前回の記事の続きです。

追徴額の算定の考え方

 追徴額の算定の時期をいつにすべきかについては、

  • 収受の時とする説(収受時説)
  • 追徴の時とする説(追徴時説)

があり、収受の時を基準とするのが通説となっています。

 性質上没収不能な賄賂については、収受当時を基準とせざるを得ず、収受した時点において犯罪は終了していることからも収受時説が正しいと考えられています。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(昭和4年11月8日)

 裁判所は、

  • 賄賂の授受により収賄者は利益を享受するをもって賄賂の価額を追徴すべき場合にはその価額は賄賂の授受ありたる当時の価額によるものと解するを相当とす

と判示しました。

最高裁判決(昭和43年9月25日)

 裁判所は、

  • 没収に代えて追徴すべき金額はその物の授受当時の価額によるべきもの

と判示しました。

最高裁決定(昭和55年12月22日)

 裁判所は、

  • いわゆるゴルフクラブ会員権を賄賂として収受した場合には、会員権それ自体は没収の対象となるものではなく、これを収受した時点におけるその価額を追徴すべきである

と判示しました。

賄賂が対価を得て処分されている場合の追徴額の算定

 追徴額の算定に当たって、賄賂が対価を得て処分されている場合、その価額によるべきか、現実の市場価格によるべきかという問題があります。

1⃣ たばこのように客観的価格が明確なものについては、これによるとするのが判例です。

 この点に関する以下の判例があります。

最高裁判決(昭和31年12月28日)

 旧たばこ専売法75条2項の必要的追徴について、裁判所は、

  • 現実の取引違反の価額の如何にかかわらず、その物件の客観的に適正な価額の追徴を意味し、当該物件が日本専売公社によって定価の公示された製造たばこにあたると認められるものについては、その価格により、公示された定価のないものについては、客観的に適正と認められる価額による

と判示しました。

最高裁決定(昭和35年2月27日)

 関税法による密輸入貨物の価額追徴について、裁判所は、

  • その物のその犯罪が行われた当時における国内卸売価格(関税及び内国消費税込)をいう

と判示しました。

2⃣ 追徴価額の算定時期について、収受時説を採れば、その当時における一般的取引価額によるのが正しいとなります。

 この点に関する以下の判例があります。

最高裁決定(昭和55年12月22日)

 ゴルフクラプ会員権を賄賂として収受した場合には、会員権それ自体は没収の対象となるものでなく、これを収受した時点におけるその価額を追徴すべきであるとした事例です。

 裁判所は、

  • 本件における賄賂であるAの個人正会員たる地位、すなわちいわゆるゴルフクラブ会員権は、株式会社Bの経営管理するゴルフ場施設を優先的に利用することができる権利及び所定の条件のもとで入会保証金の返還を請求することができる権利並びに年会費等を納入しなければならない義務を内容とする債権的法律関係であって、譲渡性を有する権利ないし法律上の地位ではあるが(最高裁昭和49年(オ)第246号同50年7月25日第三小法廷判決・民集29巻6号1147頁参照)、それ自体は性質上没収することができないものであり、また、記録によれば、右会社の発行した所論人会保証金預託証書は、裏面に譲渡人と譲受人の氏名押印欄が設けられ、右ゴルフクラプ会員権と一体をなすものとして裏書によって転転譲渡されることを予定しているようにみえるけれども、証書上からは右会員権の内容が明らかでないのみならず、指図文句の記載もなく、かえって右ゴルフクラブの会員としての地位の譲渡についてはクラブの承認が必要とされ、その旨が証書上に記載されており、譲渡について右の制限が設けられているのは、クラブ会員たる地位の取得についてはその者の個人的適格性の有無の考慮が必要であるとされるためであると認められること等に照らして考えると、右預託証書をもって前記ゴルフクラプ会員権を表章する有価証券として没収の対象となるものと認めることはできないとした原審の判断は正当であり、本件において、被告人らが本件ゴルフクラプ会員権を収受したことによって得た利益を剥奪するためには、これを収受した時点におけるその価格の全額を追徴すべきものとした原審の判断に所論の違法はない

と判示しました。

 上記判例のゴルフ会員権のように収受時の取引価額を基準として追徴額を決定して追徴した場合、現実の処分価額と差が生じ、利益が残る場合と損失が生じる場合が考えられます。

 この場合において、収受者が賄賂となる権利を適正価額より低く処分した場合は、収受時における収賄者の得た利益との間に矛盾が生じず問題はありません。

 収受者が収受した賄賂となる権利の時価が高騰して、収受者が高騰した価格で当該権利を処分していた場合は、追徴額の方が低くなり、収受者に利益が残ることになりますが、この場合、本則に戻って刑法19条の2を適用 して利益を任意的に没収して剥奪すれば足りることになります。

 組織的犯罪処罰法が適用される場合には、犯罪収益の対価として得た財産は、犯罪収益に由来する財産に含まれるので、任意的没収・追徴の対象となり、組織的犯罪処罰法を適用して利益を剥奪することも可能です。

 参考となる以下の裁判例があります。

広島高裁判決(昭和29年11月10日)

 たばこ専売法に違反して取得した日本専売公社の製造たばこを、更に他に売り渡したため没収することができないので、同法第75条第2項により追徴するときの価額は、犯人の得た現実の売り渡しの対価にかかわらず日本専売公社が定めて公告した定価によるべきものであるとした事例です。

 裁判所は、

  • 所論(※弁護人の主張)は、原判決が本件たばこの価額を追徴するに当たり、被告人らが他に売却して得た対価によらないでその公定価格により追徴したのは違法であると主張する
  • しかし、たばこ専売法第75条第2項の価額の追徴は、本来犯人からその物件を没収すべき場合において、犯人が他にこれを譲り渡し若しくは消費したがため没収することができないので、その没収に代えてその価格に相当する金額を納付させる趣旨であると解せられるから、右の追徴額は、消費の場合は勿論、譲渡の場合においても 犯人の取得した現実の対価にかかわらずその物件の客観的な適正価格(本件のような旨本専売公社の製造たばこの場合は公社が定めて公告した定価)を指すものと解するのを相当とする
  • 従って原判決が被告人らに対し判示の追徴額を言渡したのは正当である
  • なお、本件のような日本専売公社の製造たばこを公定価格より高く売り渡すということは想像し難いところであるけれども、もし所論のように高ぐ売り渡したため不正の利益がなお残存しこれを取上げる必要がある揚合においては、右超過部分については、別に一般法である刑法第19条第1項第4号、第2項第19条の2の適用があ るべきものと解せられるから、これらの法条により没収又は追徴し得るものというべく、従って、前記のように 解したとて何ら所論のように不正の利益を保持せしめる結果にはならない

と判示しました。

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