前回の記事の続きです。
この記事では、人身売買の罪(刑法226条の2)のうち、第5項の
- 所在国外移送人身買受け罪
- 所在国外移送人身売渡し罪
を説明します。
この記事では、①②の罪を「本罪」といって説明します。
所在国外移送人身買受け罪、所在国外移送人身売渡し罪とは?
本罪は、刑法226条の2第5項に規定があり、
所在国外に移送する目的で、人を売買した者は、2年以上の有期懲役に処する
と規定されます。
「所在国外」とは、人が現に所在している国の領域外を意味します。
本罪は、所在国外に移送する目的で人を売買する行為について、人身の自由又は生活の安全を侵害する程度が大であることから、所在国外移送目的略取・誘拐罪(刑法226条)と同じ刑で処罰するものです。
主体(犯人)
本罪の主体(犯人)に制限はありません。
客体(被害者)
本罪の客体(被害者)に制限はありません。
行為
本罪の行為は、
所在国外に移送する目的で人を売買すること
です。
「所在国外」は、人が現に所在している国の領域外を意味し、その国に居住しているかどうかは問いません。
「所在国外」の「国」は、我が国が国家承認をした国に限定されず、事実上国家としての実質を備えた統治主体も含みます。
「移送」とは、所在国の領土、領海又は領空外に運び出すことをいいます。
「売買」とは、有償で人に対する不法な支配を移転することをいいます。
「売買」のうち、「売渡し」は、対価を得て人身を引き渡すことであり、「買受け」は対価を払って人身の引渡しを受けることをいいます。
本罪が成立するには、売渡しの約束だけでは足りず、「現実に事実的支配の引渡しを受けること」を要します。
「引渡し」は、場所的移転を必要とするものではありません。
売渡しの約束だけの場合は、本罪の未遂が成立し得ます(刑法228条)。
「現実に事実的支配の引渡しを受けること」の「支配」とは、
対象者に物理的又は心理的影響を及ぼして意思を左右できる状態に置き、自己の影響下から離脱するのを困難にさせること
をいいます。
支配を得たかどうかは、
- 自由拘束の程度
- 対象者の年齢
- 犯行場所などの具体的情況
を考慮し、社会通念によって決せられます。
人身売渡しの対価
人身売渡しの対価は金銭であることを要しません。
例えば、
- 被売者の労働・サービスの取得
- 債務の免除
- 支払猶予
も対価に当たります。
交換も売買に当たります。
交換も相互引渡しがなされない限り、人身売り渡し罪の未遂(刑法228条)となります。
本罪が成立するには、「所在国外に移送する目的」を要する
本罪は、所在国外に移送する目的が必要なので、
- 単なる人身売買の目的
- 解放目的
などは本罪の成立要件を満たしません。
所在国外移送を目的としない人身売買は、
によって処罰されます。
共犯
「所在国外に移送する目的」を刑法65条(身分犯の共犯)にいう「身分」ではないと解すれば、所在国外移送の目的のない者が本罪の行為に加担しても、刑法65条の適用はありません。
売り手と買い手とは必要的共犯の関係に立ち、刑法60条の適用を待つまでもなく、共に、売り手は「所在国外移送人身売渡し罪」、買い手は「所在国外移送人身買受け罪」の正犯として処罰されます。
売買の一方当事者だけに所在国外移送の目的がある場合には、その者にのみ本罪が成立します。
実行の着手時期、既遂時期
本罪の実行の着手の時期は、
人の売買又は交換の申込みをした時点
です。
人の売買又は交換の申込みがあれば売買行為の実行の着手があったことになり、この時点で、少なくとも本罪の未遂罪(刑法228条)が成立することになります。
本罪の既遂時期は、
人身の授受があった時
です。
売買契約だけでは本罪は既遂にならず、人身の授受があったときに本罪は既遂となります。
人身の授受があれば、対価の授受がなくても本罪は既遂となります。
また、本罪の成立を認めるに当たり、所在国外に移送する目的で人身の売買をすれば足り、実際に人を所在国外に移送することは必要としません。
他罪との関係
所在国外移送目的とともに営利の目的があった場合は、本罪のみが成立し、「営利人身買受け罪」(刑法226条の2第3項)は成立しません。
所在国外移送目的略取・誘拐罪(刑法226条)の犯人が本罪を犯した場合の罪数について、牽連犯説と併合罪説とに分かれています。
本罪と被略取者等所在国外移送罪(刑法226条の3)との関係については、牽連犯説と併合罪説とに分かれています。