前回の記事の続きです。
この記事では、身の代金略取罪、身の代金誘拐罪、身の代金拐取罪(刑法225条の2第1項)を「本罪」といって説明します。
本罪の行為
本罪は、刑法225条の2第1項に規定があり、
近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、無期又は3年以上の懲役に処する
と規定されます。
本罪の行為は、
近親者その他略取・誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、略取し又は誘拐すること
です(略取・誘拐の意義の説明は前の記事参照)。
本罪は、上記の目的で行うことを要する目的犯です。
上記の目的には、
- 略取・誘拐された者を解放する代償として財物を交付させる目的
- 略取・誘拐された者の生命・身体に危害を加えないことの代償として財物を交付させる目的
も含まれます。
「近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的」は行為時に存在することを要する
「近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的」は行為時に存在することを要します。
略取・誘拐が既遂に達した後にこの目的を生じ、身の代金を要求した場合は、本罪ではなく、本条2項の拐取者身の代金要求罪が成立します。
「憂慮に乗じて」とは?
刑法225条の2第1項の条文中の「憂慮に乗じて」とは、
略取・誘拐された者の安否を憂慮する者が憂慮している状況を利用して
という意味です。
「憂慮に乗じてその財物を交付させる目的」が認められれば、被拐取者(被害者)と密接な人間関係にある者がいなかったとしても、また、その者がいて現実に被拐取者の安否について心配しなかったとしても本罪は成立します。
「近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者」とは?
刑法225条の2第1項の条文中の「近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者」の意義については、学説において、見解が以下の①~④に分かれています。
- 事実上の保護関係者に限定する最狭義説
- 近親その他親身になって略取・誘拐された者の安否を憂慮する者であり、「近親」という例示によって限定されていることから、単に同情する第三者は含まれないが、親族関係の有無を問わず親子、夫婦の間におけると同じように安否を心配すると考えられる者はすべて含まれ、里子に対する里親や住込店員に対する店主などもこれに当たるとする狭義説
- 親族、知人等略取・誘拐された者の安否を憂慮する者すべてであり、必ずしも略取・誘拐された者の保護者であることを要しないとする広義説
- 「その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者」に該当するかどうかは外形的な関係ではなく、「心理的抗拒不能の窮状」に陥るかどうかという実質面から具体的事例に応じて柔軟に判断すべきであるとする実質説
通説は、②の狭義説とされます。
参考となる判例・裁判例として以下のものがあります。
大阪地裁判決(昭和51年10月25日)
略取された者が代表取締役をしている株式会社の常務取締役で、かつ、略取された者の個人営業であるパチンコ店の管理責任者の地位にあって略取された者の片腕的な立場にあった者について、裁判所は、
- 「その他被拐取者の安否を憂慮する者」とは、被拐取者との間の特別な人間関係が存在するため、被拐取者の生命、身体又は自由に対する危険を近親者と同程度に親身になって心配する者、さらに詳言するならば、被拐取者の生命身体又は自由に対する危険を回避するためにはいかなる財産的犠牲をもいとわない、被拐取者の危険と財産的な犠牲をはかりにかけるまでもなく危険の回避を選択すると通常考えられる程度の特別な人間関係を指すものと解すべきである
という限定的な解釈をとった上、「その他被拐取者の安否を憂慮する者」に該当しないとしました。
佐賀地裁判決(昭和60年9月24日) 控訴審:福岡高裁判決(昭和61年5月19日)
略取された者が代表取締役をしている相互銀行の幹部らについて、「近親その他被拐取者の安否を憂慮する者」に当たるとしました。
その上告審である最高裁決定(昭和62年3月24日)は、
- 「近親その他被拐取者の安否を憂慮する者」には、単なる同情から被拐取者の安否を気づかうにすぎないとみられる第三者は含まれないが、被拐取者の近親でなくとも、被拐取者の安否を親身になって憂慮するのが社会通念上当然とみられる特別な関係にある者はこれに含まれるものと解するのが相当である
- 本件のように、相互銀行の代表取締役社長が拐取された場合における同銀行幹部らは、被拐取者の安否を親身になって憂慮するのが社会通念上当然とみられる特別な関係にある者に当たるというべきであるから、本件銀行の幹部らが同条にいう「近親その他被拐取者の安否を憂慮する者」に当たるとした原判断の結論は正当である
としました。
東京地裁判決(平成4年6月19日)
都市銀行の一般行員が略取された場合における銀行の代表取締役頭取について、
- 刑法225条の2にいう「その他被拐取者の安否を憂慮する者」には、単なる同情から被拐取者の安否を気づかうに過ぎない者は含まれないものの、近親以外で被拐取者の安否を親身になって憂慮するのが社会通念上当然と見られる特別な関係にある者はこれに含まれると解されるところ(最高裁判所昭和62年3月24日決定・刑集41巻2号173頁参照)、この特別な関係にあるかどうかは、被拐取者との個人的交際関係を離れ、社会通念に従って客観的類型的に判断すべきであり、そのような特別の関係にある以上、近親に準ずるような者でなくても「安否を憂慮する者」に当たるものと解される
として、上記最高裁の決定と同様の基準に基づき、「近親その他被拐取者の安否を憂慮する者」に当たるとしました。
「その財物」とは?
刑法225条の2第1項の条文中の「その財物」とは、
近親者その他略取・誘拐された者の安否を憂慮する者に属する財物
をいいます。
現金に限らず、貴金属、宝石、有価証券なども含みます。
「近親者その他略取・誘拐された者の安否を憂慮する者」が、「財物」に対し、私法上の所有権や処分権を有することを要せず、事実上処分することのできる状態にあれば足ります。
なお、財物以外の財産上の利益を目的とする場合には、本罪でなく、営利等略取・誘拐罪(刑法225条)に当たります。
参考となる裁判例として、以下のものがあります。
※ 刑法225条の2第2項の拐取者身の代金取得罪・拐取者身の代金要求罪の裁判例ですが、考え方は同条第1項の本罪にも当てはまります。
大阪高裁判決(昭和52年11月15日)
裁判所は、
- 刑法225条の2第2項にいう「その財物を交付せしめ」とは憂慮する者の所持・管理する財物をその者から交付せしめることで足り、憂慮する者の所有に属することまでは必要でないと解するのが相当である
と判示ました。
裁判所は、
- 刑法225条の2第2項が「その財物」という要件を定めているのは、被拐取者自身又は第三者の財物を交付させ又はこれを要求する行為に出た場合を処罰の範囲外とする趣旨であって、「近親その他被拐取者の安否を憂慮する者」が現に占有する財物に限定する趣旨ではなく、その者が事実上処分することのできる財物を広く意味するものと解するのが相当である
- したがって、その者が拐取者の要求に応じるために他から入手するなどして処分を委ねられた財物もこれに含まれるというべきである
としました。