前回の記事の続きです。
単純収賄罪における公務員の職務
単純収賄罪は、刑法197条1項前段において、
- 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の拘禁刑に処する
と規定されます
単純収賄罪が成立するには、公務員の職務に関し、賄賂の収受、要求、約束が行われる必要があります。
「職務に関し」の「職務」は、
- 法令上の事務
- 明文の根拠規定がない事実上の事務
- 慣習的事務
- 特命事務
に分けて考えることができます。
以下でそれぞれについて説明します。
① 法令上の事務
法令上職務権限が具体的に明示されている場合は、「職務」に該当することに問題ありません。
② 明文の根拠規定がない事実上の事務
公務員の行った職務上行った行為が、法令上職務権限が具体的に明示されていない行為である場合、つまり、明文の根拠規定がない行為であった場合は、その行為が職務権限に属するかが問題になることがあります。
この点、明文の根拠規定が具体的に存在しなくても職務権限が認められることが多いです。
公務員の職務を遂行するために必要な事務は、その全てを網羅的に明文に規定することは困難であることから、個々の職務に関して具体的な明文の根拠規定が必要されるものではありません。
公務員が所掌事務の実施のために合理的に必要と認められる行為は、その職務権限に属するとされます。
③ 慣習的事務
公務員の職務が慣行として行われていることを理由に職務に属すると認められる場合があります。
慣行として行っている事柄であるからとして、公務員の職務に属するとした裁判例として、以下のものがあります。
福岡高裁判決(昭和25年7月26日)
裁判所は、
- 農地を新制中学校建築の敷地として強制収用する場合には、行政庁の方針に基き、あらかじめ農地委員会の意見を徴しなければならないとの全国的の慣行があり、現在励行されていること極めて明白である
- 然らば、かかる場合、農地委員会において意見を具申することは、農地調整法等に基く法定の権限でないこと所論のとおりであるとしても慣行に基く権限であり、従って右委員会を組織している被告人らの職務の範囲に属するものというべきである
と判示しました。
福岡高裁判決(昭和31年9月10日)
裁判所は、
- (村会議員で土木委員会の委員である者に対し)村行政の円滑遂行を図るため執行機関たる村長が議決機関の構成員の一部をもって組織する土木委員会にこの程度の協力を求むることは、何ら執行機関の権限を侵すものでなく、右慣行上の職務権限は適法な慣行として容認せらるべきであり、このことは敢えて地方自治法や憲法の精神に反するものではない
- しかも右土木委員は前述の如く議決機関の構成員たる村会議員が公務員たる資格において選任委嘱せられたものであり、従って右慣行上の職務は、公務員たる身分に基因する公務である
と判示し、この高裁判決の上告審である最高裁判決(昭和35年4月28日)では、
- 村議会議員でありかつ土木委員会委員である者に、同委員会として慣例上、村で施行する土木工事につき村長の諮問(判決理由参照)に応じ、または随時工事監督にあたった行為は、右議員または委員としての職務と密接な関係の行為にあたる
- 村助役は村で施行する土木事業に関与しない旨の内規や申合せがあつたとしても、同助役が本来の職務行為としてこれに関与した場合は、右行為は刑法第197条にいう職務にあたる
と判示し、収賄罪の成立を認めました。
法令上の根拠なくして県知事に委託された国の行政事務が、贈収賄罪における本来の職務と密接な関係のある行為にあたるとされた事例です。
裁判所は、
- 県衛生部予防課長事務代理として精神病予防に関する事務を担当する事務吏員が、厚生大臣から法令上の根拠なくして県知事に委託された国の行政事務である精神病床整備費の国庫補助金に関する進達事務を、本来の職務に関連して、慣習上若しくは事実上分掌するときは、その事務の執行は、贈収賄罪における本来の職務と密接な関係のある行為あるいは準職務行為と解すべきである
と判示し、収賄罪と贈賄罪(刑法198条1項)の成立を認めました。
④ 特命事務
ある公務員が、本来その職務に属さない事項であっても、特命により取り扱ってる場合、その事項はその公務員に職務に属するとされます。
この点に関する以下の裁判例があります。
大審院判決(昭和6年8月6日)
裁判所は、
- 公立中学校教論の職務は主として生徒の教育それ自体にあること明らかなれども、生徒の教育に関連する事務にして学校長がその権限に基づき教論に管掌せしむる事務もまたその職務に属するものとす
- 而して中学校生徒をして一定の時期に所要の教科書を整えしむべき適当の処置を講ずることは、生徒の教育に関する事務なるや論を俟たざるところにして、原判決にいわゆる教科書販売店の指定及びその販売すべき教科書の割当は叙上のほかならず
と判示し、中学校教諭が行った教科書販売店の指定、その販売すべき教科書の割当ては、学校長がその中学校教諭の管掌させた事務であり、その中学校教諭の職務に属するとしました。
大審院判決(昭和18年12月15日)
裁判所は、
- 被告人は判示日時青森刑務所の作業技手として同刑務所における印刷作業の教導に当たる傍ら、歴代所長の特命により、同刑務所所要の印刷用紙の購入等に関する事務を担当中、金員の供与を受けたるものにしては、監獄の長は司法大臣の指揮監督を承け監獄の事務を掌理し部下を指揮監督するものにして刑務所所要の印刷用紙を購入することは刑務所の事務に属することもちろんなれば、原判示の如く被告人の判示用紙の購入が歴代刑務所長の特命による以上、右用紙購入の事務は被告人の職務と解すること相当とす
と判示しました。