裁判例

 不作為形態による死体遺棄罪の成立を認めた判例・裁判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正6年11月24日)

 母親がその新生児を砂中に埋めて窒息死させた上、死体をそのまま放置してその場を去った事案につき、死体遺棄罪の成立を認めました。

仙台高裁判決(昭和27年4月26日)

 死者の孫である被告人が、死者が屋外で死亡していることを見て知っていたのに放置した事案です。

 裁判所は、

  • 被害者の子で被告人の父が屋外で被害者が死亡したことを知らないで、屋内において就寝しており、被害者の孫である被告人がこれを眼前に見て知っている場合であるから、被告人にその死体を監護すべき責務があったものといわねばならぬ
  • その責務を果すことなく何の処置も施さないで、夜間、屋外にこれを放置した被告人は、死体遺棄の罪責を負うべきものとするのが至当である

とし、死体遺棄罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和40年7月19日)

 自己の妻子の死体が他人の家の押入に隠してあることを知りながら、葬祭の意思なくこれを放置してその場所から立ち去った事案です。

 裁判所は、

  • 慣習上死体の葬祭をなすべき義務のある者がみずから刑法上有責にその死の結果を招いたものでなく、又死体につき何ら場所的移転を加えたものでないにしても、死体が他人の宅の押入れに隠してあることを知りながら葬祭の意思なくこれを放置してその場所から離去した場合は死体遺棄罪の成立がある

として、死体遺棄罪の成立を認めました。

福岡高裁宮崎支部判決(平成14年12月19日)

 難病に罹患した6歳の男児や重度の未熟児として出生した乳児の監護をその親から委ねられながら、必要な医療措置を講じることなく祈薦類似行為を繰り返した結果死亡させた被告人が、その死体を親に引き渡すことなく引き続き支配下に長期間おいた事案です。

 裁判所は、

  • 被告人に監護義務(親族に対し死亡の事実を告げ、死体の引取りが速やかに行われるよう努めるとともに、その引渡しが完了するまでは、その死体を適切に保管すべき)があった

として、保護責任者遺棄致死罪刑法219条)に加え、死体遺棄罪の成立を認めました。

2⃣ 死体を葬祭する義務などのない者に対しては、不作為による死体遺棄罪は成立しない

 上記とは反対に、

死体を葬祭する義務などのない者

は、たとえ自己が殺害したのであっても、単に死体を放置してその場を立ち去るという不作為のみでは、死体遺棄の罪責を問われることはありません(大審院判決 昭和8年7月8日)。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正13年3月14日)

 木炭を製造中の炭焼かまどに身分関係のない少年が落ち込み焼死したことを知りながら、死体を搬出せず、かえって少年の落ち込んだ穴を鉄板でふさぐなどして放置した事案で、裁判所は、

  • 死体を埋葬し若しくは監護すべき法令又は慣習上の責務を有する者とはいえない

として、死体遺棄罪の成立を否定しました。

福岡地裁飯塚支部判決(昭和40年11月9日)

 死体を移動せず、また葬祭の義務がない以上、殺害現場において被害者の着衣を剥ぎ全裸にしたまま放置しても死体遺棄罪に当たらないとしました。

交通事故の場合

 交通事故で被害者を死亡させながら、これを放置して逃走した場合、自動車運転者に葬祭の義務などがなければ、事故不申告についての道路交通法違反に問われることはあっても、死体遺棄罪は成立しないとされます。

 ただし、この場合において、軽犯罪法1条18号違反が成立し得ます。

軽犯罪法1条18号

 自己の占有する場所内に、老幼、不具若しくは傷病のため扶助を必要とする者又は人の死体若しくは死胎のあることを知りながら、速やかにこれを公務員に申し出なかった者は、拘留又は科料に処する。

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