前回の記事の続きです。

賄賂の没収・追徴を判決で言い渡すに当たっての法律の適用

1⃣ 没収・追徴をするに当たって適用法令を示さない判決は違法判決であり、その違法を理由に控訴となった場合、控訴審で原判決を破棄する事由となりまます。

 追徴につき改正前の刑法197条2項(現行法:刑法197条の5)を適用しなかった点を違法とした以下の判例があります。

大審院判決(明治45年2月20日)

 裁判所は、

  • 刑法第197条第2項を適用せずして単に賄賂価額の追徴を命じたる判決は擬律錯誤の違法あるものとす

と判示しました。

2⃣ 収賄罪の犯行日が刑法が改正される前であった場合は、改正後の刑法ではなく、改正前の刑法を適用して追徴・没収の判決を言い渡す必要がありますが、これを誤って改正後の刑法を適用して追徴の判決を言い渡した場合も、法令の適用の誤りとして違法判決となります。

 この点に関する以下の判例があります。

大審院判決(昭和17年7月16日)

 現行法ではなく改正前刑法の適用して追徴の判決を言い渡した事例です。

 裁判所は、

  • 収賄罪につき新旧法比照の結果、旧法を適用すべきものなる以上、没収に代わるべき追徴もまた旧法をもって律すべきものとす

と判示しました。

 もっとも、法令の適用の誤りについては、贈収賄と無関係な偽造私文書の偽造部分を刑法197条の5を適用して没収したのは法令適用の誤りであるが、刑法19条1項3号、2項本文により没収することができるものであるから判決に影響を及ぼさないとした以下の裁判例があります。

 これは、没収についての一般法と特別法の適用を誤ったからにすぎないためです。

東京高裁判決(昭和37年8月7日)

 偽造私文書の没収につき適用法条と誤った場合と判決の影響を判示した事例です。

 裁判所は、

  • 贈収賄罪に関係のない偽造私文書を刑法第197条の5によって没収した法令適用の誤があっても、同法第19条第1項第3号、第2項本文によって没収することができる物である以上、右の誤は、判決に影響を及ぼさないことが明らかである

と判示しました。

3⃣ また、没収又は追徴が刑法197条の5を適用する場合、その没収又は追徴は必要的没収・追徴となるので、賄賂の収受を認定しながら、刑法197条の5を適用しないことは違法であり、その場合は判決の破棄を免れません。

 しかし、被告人のみが上訴したような場合には、刑訴法402条の不利益変更禁止との関係から判決を破棄できないこととなります。

 この場合、被告人だけでなく、検察官も違法判決を是正するための上訴を行う必要があります。

 この点に関する以下の裁判例があります。

大阪高裁判決(昭和29年3月15)

 裁判所は、

  • 所論(※弁護人の主張)は原判決の量刑不当を主張するものであるが、本件犯行の回数、横領並びに収賄した金額及び、利益及び被告人の身分、地位その他記録に現われた諸般の情状に鑑みるときは、所論諸般の事情を参酌しても原判決が被告人を懲役1年6月に処したのは、むしろ軽過ぎるといっても過言ではなく、重きに失するとはとうてい考えられないので、論旨は理由がない
  • もっとも職権をもって調査するに、原判決は収賄の事実として証拠により被告人が職務に関し現金2万円の供与を受けた以外に、合計106,636円に相当する飲食並びに遊興の供応を受けたことを認定しているにかかわらず、付加刑として刑法第197条の4(※現行法 刑法197条の5)を適用して供与を受けた現金額に相当する金2万円を追徴したのみで、供応を受けた分に対する金額について何ら言渡しをしていないのである
  • しかし供応は同条所定の賄賂にあたるはもちろん、これが沒収又はその価額の追徴は必ずしなければならないことは言を俟たないところである
  • しからばこれを逸脱した原判決は法令の適用を誤ったものといわなければならない
  • しかし本件は被告人のみの控訴に係るものであるから、原判決を破棄して、更に主刑を変更せずして、付加刑たる追徴額のみを増額して判決することは刑事訴訟法第402条の不利益変更禁止の規定に牴触することとなるし、主刑を軽減すれば付加刑を加重し得るにしても、すでに前段掲記の如く、主刑たる懲役刑を重からずと認める以上これを変更することは相当でなく、従ってこの措置をとることもできないので、結局この点に関する原判決の違法は判決に影響を及ぼさないので、破棄の理由とならないものである

と判示しました。

 ちなみに、追徴を没収に変更することは、不利益変更ではないので、被告人のみの上訴だとしても、裁判所は原判決を破棄して自判することができます。

4⃣ 追徴について、価額の算定を誤り、価額以上を追徴することは違法判決となります(最高裁判決 昭和25年2月28日)。

5⃣ 価額の算定が不可能な場合、追徴しなくても違法ではありません。

 この点に関する以下の判例があります。

大審院判決(大正3年10月30日)

 裁判所は、

  • 賄賂の目的は必ずしも財物に限らず人の需要若しくは欲望を満足せしむべき一切の有形的若しくは無形的の利益を包含すべきをもって経済上の価額を有することを必要とせず
  • 而して、賄賂の価額を追徴すべき場合は、その賄賂の目的が経済上の価額を有するときに限るものと解すべきをもって、刑法上、追徴の規定存在するが故に賄賂の目的たるには必ず経済上の価額を有せざるべからずと論断すべきに非ず
  • 原判決には、被告が公務員たる職務に関して他人より十数回酒食の供応を受けたる旨判示しあるもって、被告は有体物たる飲食、すなわち人の需要を満足せしむべき有体的利益を無償に収受したる者にほかならず
  • しかもその収受したる利益が経済上の価額を有するやもとより論を俟たず
  • ただし、原判決は価額を正確に算定することをわざるをもって、特に価額不明と説示したるに過ぎず、もとより賄賂の目的物をもって無償値なりと判示したる趣旨に非ず
  • 然らば原判決は上叙判示事実を認め、これを収賄罪に問擬したるは相当にして、賄賂の価額を確定すること能わざりしをもって追徴の言渡しを為すを得ざりしに過ぎず、これがために収賄罪を認めたるの妨げとなることなければ、本論旨(※弁護人の主張)は理由なし

と判示しました。

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