賄賂の没収・追徴(9)~「贈賄者からの没収・追徴 その4」を説明
前回の記事の続きです。
贈賄者からの賄賂の没収・追徴 その4
贈賄者は、賄賂を収受する者ではないので、通常は、贈賄者が没収・追徴の対象者となることはありませんが、賄賂が収賄者や第三者に収受された後に、贈賄者に返還された場合には、贈賄者から没収・追徴すべきかが問題となります。
この問題に対する説明は、
- 収賄者が収受した賄賂が贈賄者にそのまま返還された場合
- 収賄者が収受した賄賂に相応する対価が贈賄者に返還された場合
- 収賄者が収受した賄賂の一部を贈賄者に交付した場合
- 収受した賄賂を費消後に同額を贈賄者に返還した場合
- 収賄者が賄賂の一部を費消、混同したりした後、これを補填して、全額を贈賄者に返還した場合
- 収賄者から贈賄者に返還された物が、賄賂そのものか代替物か分からない場合
に分けて、贈賄者から賄賂を没収すべきか否かを説明します。
この記事では、⑤について説明します。
⑤「収賄者が賄賂の一部を費消、混同したりした後、これを補填して、全額を贈賄者に返還した場合」に贈賄者から賄賂を没収すべきか?
収賄者が賄賂の一部を費消・混同したりした後、これを補填して、全額を贈賄者に返還した場合につき、従来の判例の立場を一貫すると、その補填分が賄賂と混同していなければ、贈賄者から賄賂分を没収し、収賄者から補填分を追徴するということになります。
また賄賂分と補填分とが混同して区別し得なくなり、それを返還した場合には、全額を収賄者から追徴すべきものということになります。
しかし、賄賂分と補填分とが混同したような場合には、賄賂が他の金銭と混同した場合と異なり、全体の総枠は決まっているので、賄賂性自体は変化がないということもできます。
具体的には、賄賂の一部を費消した後、費消した分の金員を補填し、その補填により収受した賄賂の金員の特定性が失われても、補填していない部分についての賄賂は手を付けておらず賄賂が元のまま残っているわけなので、賄賂の金員の特定性は、その限度で失われていないということができます。
例えば、賄賂200円のうち、100円を費消し他から調達して200円として贈賄者に返還した事例につき、費消した100円についてのみ収賄者から追徴している判例(大審院判決 昭和12年5月22日)があります。
この点に関する参考となる裁判例として以下のものがあります。
大阪高裁判決(昭和54年2月27日)
裁判所は、
- 原判決が被告人に対し100万円の追徴を言い渡した理由は、判文上必ずしも明らかではないが、本件現金100万円は一部費消された後、返還時に補填の金員と混同されて全部が没収不能となったため、その事由を生ぜしめた被告人から全部の価額を追徴すべきであるとの見解に立ったものと考えられる
- しかしながら、金員を収受した収賄者がその一部を費消した後これを補填して贈賄者に返還した場合においては、補填により収受した金員の特定性が失われていても、返還された賄賂の残金については贈賄者からその価額を追 徴すべきであって、収賄者から追徴すべきでないと解するのが相当である
- すなわち、刑法197条の5の規定は、賄賂を手にしている収賄者、贈賄者等からこれを没収し又はその価額を追徴すべきことを定めたものであるから(大審院大正10年(れ)第1624号同11年4月22日第1、第2 第3刑事聯合部判決・判例集1巻296頁、最高裁判所昭和27年(あ)第4916号同29年7月5日第二小法廷決定・判例集8巻7号1035頁等参照)、賄賂の一部が贈賄者に返還、回復されている場合には、その部分については現にこれを手にしている贈賄者から没収し又はその価額を追徴すべきことは当然であって、賄賂原物の特定性の有無は、右の規準で決せられた対象者について、没収と追徴のいずれを科するかを決する際に初めて問題となるにすぎないのである
- のみならず、本件の場合には、前記のとおり、賄賂の残金85万円に15万円を足して贈賄者に返還されたものであって、返還時において未だ賄賂である金員の特定性は失われていないとみるのが相当である
- したがって、本件においては、返還された賄賂の残金85万円について被告人からこれを追徴することは許されないといわなければならず、原判決には右の点に法令適用の誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない
と判示しました。