刑法(贈収賄罪)

事前加重収賄罪(4)~「事前加重収賄罪の罪数の考え方」「他罪との関係」を説明

 前回の記事の続きです。

事前加重収賄罪の罪数の考え方

 事前加重収賄罪(刑法197条の3第1項)は、

公務員が、単純収賄罪受託収賄罪事前収賄罪刑法197条)、第三者供賄罪刑法197条の2)のいずれかの罪を犯して、その結果として、不正な行為をし又は相当の行為をしなかったときに成立する罪

です。

 この記事では、事前加重収賄罪の罪数の考え方を説明します。

「単純収賄罪・受託収賄罪・事前収賄罪(刑法197条)」、「第三者供賄罪(刑法197条の2)」は事前加重収賄罪に吸収される

 「単純収賄罪・受託収賄罪・事前収賄罪(刑法197条)」、「第三者供賄罪(刑法197条の2)」の罪を犯した時点で、 これらの罪が成立しますが、不正の行為をなしたことによって、これらの収賄罪は、事前加重収賄罪に吸収され、事前加重収賄罪の一罪のみが成立します。

不正の行為の数に応じた事前加重収賄罪が成立する

1⃣ 複数の収賄罪を犯し、単一の不正の行為をなした場合にも、複数の事前加重収賄罪が成立して観念的競合となるのではなく、1個の事前加重収賄罪が成立すると解すべきとされます。

 事前加重収賄罪の主体(犯人)は、収賄を犯した者ですが、構成要件的行為は、「不正な行為をする作為」又は「相当な行為をしない不作為」なので、収賄の個数は罪数とは無関係と解すべきとされます。

2⃣ 複数の収賄を犯した者が、それぞれに応じて、複数の作為・不作為をした場合には、贈賄者が複数の場合には当然、単数の場合でも、作為・不作為ごとに事前加重収賄罪が成立することになります。

 ただし、単数の収賄なのに複数の請託があったような場合に、複数の作為・不作為をしたとすれば、原因・結果の因果関係が同―であることから、事前加重収賄罪の包括一罪となるものと考えられています。

3⃣ なお、以上のように、一旦複数の収賄罪が成立し、これが併合罪であるのに、事前加重収賄罪の一罪しか成立しないと解しても、本罪の法定刑が1年以上の有期拘禁刑という重刑であるため、刑の不均衡は生じません。

賄賂の収受等があった後、不正行為をなし、その後に更にそのことに関して賄賂の収受等をした場合

 賄賂の収受・要求・約束があった後、不正行為をなし、その後に更にそのことに関して賄賂の収受・要求・約束をした場合の事前加重収賄罪(1項)と事後加重収賄罪(2項)の罪数の考え方について、

  1. 当初からの犯意に基づく一連の、収賄、作為又は不作為、収賄の場合には包括一罪
  2. 犯意の継続がなく、収賄、作為又は不作為、収賄に及んだ場合には併合罪

と見るべきと解されています。

 ①につき、賄賂の収受・要求・約束があった後、不正行為をなし、その後に更にそのことに関して賄賂の収受・要求・約束をした場合は、事前加重収賄罪(1項)と事後加重収賄罪(2項)との包括一罪と見るべきと解されています。

 ②につき、事後の賄賂の収受が新たな犯意による場合に、既に事前加重収賄罪(1項)が成立しているので、別に事後加重収賄罪(2項)が成立し併合罪と解する余地があり、この考えによっている判例もあります。

 参考となる判例として、県水道局に勤務し、県水道事業管理者が実施する責任技術者試験の試験問題作成に関する職務権限を有する県事務吏員が、受験者から賄賂を収受し、試験問題と解答を教え、更にその謝礼として賄賂を収受した事案について、事前加重収賄罪(1項)と事後加重収賄罪(2項)の併合罪として判断した一審判決(千葉地裁 昭和49年4月24日)を、二審判決も支持し(東京高裁判決 昭和51年5月26日)、最高裁も被告人側の上告を棄却し(最高裁決定 昭和52年4月25日)て確定したものがあります。

他罪との関係

 加重収賄罪によって犯した職務に違反する行為が他の犯罪に該当する場合には、加重収賄罪と他の罪とは観念的競合刑法54条1項前段)の関係になるとするのが通説です。

事前加重収賄罪と背任罪が観念的競合になるとした事例

大審院判決(大正8年10月21日)

 被告人が賄賂を収受し、税金の免除を得させ、同時に税収に損害を与えた行為は、背任罪と事前加重収賄罪に該当し、両罪は観念的競合の関係になるとしました。

事前加重収賄罪と公文書偽造罪が観念的競合になるとした事例

最高裁決定(昭和31年7月12日)

 裁判所は、

  • 公務員が法令上管掌するその職務のみならず、その職務に密接な関係を有するいわば準職務行為又は事実上所管する職務行為に関して賄賂を収受すれば刑法197条の罪は成立するのである
  • 従って公務員が右の罪(※公文書偽造罪)を犯しかかる準職務行為につき不正の行為を為し、又は相当の行為を為さないときは、同条の3の罪が成立するものと解するのを相当とする
  • けだし、この場合においても、法令上所管する職務そのものに関して不正の行為の為された場合と同じく、加重収賄を認むべき事情は存在するからである

と判示し、加重収賄罪によって犯した不正行為である公文書偽造罪と事前加重収賄罪が観念的競合となるとしました。

東京高裁判決(昭和41年3月10日)

 裁判所は、

  • 虚偽公文書作成、同行使の事実が加重収賄の事実のうち収賄の刑の加重をすべき原因たる不正行為事実に該当する場合には、その収賄と虚偽公文書作成、同行使の各事実は刑法第54条第1項前段の一罪として処断すべきで行為である

と判示しました。

大阪地裁判決(昭和40年12月13日)

 裁判所は、

  • 被告人Aは、 昭和35年4月以降、 大阪府南河内郡美原町北余部a番地所在の美原町農業委員会の主事として、農地法所定の農地の権利移動および転用申請や土地改良法所定の農地の交換分合申請の受理・審査および大阪府知事に対する進達ならびに登記申請手続等の職務に従事していたものであるが、 昭和38年3月中旬ころ、Yから、Yが父から相続した同町北余部b番の田ほか五筆の田畑および畦畔合計六反一畝三歩について、相続税・登録税等を免れるため、本来とるべき農地法3条の所有権移転許可申請手続をとることなく、土地改良法による農地交換分合によって所有権を取得したように手続をしてもらいたい、と請託されて、これをいれ、その報酬として贈与されるものであることを知りながら、 同年7月11日ごろ、同町北余部c番地のY方において、Yから現金3万円の供与を受けて自己の職務に関して賄賂を収受、よって、同月23日ごろ、前記農業委員会において、Yの前記農地については交換分合による所有権移転登記手続ができないのにかかわらず、ほしいままに、前記農業委員会会長F名義をもって大阪法務局美原出張所宛の右農地に関する土地改良事業交換分合登記申請書を作成し、その名下に同会長印を押なつして、公務員の押印ある公文書1通を偽造し、同日、同町阿弥d番地所在の右法務局出張所において、係官に対し、右偽造に係る登記申請書を真正に成立したもののように装って提出して行使し、同係官に同所備付の登記簿原本に交換分合によって右農地の所有権が移転した旨記載させたうえ、同所に備付けさせて、自己らの職務上不正の行為をし…

という犯罪事実を認定し、加重収賄罪によって犯した不正行為である公文書偽造罪、公正証書原本不実記載・同行使と事前加重収賄罪とは観念的競合になるとしました。

贈収賄罪の記事一覧