刑法(不動産侵奪罪)

不動産侵奪罪(4)~侵奪①「他人の占有の排除と自己の占有の設定」「侵奪が認められた行為と認められなかった行為の具体例」を説明

 前回の記事の続きです。

「侵奪」とは?

 不動産侵奪罪は刑法235条の2において、

他人の不動産を侵奪した者は、10年以下の拘禁刑に処する

と規定されます。

 「侵奪」とは、

不法領得の意思をもって、不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己又は第三者の占有に移すこと

をいいます(最高裁判決 平成12年12月15日)。

 「侵奪」に当たるためには、

  1. 客観的要件として、他人の占有の排除と自己の占有の設定
  2. 主観的要件として、不法領得の意思

が必要となります。

 この記事では、①の「客観的要件として、他人の占有の排除と自己の占有の設定」について説明します。

他人の占有の排除と自己の占有の設定

 不動産侵奪罪は、現実に不動産を占拠する事実的な積極的行為を要します。

 侵奪といえるためには積極的な事実行為(他人の占有の排除と自己の占有の設定)が必要です。

 そして、その行為は公然、非公然を問わないし、被害者がそれを認識するか否かも問わないとされます。

 不動産侵奪罪は、あくまで事実上の占有行為を処罰するものなので、登記簿上の名義変更だけでは文書偽造罪が成立する場合はともかく本罪の成立の余地はありません。 

 また、他人の土地につき、適法に占有を開始した者が、占有を継続している限り、民事上占有を続けることが債務不履行その他の違法行為に当たる場合であっても、本罪が成立することはありません。

 ただ、当初から侵奪目的で賃貸借に名を借りたり、用途の変更が新たな占有の取得と認められる場合は本罪が成立し得ます。

 例えば、資材置場として土地を賃貸借していた者が、無断で住宅を建設すれば、占有に質的変化を起こすため、不動産侵奪罪が成立します。

侵奪が認められた行為の具体例

 侵奪が認められた行為の具体例として、以下のものがあります。

最高裁判決(平成12年12月15日)

 東京都の公園予定地の一部に、無権原で、角材を土台とし、要所に角材の柱を立て、多数の角材等からなる屋根部分を接合し周囲をビニールシート等で覆うなど容易に倒壊しない骨組みを有する簡易建物を構築し、相当期間、退去要求にも応じなかった行為

最高裁判決(平成12年12月15日)

 使用貸借の目的とされた土地の無断転借人が、土地上の簡易施設を改造して本格的店舗を構築した行為

最高裁決定(昭和42年11月2日)

 仮設的な板塀又はトタン塀で囲まれた他人所有の空地を建築資材置場として一時使用していた者が、その塀が台風で倒壊した際、使用者の制止に反し、周囲に半永久的なコンクリートプック塀を築造し、建築資材倉庫として使用した行為

福岡高裁判決(昭和37年8月22日)

 かつて住んでいた家について、民事訴訟で敗訴し、強制執行を受けて明け渡した後で、無断で再び人居した行為

 裁判所は、

  • 被告人はAの管理する台所10畳一部屋を被告人の居住の用に供するため、管理者の意思に反して一間物の戸棚一つを使用してこれを不法に占拠したものであるから、不法領得の意思で不動産を奪取したものであり、被告人の右所為は刑法第235条の2の不動産侵奪罪を構成するものというべく、被告人の本件所為が不動産侵奪罪に該当する以上不動産侵奪の行為としての本件所為が不動産侵奪罪の外に別異の犯罪を構成するものとは解し得られない
  • したがって原判決が被告人の本件所為につき刑法第130条(※住居侵入罪)を適用処断したのは法令の解釈適用を誤ったものである

と判示しました。

新潟地裁相川支部判決(昭和39年1月10日)

 他人に依頼して第三者の占有する係争中の農地を耕耘させて一部に苗木や菜種を播き、堆肥をおく行為

大阪高裁判決(昭和41年8月19日)

 土地明渡しの裁判の結果、執行を受けて、畑の野菜類を抜かれたのに、再び畑の周りの棒杭をこわして侵人し野菜類を栽培した行為

東京高裁判決(昭和45年6月30日)

 執行官の占有土地について、宅地造成のためブルドーザーで切り崩し、全域を3~4メートル掘り下げて整地した行為

東京高裁判決(昭和50年8月7日)

 生立している松の木をブルドーザーを用いて掘り起こし敷き込むなどして陸田に造成し、これに耕作して米を収穫した行為

広島高裁判決(昭和44年6月26日)

 国有地にバラックを建てて不法占拠していた者が、立退き通告を受け、立退条件を有利にするため、隣接地にバラック(面積19.82平方メートル)を移築した行為

大阪高裁判決(昭和58年8月26日)

 他人の土地を深さ約4.5メートル掘削して、土砂を搬出したのち、これに産業廃棄物を捨て、夜間は人の出人りを遮断した行為

福岡高裁判決(昭和62年12月8日)

 西側に隣接する他人の土地の土砂を削り取り、自己所有の土地と同一レベルに整地した上、その南側にコンクリート擁壁を築造する行為

侵奪が認められなかった行為の具体例

 侵奪が認められなかった行為の具体例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和40年12月17日)

 裁判所は、

  • 自宅の敷地に隣接する他人所有の空地に、外見上、ロの大きさが29cmX23cm、深さ17.5cmで、原状回復に要する時間は半時間位であって、その費用も1000円くらいであった排水口を設置した行為について、排水口設置によって空地所有者の受ける損害が皆無に等しいとして、侵奪に当たらないとした上、被告人は、将来その空地を買い受ける予定で、仮に買い受けることができなかったとしても、一時的に利用する意思であって、不法領得の意思も認められない

として不動産侵奪罪の成立を否定しました。

東京高裁判決(昭和53年3月29日)

 建築資材の販売を業とする営業所に使用する目的で、同土地上に、所有者の代理人の承諾を得て、事務所を建築した賃借人が、新たにプレハプの居宅、倉庫等を同土地上に建築した事案です。

 裁判所は、

  • これらの建築施工が賃貸借の目的に反するものであったとしても、それをもって直ちに不動産侵奪罪にいわゆる侵奪若しくは新たな占有の取得と見られる占有の質的、態様の変化があったものとは到底解されない

などとし、 賃借権に基づき適法に土地の占有を取得した者について、その占有を失わない限り用法違反の所為があったにしても不動産侵奪罪は成立しないとしました。

次の記事へ

不動産侵奪罪の記事一覧