刑法(贈収賄罪)

単純収賄罪(16)~職務とは?⑥「政治活動が『職務』に該当するか否か?」を説明

 前回の記事の続きです。

政治活動が『職務』に該当するか否か?

 公務員の中で、

  • 各種議会の議員(衆議院議員、参議院議員、都議会議員、地方議会議員など)
  • 公選による公共団体の長(県知事、市長など)

などの「政治的公務員」については、収賄罪・贈賄罪の職務性を認定するに当たり、

  • 公務員としての活動

なのか、

  • 政治的活動

なのかの区別が裁判で争われることがあります。

  また、各種議会の議員について、議員の職務の範囲は、広範囲に及ぶので、

  • ある行為が職務権限に属するかどうか

が裁判で争われることがあります。

 政治活動と単純収賄罪(刑法197条)、贈賄罪(刑法198条)などにおける職務性が争点となった判例・裁判例として以下のものがあります。

大審院判決(昭和7年10月27日)

 裁判所は、

  • 村会議員がその職務執行と密接なる関係を有する村会議員協議会における協議事項に関し、贈賄を収受したるときは、贈賄収受罪成立す

と判示しました

最高裁決定(昭和60年6月11日)

 市議会議員の会派内における議長候補者選出行為が市議会議員の職務に密接な関係のある行為に当たるとして単純収賄罪(刑法197条)の成立を認めた事例です。

 裁判所は、

  • 現職の市会議員によって構成される市議会内会派に所属する議員が、市議会議長選挙における投票につき同会派所属の議員を拘束する趣旨で、同会派として同選挙において投票すべき者を選出する行為は、市議会議員の職務に密接な関係のある行為というべきである

と判示、投票すべき候補者を選出する行為は、市議会議員の職務に密接な関係のある行為として収賄罪における職務行為に当たるとしました。

東京地裁判決(昭和42年6月30日)

 判決要旨は、

  • 都議会議員が自己を所属政党の推す議長候補者に選出されたいとの請託には、必然的に議長候補者に選出された上はその結論に従い本会議での議長選挙で自己に投票されたいとの趣旨を含む
  • 都議会議員の過半数を超えるものが参集して、それら議員の属する会派において議長を確保するため、本会議における議長選挙の際、これら議員各自が議長として誰に投票するかを決定することは、本会議における議長選挙という議員の職務権限行使の内容を決定するものであり、それが議員の右職務行為自体とまではいえないにしても、これを極めて密接不可分の関係にあたる

とし、贈賄罪(刑法198条)、受託収賄罪(刑法197条1項後段)の成立を認めました。

 裁判所は、

  • 被告人及び弁護人の多くは、「自民党の前記候補者選定の結果によって、同党議員が都議会で投票すべき対象はその候補者に義務づけられると共に、同党が絶対多数を占める会派である関係上、その時点で事実上議長が決定されてしまうのであるから、被告人等は専ら候補者選定の結果に関心を抱いていたもので、都議会における投票の如きは全く考慮の外であった。また、議長候補者選定のための投票行為は党員としての純然たる政党活動であって都議会議員としての行動ではなく、議員としての職務権限とは無関係であるから、仮に同党の議長候補者選定に関して金品が授受されても、贈収賄罪が成立する余地はない」との趣旨を主張する
  • しかし、前記第二の一において詳細に判示した通り、自民党の議長候補者選定は、自民党所属議員の投票を分散させないで同党に議長を確保するために行われるのであって、議長就任を希望する者にとっては、その目的を達するために通過しなければならない関門であると共に、その結果によって事実上議長が決定するといっても、都議会に於ける選挙を経ない以上は議長就任の目的が達せられないである
  • さすれば、自己を党の推す議長候補者に選出されたいとの請託には、必然的に議長候補者に選出された上はその結論に従い本会議での議長選挙で自己に投票されたいとの趣旨をも含むものであることは当然であり、両者をことさら分離して無関係のものと考えることは不合理である
  • もちろん本件にいたる立候補者は、いずれも候補者選定の結果に反してまで自己を支持することを求めていたとは証拠上認められず、党の推す議長候補者として選出せられた上議長に当選のコースを当然考えていたと認められるから、成程その主たる関心がまず前提たる候補者選定に向けられていたことは十分首肯できるところであるけれども、しかしその故にその請託には前記の如き両者の趣旨を含んでいないとすることは相当でない
  • 更に、本件候補者選定について考えてみると、その本質は、都議会議員の一部しかも都議会議員全体の過半数を超えるものが参集して、それら議員の属する会派において議長を確保するため、本会議における議長選挙の際、これら議員各自が議長として誰に投票するかを決定すること、即ち本会議における議長選挙という議員の職務権限行使の内容を決定するものであり、それが議員の右職務行為自体とまではいえないにしてもこれと極めて密接不可分の関係にあることは殆んど自明の理である
  • 従って候補者選定に関する請託のみをとり出して論じても、やはり刑法第197条第1項後段にいう職務に関する請託に当たるといわなければならない
  • 右候補者選定が政党活動の一環として行われることは何ら右の本質を左右するものではない
  • 政党活動の自由はもとより尊重されなければならないが、政党活動であることの故を以て、公務員の廉潔を害する行為の隠れ簑とすることは許されない

と判示しました。

大阪地裁判決(昭和45年5月4日)

 大阪府議会議長選挙に際し、同一会派に属する議員の全員が参集して投票により同会派の推す議長候補者を選定する行為は、本会議において議長を選挙するという議員本来の職務と密接な関係のある行為であるとして、収賄罪、贈賄罪、受託収賄罪の成立を認めた事例です。

 裁判所は、

  • いわゆる党内投票による自民党の議長候補者選出と、議会における議長選挙との関係について考えてみるに、右議長候補者の選出は、同一会派である自民党に所属する府議会議員の全員が、議員以外の者を交えずに構成する議員総会において、投票を行なうことにより、議場における議長選挙の際の各議員の投票等の職務権限の行使につき、各議員の意思を統一し、統一の意思すなわち党の議長候補者の決定によって各議員の前記職務権限の行使を拘束しよ うとするものであるといえる
  • そして、前記のとおり昭和35年6月の議長選挙当時右拘束力がかなり弛緩していたとはいえ、自民党議員に対する拘束力はなお相当程度残っていたものと認められるから、議員の職務権限の行使に実質的な影響を与える行為であるといわねばならない
  • もっとも、前記議長候補者の選出は、自民党にお いて自会派に議長を確保する目的のため、党の自主的決定に基づいて行なう手続であって、政党活動としての一面があることを否定することはできない
  • しかし、大阪府議会議員全員ではないが、同じ府議会に属する議員のみが参集し、議長候補者を選出する行為は、議員が議場において議長を選出するという職務権限の行使に実質上しかも直接影響を与える行為であることに疑はなく、同僚議員にたいする投票依頼の勧誘説得行為と同様に、議会の権限に属する議長選出の準備行為としての意味をもち、公務的性格を帯びる行為であるといわねばならず、前記のとおり政党活動としての一面があるからといって、右公務的性格が抹殺されるわけではない
  • しかも右行為は、前記のとおり府議会における議長選出という職務行為をどのように行うべきかを直接に問題としているものであるから、国会においての絶対多数党内で党の総裁を選出する行為が本義会において総理大臣を選出する国会議員の権限行使に間接的に影響を及ぼす場合と異なり、公務としての性格が濃厚で、それだけに右行為が金品供与によって左右されることになれば議員としての職務執行の公正さを疑われることになる
  • そもそも法が収賄罪を処罰する所以は、職務の公正のほか職務の公正に対する社会の信頼をも確保しようとすることにある以上、議員の職務と密接な関連があるため賄賂と結びつくと職務の公正に対する社会の信頼を失わせる場合には、贈収賄の成立を認めて処罰しても差し支えないと考えるものである。議長たらんとする者のため同僚議員間の斡旋勧一三誘する行為が職務と密接な関係を有する行為であるとされるならば(昭和11年8月5日大判、刑集15巻109頁)同じく議長選出の準備行為としての意味をもっ議長候補者の党内選出行為もまた本来の職務と密接な関係を有する行為というべきである
  • 従って右行為に関して金品を供与すれば、刑法197条(198条)にいう「職務に関し」賄賂を供与したものとするのが相当である

と判示しました。

最高裁決定(昭和63年4月11日)

 衆議院議員が、他の委員会に付託されている法案に関して、他の議員に対して働きかけを行うことが職務に該当するとし、衆議院の委員会で審査中の法律案に関し同委員会に所属しない同院議員に対する贈賄罪が成立するとされた事例です。

 裁判所は、

  • 衆議院議員に対し、同院大蔵委員会で審査中の法律案につき、関係業者の利益のため廃案、修正になるよう、同院における審議、表決に当たつて自らその旨の意思を表明すること及び同委員会委員を含む他の議員に対してその旨説得勧誘することを請託して金員を供与したときは、当該議員が同委員会委員でなくても、贈賄罪が成立する

と判示しました。

東京地裁判決(平成元年11月6日)

 裁判所は、

  • 商工委員としての職務権限を有する衆議院議員が、同委員会での質疑に際し、通産省局長に対し特定の団体に有利な答弁を行うよう勧めるとともに、同局長らに答弁内容に相応する取り計らい方の要求をも行ったことが、職務と密接に関連する行為に当たる

とし、収賄罪、受託収賄罪の成立を認めました。

大阪地裁判決(平成4年2月25)

 国会法74条の質問の請託を受け、その報酬として現金1000万円の供与を受けたとして参議院議員に対する受託収賄罪の成立が認められた事例です。

 裁判所は、

  • 本件贈収賄の訴因が掲げている「職務」は、前述のとおり、内閣に対する質問であるところ、弁護人はその主張④で、かかる質問は贈収賄の対象となる国会議員の職務権限とはいえない旨主張する
  • その論拠とするところは要旨次のとおりである
  • 国会議員の職務権限は、法律案その他国政に関する議案の発議をし、本会議に提出される議案、予算案等につき演説、質疑、動議提出、討論、表決等をし、自己の所属する委員会において質疑、動議提出、討論、表決等をし、また自己の所属しない委員会に対しては意見があるとして出席を求め、許可を得た上出席して意見を開陳すること、および憲法62条の議院の国政調査権の行使に関し、当該議院の議員として調査、質疑、討論に関与することである。ところが本件で問題となっている国会法74条の質問は、以上の質疑等とは全く性格の異るものであって、国政一般について議員が内閣に対して事実または内閣の所見を質すだけの制度であり、国会議員の本来の職務権限としての議員活動に関するものではなく、国会議員の一般的政治活動との関係で認められた、例えば国会図書館を利用して資料収集をなす権利等と同性質のものに過ぎないから、贈収賄の対象となる国会議員の職務権限といえないのはもとより、その密接関連行為ともいえない、というのである。
  • しかし、国会法74条の質問は、国政一般について議員が内閣に対して事実または内閣の所見を質問する権能と解されている。その手続きは、簡明な主意書を議長に提出し(国会法74条2項)、議長の承認を得たうえ(同条1項)、内閣に転送され(同法75条1項)、内閣は、質問主意書を受け取った日から7日以内に答弁をしなければならず、その期間内に答弁をすることができないときは、その理由と答弁することができる期間を明示しなければならない(同条2項)こととなっている
  • このように、右質問権は、国会法によって、国会議員のみに認められ、内閣に対して答弁の義務を課すものであり、議員固有の権限といわなくてはならず、贈収賄の対象となる国会議員の職務権限であることは明らかである

と判示し、政治献金との主張について、

  • 弁護人は、本件1000万円は田代の選挙資金に供するための政治献金として授受されたものと主張する
  • しかし、関係証拠によると、前述のとおり、Aら四役は、昭和55年12月からTに対して毎年500万円の金銭を贈っており、最初の500万円についてはT後援会名義の領収書が、2回目からは昭和56年3月20日に設立届がなされたF名義の領収書が発行され、それぞれ政治資金規正法に基く届出がなされていたのであるが、本件1000万円については、FとT後援会の両方から100万円の領収書各5通を発行しているにもかかわらず、そのいずれからも、政治資金規正法上の届出がなされていない
  • 弁護人は、失念しただけであると主張するが、もし本件の1000万円が正当な政治献金であるとするならば、このような多額の献金の申告を失念するとは考えられない
  • また、本件1000万円については、F名義で領収書を発行した500万円だけでなく、T後援会名義で領収書を発行した500万円についても、後援会の会計に入金することなく、T個人が管理し、T個人に帰属していたことが認められるので、この点からも政治献金と見るのは困難である
  • なお、弁護人の主張する「政治献金」の意味は必ずしも明らかでないが、いわゆる政治献金と称されるものであっても、職務行為との対価性が認められ、職務に対する不法な報酬と認められる以上、それは賄賂であり、その使途がたとえ選挙資金であったとしても同じであることを付言しておかなければならない(いわゆる大阪タクシー汚職事件に関する最高裁昭和63年4月11日決定、刑集42巻4号419頁の原審たる大阪高裁昭和58年2月10日判決参照)

と判示し、質問主意書に対する謝礼以外の趣旨について、

  • 被告人B、同C、同D、同Eらは、公判廷において、本件1000万円の贈与の動機について、質間主意書の提出に限らず、Tの全自連に対する諸々の尽力に対する謝礼であると供述する
  • たしかに、全自連の当時の最終的な目的は、「一身限り」の撤廃であったのであり、質問主意書の提出は一つの手段に過ぎない
  • Aらも、田代に対して質問主意書の提出のみを依頼したわけではなく、Tに対して、運輸省や総連合に対する働きかけをも期待し、これを依頼していたと認めるのが相当である
  • そして、当時、Tは、期待に沿う活動を行っていることが認められる
  • 本件1000万円の中に、質問主意書の提出以外に、右のような交渉に対する謝礼も含まれていることは否定できないが、前述した経緯、特に例年の500万円が支払いずみであった事実に加えて、質問主意書の提出に要する労力や手続き、効果などを考えると、本件1000万円はもつばら質問主意書の提出に向けられた謝礼と考えるべきである
  • しかも、運輸省や総連合との交渉ももとより「一身限り」の制限の撤廃を目的とするものであるから、幾分はその謝礼としての趣旨が含まれているとしても、質問主意書の提出に対する謝礼と不可分であり、本件1000万円全体が賄賂性を有するものと考えるのが相当である

と判示し、賄賂の認識について、

  • 被告人Tは、捜査段階から一貫して、本件1000万円の趣旨は政治献金であって、質問主意書の提出の謝礼ではないと供述しており、賄賂性の認識を立証する直接証拠(自白)はない
  • しかし、前述したように、本件1000万円が授受された際に、質問主意書の提出を請託されていることや、例年の500万円とは別に授受がなされたことなどを総合すると、田代自身、質問主意書の提出に対する謝礼であることを認識していたと認めるのが相当である
  • なお、前述のように、本件1000万円については、FとT後援会名義で合計10通の領収書を発行しているが、このように領収書を発行しているというだけで、Tに陏賂の認識がなかったということはできず、政治資金規制(ママ)法上の申告を怠っている点は賄賂性の認識の存在を推認させるものである

と判示し、まとめとして、

  • 以上を総合すると、前述のとおり、本件1000万円はもつばら質問主意書の提出に対する謝礼として授受がなされたものであり、賄賂であることは明らかである

と判示しました。

最高裁決定(平成15年1月14日)

 公務員が請託を受けて公正取引委員会の委員長に対し同委員会が調査中の審査事件を告発しないように働き掛けた行為はあっせん収賄罪(刑法197条の4)に当たるとした事例です。

 裁判所は、

  • 公務員が、請託を受けて、公正取引委員会が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反の疑いで調査中の審査事件について、同委員会の委員長に対し、これを告発しないように働き掛けることは、刑法(平成7年法律第91号による改正前のもの)197条の4にいう「職務上相当の行為を為さざらしむべく」あっせんすることに当たる

と判示しました。

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