前回の記事の続きです。
請託とは?
受託収賄罪(刑法197条1項後段)における「請託」は、
- 公務員に対して、一定の職務行為を行うよう依頼すること
をいいます。
請託の意義について、判例は、
- 公務員に対して一定の職務行為を行うことを依頼することであって、その依頼が不正な職務行為の依頼であると、正当な職務行為の依頼であるとに関係なく、公務員が請託を受けて賄賂を収受した事実ある以上、刑法197条1項後段の収賄罪は成立し、賄賂の収受が事前たると事後たるとは犯罪の成否に影響なきことは従来判例の趣旨に徹して明らかである
と判示しています(最高裁判決 昭和27年7月22日)。
上記判例は、
- 刑法第197条第1項後段の請託とは、公務員に対して、その職務に関して一定の行為を行うことを依頼することであつて、その依頼が不正な職務行為の依頼であると、正当な職務行為の依頼であるとを問わない
としていることから、請託(依頼)の内容が正当な行為であったとしても受託収賄罪が成立します。
もっとも、実際の裁判では、不正な行為ないし妥当を欠く行為についての請託が大半であるといえます。
「請託」の具体性の程度
請託とは「公務員に対して、一定の職務行為を行うよう依頼すること」ですが、「一定の職務行為」という限定を付さないと、単純収賄罪の場合と区別がなくなるので、「一定の職務行為」という限定が付されるものです。
しかし、「一定の職務行為」とを厳格に解し過ぎると、受託収賄罪の成立する場合が極端に制限されることになりかねません。
したがって、「一定の職務行為」とは、内容的にある程度の具体性を要することは必要ですが、職務行為の手続や範囲などを明確に限定するまでのことは必要でないとされます。
ただし、依頼と職務行為との対価性が刑の加重原因となっていことから、その対価性が客観的にも判断し得る程度の具体性は必要であると解すべきとされます。
「請託」の具体性について言及した以下の裁判例があります。
裁判所は、
- 「請託」とは公務員に対し職務上の行為を行うことを依頼することをいうのであるが、いかなる行為を依頼してもすべてそれがここにいう「請託」になるわけではない
- 「請託」というためには、その請託の対象となる職務行為がある程度具体性を有することを必要とするのであって、かかる具体性をもつ行為の依頼と賄賂の収受とが結び付くところに受託収賄を特に重く処罰する理由があるのである
と判示しました。
仙台高裁秋田支部判決(昭和30年1月25日)
裁判所は、
- 請託といい得るためにはその請託の対象となる職務行為が具体性を有し、特定していなければならない
と判示しました。
宇都宮地裁判決(平成5年10月6日)
請託の具体性が問題となった事例です。
市長就任後、多数回にわたり継続的に担当することになる市発注工事(特に特定の同業他社と競合する大規模工事)について、有利な取り計らいを依頼する趣旨で、工事を明示することなく、「選挙資金のお世話は、T建設でしますから、市長になったら恩返しして下さい」旨申し入れた事前収賄(刑法197条2項)の事案です。
裁判所は、
- 個々具体的に工事を特定しなかったからといって依頼の対象となった職務行為の特定を欠くとまではいえない
としました。
内閣官房の事務を統括する等の職務に従事していた官房長官が、就職情報誌の発行・配本等の事業を営む株式会社の代表取締役から、民間企業における就職協定が遵守されないのは、国の行政機関が公務員の採用に関して就職協定の趣旨を尊重しないことに一因があり、就職協定が存続・尊重されないと同会社の同事業に多大の支障を来たすので、国の行政機関において就職協定の趣旨に沿った適切な対応をするよう尽力願いたい旨の依頼を受けた受託収賄罪の事案です。
裁判所は、
- 本件請託の具体性について、弁護人は、本件請託の内容は、「国の行政機関において就職協定の趣旨に沿った適切な対応をするよう尽力願いたい」というのであり、請託の内容に具体性を欠くものであって、最高裁昭和30年3月17日第一小法廷判決(刑集9巻3号477 頁)にも反するものである、と主張する
- しかしながら、右判例は、請託の対象となるべき事項が、一定の職務行為ではなく、単に工事の監督促進について依頼したにすぎないから、請託には該当しないというのであり、本件がそのような事例ではなく、被告人の官房長官の職務行為として官庁による青田買いの防止の善処方を依頼したものというのであるから、弁護人の主張が失当であることは明らかである
と判示し、弁護人の請託の内容に具体性を欠くとの主張が排斥し、
- 内閣官房長官が行政各部において国家公務員の採用に関し民間企業についての就職協定の趣旨に沿った適切な対応をするように尽力することの請託を受け賄賂を収受したときは、受託収賄罪が成立する
と判示しました。