前回の記事の続きです。
官公庁に対する寄付が賄賂に該当するか否か
1⃣ 官公庁に対する寄付金は、
それが官公庁の組織自体に対して行われるもので、特定の公務負の職務に関して行われるものでない場合
には、特定の公務員の職務に対する不法な報酬とはいえないので、賄賂とはなりません。
2⃣ 国及び地方公共団体の機関に対する寄付は、すべて予算に編入する必要があります(財政法14条、会計法2条、地方自治法210条)。
なお、昭和23年1月30日閣議決定「官公庁における寄付金等の抑制について」は、自発的行為による寄付の場合においても、割当ての方法によるものではなく、かつ主務大臣が弊害が生ずるおそれがないと認めたもののほかは受納を禁止すること、寄付の受納を認めた場合には、それが醵金のときは歳入に編入した上、その主旨を考慮して予算的措置を講ずること、公共施設に対する寄付のときは所定の手続をした上公表すること、地方公共団体に対してもこれらに準ずる取扱いをするよう求めることなどを定めています。
3⃣ 官公庁に対する寄付金の形を採って行われた利益の供与が賄賂に当たるかどうかは、寄付金として正規の手続が採られているかどうかにかかわらず、
特定の公務員の職務行為と対価関係に立つと認められるかどうか
によります。
受領の手続がどうかにかかわらず、
特定の公務員の職務行為と対価関係
がなければ賄賂性は認められません。
対価関係が認められるのであれば、その収受につき、例えば上司の許可があったというだけでは賄賂性は否定されません。
特定個人の公務員の職務行為との対価関係を認めるに当たっては、
- 寄付がなされた動機、態様
- 寄付金の保管、管理の方法
- 書類等による内部の承認の有無
- 実際の使途の要素
などを総合的に判断して決めることとなります。
特定公務員の職務行為との対価性を認めた裁判例
官公庁に対する寄付は、特定の公務員個人に対する職務行為の対価としてというよりは、ある公務員の属する組織の各種の費用などに充てる目的で行われることが多いです。
そこで、実際の受領者の職務行為との対価性が問題になります。
判例・裁判例に現れた事案で、賄賂性が認められたものとして以下のものがあります。
① 接待費等
名古屋高裁金沢支部判決(昭和26年11月14日)
裁判所は、
- 接待費の寄付名下に金員提供の請託を受け、監督上の便宜に対する報酬の要求を含むものであることを察知しながら喫茶店において現金5万円を新聞紙に包んだまま提供したことは法秩序と官紀を素る違法性があり、賄賂罪に該当する
としました。
② 忘年会等経費
仙台高裁判決(昭和27年9月27日)
裁判所は、忘年会等の懇親会費用に充てるための寄付について、
- 被告人が収受した各5000円は、工材調理課の忘年会ないしは懇親会への各寄付として同課計画班主査たる同被告人に手交されたものであることが認められる
- しかし、同時にそれはその処分を同被告人に一任して手交されたものであることが窺われるのであって、同被告人がその一部又は全部を右会の費用に使用したとしても、それは事後処分にすぎないものであるから、職務に関してこれを収受した以上、その金額につき同被告人に収賄罪が成立するものというべきである
として、受領者が自由に受領した金員を処分できるものであったことを主たる理由に、賄賂に該当することを認めました。
③ 会議費等の経費等に充てる目的の寄付
大阪高裁判決(昭和32年7月17日)
裁判所は、
- 間税課長会議開催費用に充てる目的であって、私欲を充たす目的でなかったとしても、職務に関し不法な利益を収受した以上、賄賂を収受したことに該当する
としました。
④ 懇親会経費
東京高裁判決(昭和36年3月2日)
裁判所は、
- 右送別会及び懇親会は純然たる私的の会合で被告人Aがその職務関係を利用し個人の責任において寄付を求めたものであって、一応使途を相手方に明示したとしても、相手方は右金員を被告人Aの自由処分に委ねて供与したものであり、 前者については実際麻雀の賞金代に充てられたが、後者については内1000円は懇親会の費用に充て、残2000円は被告人Aが個人の責任において収受した上、そのある部分を会合用に充てたものと判断するのを相当とし、何ら右金員の賄賂性を否定することとはならない
としました。
特定公務員の職務行為との対価性がないとした裁判例
特定公務員の職務行為との対価性がないとした裁判例として以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和41年7月15日)
裁判所は、国鉄の駅工事実現のための各種工作費として建設業者から受領していた金員について、
- 本件事実は東京工事局建築課や東京工事局川崎工事区の正規の予算では不足し、あるいは賄い得ない支出にあてるためその費用を調達しようとしたものである
- 同被告人らの右金員の現実の使途について考察してみても、これらの金員に本件川崎民衆駅工事に関連して支出されているのが大部分である
- これは同被告人らの個人的立場における支出ではなく、言わば工事局としての一種の公の支出と見得るものなのである(もちろんその当否は別論であるが)
と認定した上、
- 本件の金員はいずれも国鉄の正規の会計に計上されたものではなく、全く各受供与者の自由な裁量に委ねられたものであるものではあっても、結局本件事実の金員の受益者は本来東京工事局建築課や東京工事局川崎工事区でありその趣旨で授受されたものであり、被告人A、同B、同C個人に供与され、あるいは同人ら個人の利益として収受されたものと認めることはできないのである
- また翻って考えてみると、本件事実の金員は一体賄賂すなわち職務に対し対価関係にある不法利益ということができるであろうか
- 前示のように本件事実の金員は被告人Aらの要請に基づいて東京工事局建築課や川崎工事区の予算では賄い得ない、あるいは賄いきれない支出にあてるためK建設の利益の一部を割いてやったというのが真相であると解されるのである
として、公務員の個人的な利益のために授受されたものではないことを主な理由に、賄賂性を否定しました。
この判決は、公務に対する信頼の観点からはやや疑問が残るが、個々の公務員が負担するものではない費用に充てるものであることに着目し、個々の公務員の職務との対価性が認められないとしたものであると考えられています。
裁判例からの考察
上記裁判例を見ると、裁判例は、基本的には、
授受された金員が受領者においてその裁量で自由に使用することができる趣旨で提供されたものである場合
には賄賂に該当するとする傾向にあります。
しかし、実際には、この種の寄付は、使用目的が一応定まっているとしても、寄付者においてその使途を限定し得る性質のものではなく、その意味では提供された趣旨との関係で、その使用が受領者の自由裁量に任されているかどうか判断することができない場合も有り得ます。
そこで、
実際にどのような使途に用いられたか
が重要な判断要素となってきます。
賄賂性を否定した東京高裁判決(昭和41年7月15日)の事案においては、
個人的な使途が全くなく、公務員の属する組織の活動費に使用されていること
が、賄賂について消極に判断されるにつき大きな影響を及ぼしていると考えられています。
また、この種の事案においては、その実質は受領者を含む公務員の属する組織全体としての職務に対する対価性は考えられるとしても、特に受領者自らの職務行為に対する対価性は希薄であることも少なくなく、このような場合、受領者は、いわばその組織の代表者として受領しているといえます。
そうであれば、たまたまの受領者がその収受について刑責を問われることは過酷にすぎる面がないとはいえなくありません。
このような点を考慮すると、授受された金員が実質的に受領した公務員に帰属すると認められる場合を除いて、これらの寄付は、特定の公務員につきその職務行為に対する不正な報酬の授受を処罰する構成をとる賄賂罪との関係で賄賂と認めるのは困難であることとなると考えられます。
言い換えると、受領した金員について、この受領者が個人的な使途に充てた場合、横領罪又は背任罪が成立するような事案であれば、当該金員について賄賂性を認めることは難しいといえます。
賄賂性を認めた裁判例が、受領者の使途に関する裁量の有無を問題にし、裁量があることをもって賄賂としているのは、結局その実質的な帰属者が受領者であることを認定しているものといえます。
そこで、
- 授受された金員の保管・管理の形態(例えば、保管の責任者が決まっているかどうか、収支がすべて記録され、その支出について責任者の承認を要することとされているかどうかなど)
- 実際の使途(専ら組織の公務の遂行又は少なくとも公的行事のために利用されているか、あるいは私的用途を含むかなど)
- 授受の形態(公然、慣行的に行われているかどうかなど)
の要素が賄賂性の判断の上で、重要となってくるということができます。
また、その金員が受領者個人でなく、その属する組織の構成員たる公務員全員によって利用されたとしても、その内容が組織の公務の遂行と直接に関係するものではなく、構成員個人の使途に充てられるものであるならば、理論的には、各構成員のそれぞれの職務行為との対価関係が認められ、賄賂性が認められることはあり得ると考えられています。