賄賂の没収・追徴(13)~「賄賂と金銭の同一性と没収の可否」「賄賂の現物の一部を費消し、別の金銭でこれを補充した場合の没収の可否」を説明
前回の記事の続きです。
賄賂と金銭の同一性と没収の可否
没収の前提として、その賄賂が現に没収の対象者のもとに存在することを要します。
賄賂が現に存在するとされるためには、「収受当時との同一性」を保持していなければなりません。
「収受当時との同一性」に関し、金銭等の代替物についても同一性が必要か、賄賂を加工した場合はどうかといった点が問題となります。
賄賂が金銭等の代替物のかたちで収賄者に贈られた場合には、その代替物(賄賂の現物)が特定されていれば、賄賂として現存することは明らかであり、その現物が没収の対象となります。
判例(最高裁判決 昭和23年6月30日)も、旧衆議院議員選挙法の没収・追徴規定についてですが、
- 金銭は、「性質上代替物であるから、押収されていたとか又は封金で特別に保管されていたとかその他特定していることが明らかでない限り、没収することができない場合に該当する」
として、現物でない限り没収はできないとします。
賄賂の現物の一部を費消し、別の金銭でこれを補充した場合の没収の可否
現物の一部を費消し、別の金銭でこれを補充した場合につき、高裁判例(以下①と②)は相反する判断をしています。
100万円のうち15万円を費消した後これを補填した場合につき、裁判所は、
- 賄賂の一部が贈賄者に返還、回復されている場合には、その部分については現にこれを手にしている贈賄者から没収し又はその価額を追徴すべきことは当然であって、賄賂原物の特定性の有無は、右の規準で決せられた対象者について、没収と追徴のいずれを科するかを決する際に初めて問題となるにすぎないのである
- のみならず、本件の場合には、前記のとおり、賄賂の残金85万円に15万円を足して贈賄者に返還されたものであって、返還時においては未だ賄賂である金員の特定性は失われていないとみるのが相当である
として、100万円のうちどの85万円が賄賂の現物であるか特定できなくても、現物性に問題がないとしまいた。
② 東京高裁判決(昭和30年3月25日)
公職選挙法の没収・追徴規定に関する事案ですが、2万円のうち約1500円を費消し、他から1万円借りて不足分を補充した場合につき、裁判所は、
- 右押収にかかる紙幣全部が被告人の供与を受けたものに該当しないことは明らかであるのみならず、そのいずれがこれに該当するものであるかもこれを区別することは困難である
- かくの如くそのものが特定していることが明らかでない場合には、かりに金員が押収されているとしても没収できない場合に当たるものとしてその金員を追徴しなければならないものと解する
と判示しました。
①②の高裁判決の考察
②の東京高裁判決は、借りた1万円をそのまま前からの1万円に足したのか、それとも、1万円から1500円を出して補填したのか不明ですが、後者とすれば、2万円のうちの1500円がどれか特定し得なくても、1万8500円は現物であることが明らかである上、割合からいってもごく一部にしかすぎず、大半は現物であるので、1500円を除いた分を没収の対象とすべきではなかったかという意見があります。
判例の考え方は、代替物一つといえども特定性を必要とするところ、元来、金銭は価値を表象するものにしか過ぎず、特定の金銭でなければ意味がないというものではないので、いわば価値の没収という観点で、金銭については、特定性を問題としないという考えもあり得えます。
①の大阪高判決を更に発展すれば、この考えに行き着くと考えられます。
従来の判例では、「金銭はこれを両替するも、その性質を変更するものに非ず」(大審院判決 大正7年3月27日)として、10円札2枚を1円札20枚に両替えした場合につき、特定性があるために没収可能としています。
この判例のように金銭の価値の概念を導人して、金銭等の代替物については、価値の同一性だけを基準にする考え方を採るべきとする見解もあります。
金銭は価値が同一であることを重視して、特定性ありとして没収できるとした裁判例として以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和27年3月17日)
賄賂の一時預金後の払戻金について、裁判所は、
- 銀行に預金してから旬日を経ずして払い戻を受けたものであり、かつ被告人Hにおいて自分が預金した右収賄金の中から払い戻を受ける意図であったことが窺われるが、このような場合には、たとえ一時銀行に預金した事実があったとしても、社会通念上その収賄金たるの性質に影響を及ぼすものではない
と判示し、銀行から払い戻しを受けた現金について、特定性があるとして没収できるとする見解を示しました。
神戸地裁判決(昭和41年11月2日)
銀行のギフトチェック(贈答用の銀行小切手)の換金後の金銭につき、換金により賄賂としての同一性を失わないとして没収できるとした事例です。
裁判所は、
- 押収してある現金150,000円は被告人が犯行により収受した賄賂である三和銀行梅田新道支店長振出、金額200,000円のギフトチェックを換金して得た金銭の一部であり、(銀行振出のギフトチェックはその支払の確実性から、これを金銭と同視することができ、ギフトチェックを換金して得た金銭は、金銭の両替の場合と同じく、その同一性を失わないものと解するのが、相当である。)、また押収してある三和銀行尼崎支店長振出、金額100,000円のギフトチェック1枚は同被告人が犯行により収受した賄賂であるから同法197条の5前段によっていずれもこれを同被告人から没収し…
と判示しました。
上記のように、下級審判決については、金銭は価値が同一であることを重視し、特定性ありとして没収できるとした裁判例があるものの、最高裁は、賄賂の一部を費消後、残りの賄賂で銀行に預け入れていたものを引き出して返還した例につき、同一性を否定し、没収ではなく追徴を認めており、未だ上記の考え方には至っていません。
裁判所は、
- 本件被告人が収受した金員を一部費消し他の部分を金融機関に預金した場合につき、右賄賂金員そのものはもはや没収することができないものとして追徴すべきものとした原判示は正当である
- 蓋し、金銭の性質上特定していることが明らかでない限り没収することができない場合に該当するものとしてその価額を追徴すべきものであること当裁判所の判例(昭和22年(れ)第323号同23年6月23日大法廷判決、集2巻7号777頁参照)の趣旨とするところである
と判示しました。