前回の記事の続きです。
不動産侵奪罪における「不動産」とは?
不動産侵奪罪は刑法235条の2において、
他人の不動産を侵奪した者は、10年以下の拘禁刑に処する
と規定されます。
不動産侵奪罪における「不動産」とは、
民法86条1項にいう土地及びその定着物
を意味します。
例えば、
- 畑、宅地などの土地
- 土地に建てられた家
- 土地の定着物である立木
が該当します。
「不動産」は、実質的には、土地と家屋ということになりますが、これに限られるものではなく、土地の定着物についても、そのままの状態で、これを領得する限り、不動産侵奪罪の対象となります。
家屋、土地、土地の定着物をその場において領得する行為
1⃣ 家屋、土地、土地の定着物といった不動産をその場において領得する行為は、不動産侵奪罪となります。
例えば、
- 家屋、土地を占拠する行為
- 土地の定着物である立木について、立木のままで、
自己の所有物として領得する行為
は不動産侵奪罪となります。
2⃣ 土地を使用させてもらっていた者が、土地の所有者の意思に反して建物を建てる行為も不動産侵奪罪となり得ます。
この点に関し、参考となる以下の判例があります。
最高裁決定(昭和42年11月2日)
裁判所は、
- 板塀で囲み上部をトタン板で覆ってある他人所有の土地を、所有者の黙認のもとに、建築資材などの置場として使用していた者が、台風による右囲いの倒壊後、所有者が工事中止方を強硬に申し入れたにもかかわらず、右土地の周囲に高さ2.75メートルのコンクリートブロック塀を構築し、その上をトタン板で覆い、建築資材などを置く倉庫として使用した行為は、不動産侵奪罪に該当する
と判示しました。
3⃣ 他人の家屋の一部屋のみを不法占拠する場合も不動産侵奪罪が成立します。
この点に関する以下の裁判例があります。
福岡高裁判決(昭和37年8月22日)
裁判所は、
- 被告人はAの管理する台所10畳一部屋を被告人の居住の用に供するた
め、管理者の意思に反して一間物戸棚一つを使用してこれを不法に占拠したものであるから、不法領得の意思で不動産を奪取したものであり、被告人の右所為は刑法第235条の2の不動産侵奪罪を構成する
と判示しました。
4⃣ 他人の家屋をそれが自分の所有物であることを明らかにして占拠し、その後、その家屋を取り去っても不動産侵奪罪が成立します。
家を占拠した後の家を取り去る行為は不可罰的事後行為となり、建造物損壊罪(刑法260条)など他の犯罪は成立しません。
家屋を移動させて領得する行為
不動産として領得する行為として、例えば、家屋の全部又は一部をそのまま移動して、自己の占有下の土地にまで持ってくる行為が挙げられます。
このような家屋を家屋として場所的移動を伴って領得する行為が、
- 動産の窃盗罪(刑法235条)になるのか
- 不動産侵奪罪になるのか
という論点があります。
この論点については、故意の内容が、不動産としての家屋の領得である点、建物は、移動しても、前後を通じて土地に定着する同一不動産であること(大審院判決 大正7年2月7日)を考えると、窃盗罪ではなく、不動産侵奪罪により処罰することが妥当であると考えられています。
不動産の定着物を分離して領得する行為は窃盗罪となる
不動産(土地、家など)の定着物を分離して領得すれば、不動産侵奪罪ではなく、窃盗罪となります。
例えば、民法上、
- 工場内に設置された紡績機械(大審院判決 明示35年1月27日)
- 動産として取引する場合でない成熟している稲(大審院判決 昭和13年9月28日)
は土地の定着物として不動産であるとされていますが、これらを土地から分離して動産として領得すれば、不動産侵奪罪ではなく、窃盗罪の対象となります。
この点に関する以下の判例があります。
裁判所は、
- 小作人その他の者が共謀の上、大挙して耕作権について地主と係争中の苗代から地主の育成した稲苗を抜き取り、同じく地主が耕しておいた係争中の水田全部に抜き取った稲苗を植え付けた上他人の出入を禁止する旨の立札を樹立した場合は、稲苗の窃盜罪が成立する
と判示しました。
不動産の空間を侵害する場合も不動産侵奪罪の対象となる
不動産(特に、土地や家屋)の空間を侵害する場合も不動産侵奪罪の対象となります。
土地については、その上下、地下、地上まで及んでいます(民法207条)。
例えば、
- 他人の土地の上に張り出して二階部分を増築する行為(大阪地裁判決 昭和43年11月15日)
- 家屋の床下を占拠して住居として用いている行為
も不動産侵奪罪の対象となります。
①の裁判例は以下のものです。
大阪地裁判決(昭和43年11月15日)
被告人が居住占有している家屋の2階部分を無断で隣接地上に突出して増築した事案について不動産侵奪罪の成立を認めた事例です。
裁判所は、
- 前記ニ階部分は本件家屋と一体をなしているが、他人の土地の占有を妨げるのは部分的でも可能であるから、前記軌道敷地との境界を超えて出張っている本件新築ニ階部分は少なくとも右土地の占有を妨げて
いるものといわなければならない
- そして被告人らは昭和39年5月7日頃からは明らかにその事実を知りながら前記のとおり工事を完成させたものであるから、実質的にも右軌道敷地の占有を妨げているものといわなければならない
- 右妨害は所有権行使に対する侵害ともなり適法に処理されるべきものであるから法律上当然に規制の対象となるもので社会的加罰性も存するものといわなければならない
と判示しました。
また、水面であっても同様であり、知事の許可なしに、公有水面である国有溜池の一部を埋め立てて宅地を造成すれば、不動産侵奪罪が成立します。
この点に関する以下の裁判例があります。
高松地裁判決(昭和46年8月17日)
公有水面である国有溜池の一部に、知事の免許を受けず、土砂を投棄して埋立工事を行ない、宅地を造成した事案につき、不動産侵奪罪が成立するとされた事例です。
裁判所は、
- 被告人は、香川県知事の埋立免許を受けないで、昭和42年10月頃から昭和43年2月末頃までの間、公有水面である坂出市〇〇番地所在の香川県知事が管理する国有溜池「鎌田池」の東側堤防沿いの部分に土砂を投棄して埋立工事を行ない、宅地約7000平方メートルを造成し、もって「鎌田池」の当該底地を侵奪したものである
と判示しました。