刑法(拐取者身の代金取得・要求罪)

拐取者身の代金取得・要求罪(7) ~「公訴提起前に被害者を解放した場合は刑が減軽される」を説明

 前回の記事の続きです。

 この記事では、拐取者身の代金取得罪、拐取者身の代金要求罪(刑法225条の2第2項)を「本罪」といって説明します。

公訴提起前に被害者を解放した場合は刑が減軽される

 本罪(刑法225条の2)は、刑法228条の2(解放による刑の減軽)の適用があり、公訴提起前に被害者を解放した場合は、必ず刑が減軽されます。

 刑法228条の2は、

第225条の2又は第227条第2項若しくは第4項の罪を犯した者が、公訴が提起される前に、略取され又は誘拐された者を安全な場所に解放したときは、その刑を減軽する

と規定します。

 これから刑法228条の2(解放による刑の減軽)を本条といって説明します。

 本条は、

  1. 身の代金略取・誘拐・拐取罪(刑法225条の2第1項
  2. 拐取者身の代金取得・要求罪(刑法225条の2第2項
  3. 身の代金拐取幇助目的被拐取者引渡し・収受・輸送・隠匿・隠避罪(刑法227条2項
  4. 身の代金被拐取者収受罪(刑法227条4項前段
  5. 収受者身の代金取得・要求罪(刑法227条4項後段

を犯した者が、公訴が提起される前に略取・誘拐された者を安全な場所に解放した場合に、その刑を

必要的に(必ず)減軽すること

を定めた規定です。

 本条の立法理由について、

  • 身の代金目的の誘拐等が極めて危険な犯罪であり、被拐取者の殺害された事例も少なくない実情にかんがみ、被拐取者を解放した場合には、これらの罪の刑を必要的に減軽することとし、犯人に反省の機会を与えそのような不幸な結果の発生をできるだけ防止しようとする政策的な考慮
  • 被略取・誘拐者の生命・身体の安全を図る政策的考慮

が挙げられます。

本条の「罪を犯した」とは?

 本条の「罪を犯した」とは、

  • 上記①~⑤の身の代金略取・誘拐・拐取罪等が成立したこと
  • 身の代金略取・誘拐・拐取罪(刑法225条の2第1項)、身の代金拐取幇助目的被拐取者引渡し・収受・輸送・隠匿・隠避罪(刑法227条2項)、身の代金被拐取者収受罪(刑法227条4項前段)のように未遂を処罰する(刑法228条)ものについては既遂に達したこと

を意味します。

 なお、身の代金略取・誘拐・拐取罪に着手したものの既遂に達する前に自発的に犯行を中止した場合には、中止未遂となって刑法43条ただし書の適用を受け、本条ではなく、刑法43条ただし書により、刑が必要的に減軽されることになります。

本条の「公訴が提起される前」の意義

 本条の「公訴が提起される前」(事件が起訴される前)であることが要件なので、公訴提起後に被害者を解放しても、本条の適用はありません。

 この場合、被害者の解放が情状として考慮されるにすぎません。

 共犯者がある場合には、個々の犯人について公訴が提起される前かどうかで判断されので、共犯者について公訴が提起されても、当該犯人について公訴が提起される前であれば、本条の適用があります。

本条の「解放」とは?

 本条の「解放」とは、

略取・誘拐された者に対する拘束を自発的に解き、その行動の自由を回復させること

をいいます。

 犯人自ら拘束を解く場合に限らず、略取・誘拐された者を拘束している者と意を通じて又はその者に指図して、拘束を解かせる場合も含みます。

本条の「安全な場所」とは?

 本条の「安全な場所」とは、

略取・誘拐された者が安全に救出されると認められる場所

をいいます。

 その場所自体が安全であるだけでは足りず、解放の時刻、方法、略取・誘拐された者の年齢、知能程度、健康状態、その場所の具体的状況等諸般の要素が考慮されなければなりません。

 「安全な場所」に解放したと認められる例として、

  • 略取・誘拐された幼い者をその自宅付近まで連れていって解放する場合
  • 身の代金と引換えに略取・誘拐された者を近親者等に引き渡す場合
  • 年長者に対して、その自宅まで帰り得る旅費を持たせて拘束を解く場合

などが挙げられます。

 身の代金と引換えに返すつもりで略取・誘拐された者を連行したが、警察官の張り込みに気付き、放置して立ち去った場合でも、犯人に自発的に解放する意思があったときには、本条が適用されます。

 参考となる判例・裁判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(昭和54年6月26日)

 身の代金目的の誘拐犯人が、誘拐された小学校1年生Aを、夜間、Aの自宅から直線距離で数キロメートル離れた農村地帯の脇道上に解放したという事案です。

 裁判所は、

  • 「安全なる場所」というのは、被拐取者が安全に救出されると認められる場所を意味するものであり、解放場所の位置、状況、解放の時刻、方法、被拐取者をその自宅などに復帰させるため犯人の講じた措置の内容、その他被拐取者の年齢知能程度、健康状態など諸般の要素を考慮して判断しなければならないものである
  • それとともに、右規定は、身代金目的の誘拐罪がはなはだ危険な犯罪であって被拐取者の殺害される事例も少なくないことにかんがみ、犯人が自発的、積極的に被拐取者を解放した場合にはその刑を必要的に減軽することにして、犯人に犯罪からの後退の道を与え被拐取者の一刻も早い解放を促して、右のような不幸な事態の発生をできるだけ防止しようとする趣旨に出たものであることなどを考慮すると、解放の手段、方法などに関して、通常の犯人に期待しがたいような細心の配慮を尽くすことまで要求するものではなく、また、前述の「安全に救出される」という場合の「安全」の意義も余りに狭く解すべきではなく、被拐取者が近親者及び警察当局などによって救出されるまでの間に、具体的かつ実質的な危険にさらされるおそれのないことを意味し、漠然とした抽象的な危険や単なる不安感ないし危惧感を伴うということだけで、ただちに、安全性に欠けるものがあるとすることはできない、と解するのが相当である
  • これを本件についてみると、被告人が被拐取者真美子を解放した場所は同児の自宅のある那覇市から直線距離で数キロメートル離れ、同児にとって全く地理不案内の地域であったこと、解放の時刻には人通りの少ない寂しい場所であったこと、解放後も同児の安否を見守るなどしないで立ち去っていることなどを考えると、解放の場所、時刻、方法は必ずしも適切と認められるものではなかったといわなければならない
  • しかしながら、解放地点は、農村地帯の県道から少し入った脇道上で、民家のそばであり、右県道及び脇道沿いにはほかにも民家などが散在しており、場所自体が危険なものであるとは認められず、通行人の少ない時刻であるとはいえ、これらの民家の者らによって救出される蓋然性も見込まれるものであったこと、被告人は、解放に先立って同児の自宅に対し、15分以内に解放して解放場所を通知する旨予告し、解放後ただちに解放場所を通知するため前記のとおり種々努力したこと、被告人がした右通知行為は、同児がまもなく通行人に発見、救出されたことに伴う通話の重複などのため効果をあげ得なかったが、通行人による救出という事情が存在しなかった場合においても、解放場所の位置及び状況並びに被告人の右努力の内容などに照らすと、同児はその両親及び警察官などによってそれほど長い時間の経過をまたずに救出され得たと認められ、その間、危険は皆無とはいえないが、その短時間内に同児が具体的かつ実質的な危険にさらされる実際上の可能性ははなはだ僅少であったと思われることなどを総合すると、原判決指摘のその余の事情を考慮にいれても、被告人の本件解放行為は刑法228条の2の要件を充たすに足りるもの、と認めるのが相当である

と判示しました。

東京地裁判決(平成14年4月17日)

 拐取者身の代金要求罪の被害者を、深夜、地理不案内な山間の道路上で、暗くて人通りがなく、道路脇には川が流れ、道路から川への落下防止設備もない場所に解放し、被害者の安否を見守ることなく立ち去ったという事案です。

 裁判所は、「略取された者を安全な場所に解放した場合に当たる」としました。

共犯者に対する本条の適用

 本条は、略取・誘拐された者の解放に直接又は間接に関与した犯人に対してのみ適用されます。

 したがって、共犯者全員の合意に基づいて直接拘束を加えていた者が略取・誘拐された者を解放した場合には、共犯者全員について本条が適用されます。

 しかし、共犯者のうち一部の者の合意に基づいて解放した場合には、他の共犯者については本条の適用はありません。

 自らは略取・誘拐された者の誘拐・管理について関係を持たない者が、

にのみ加担してその共犯とされる場合、これらの者は略取・誘拐された者の解放について影響力を持たず、略取・誘拐された者を解放できる立場にないのが通常なので、本条の適用を受けません。

 また、身の代金目的略取・誘拐・拐取罪(刑法225条の2第1項)の幇助者についても同様の問題が生じます。

 これらの場合には、通常、

の幇助犯になるので、刑法63条による必要的減軽の適用を受けることになります。

他罪との関係が絡む処断刑の考え方

1⃣ 営利・わいせつ・結婚・生命身体加害略取・誘拐罪刑法225条)は、身の代金目的略取・誘拐・拐取罪(刑法225条の2第1項)に吸収され、身の代金目的略取・誘拐・拐取罪のみが成立します(詳しくは前の記事参照)。

 なので、営利目的と身の代金目的の両方の目的で略取・誘拐した場合で本条の適用があるときは、処断刑は「1年6月以上20年以下の懲役」となります。

【考え方】

  • 身の代金目的略取・誘拐・拐取罪(刑法225条の2第1項)の法定刑は、「無期又は3年以上の懲役」です。
  • 「3年以上の懲役」が減軽されると、「1年6月以上懲役」となります(刑法68条3号)。
  • 「無期」が減軽されると、「7年以上の懲役」(刑法68条2号)となります。
  • 懲役の上限は「20年以下の懲役」(刑法12条1項)です。
  • よって、処断刑は「1年6月以上20年以下の懲役」となります。

2⃣ 所在国外移送略取・誘拐罪(刑法226条)も、身の代金目的略取・誘拐・拐取罪に吸収されるとすれば、所在国外移送目的と身の代金目的の両方の目的で略取・誘拐した場合で本条の適用があるときも、考え方はと同様となります。

 そうすると、所在国外移送目的のみで略取・誘拐した場合よりも、本条の適用の適用を受けた身の代金目的略取・誘拐・拐取罪の処断刑(1年6月以上20年以下の懲役)は軽くなります。

※ これは、所在国外移送略取・誘拐罪の法定刑は2年以上の有期懲役(つまり、2年以上20年以下の懲役)であり、同罪には本条の適用がないためです。

 このような不均衡を解消するために、所在国外移送目的と身の代金目的の両方の目的で略取・誘拐した場合で本条の適用があるときには、処断刑の下限を2年とする見解がありますが、これに反対する見解もあります。

略取、誘拐、人身売買の罪の記事一覧