刑法(背任罪)

背任罪(4)~行為②「『財産上の損害』とは?」を説明

 前回の記事の続きです。

「財産上の損害」とは?

 背任罪は刑法247条において、

他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する

と規定されます。

 そして、背任罪(刑法247条)の行為は、

自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をして、本人に財産上の損害を加えること

です。

 背任罪が成立するためには、任務違背行為があっただけでは足りず、その結果、本人に財産上の損害を加えたことが必要です(任務違背行為の説明は前の記事参照)。

 この場合の損害は、本人の全体的財産の減少を意味するが、既存の財産が減少した場合のみならず、得られたはずの利益(消極的損害)が取得できなかった場合も含まれます。

 この点を判示したのが以下の判例です。

最高裁決定(昭和58年5月24日)

 裁判所は、

  • 刑法247条にいう「本人に財産上の損害を加えたるとき」とは、経済的見地において本人の財産状態を評価し、被告人の行為によつて本人の財産の価値が減少したとき又は増加すべかりし価値が増加しなかったときをいう

と判示しました。

 この財産の減少を、

  • 法的に評価するのか(法的損害概念説)
  • 事実的・経済的に評価するのか(経済的損害概念説)

について、判例は、経済的損害概念説を採用する立場をとっています。

 例えば、十分な担保を徴求することなく金銭を貸し付けた不正融資の場合、100万円を貸しても法的には100万円の金銭債権を取得することになるため、法的損害概念説によれば、全体財産の減少はないことになります。

 これに対して、経済的損害概念説によれば、十分な担保なしに貸し付ければ、それだけで経済的な損害が発生していることになります。

 取引社会の現状からすれば、現金と金銭債権の価値は同一ではなく、特に債権は担保の有無によってその価値は大きく異なるので、経済的損害概念説が妥当という考え方になります。

 経済的観点から財産上の損害を捉えている判例・裁判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(昭和58年5月24日)

 裁判所は、

  • 信用保証協会の業務の性質上、その行う債務保証が、常態においても同協会に損害を生じさせる場合が少なくないとしても、同協会の支所長が、企業者の資金使途が倒産を一時糊塗するためのものであることを知りながら、委任された限度額を超えて同人に対する債務保証を専決し、あるいは協会長に対する稟議資料に不実の記載をし、保証条件についての協会長の指示に従わないで保証書を交付するなどして、同協会をして企業者の債務を保証せたときは、右支所長は、任務に背き同協会に財産上の損害を加えたものというべきである

と判示しました。

権利の取得の実行が不可能又は困難であるときには、財産上の損害が認められる

 法律上は本人に権利の取得が認められても、その権利の取得の実行が不可能又は困難であるときには、財産上の損害が認められます。

 例えば、回収不能者に無担保又は確実な担保を徴しないで金銭を貸し付けた場合には、回収不能の結果を待つことなく、貸付と同時に元本額相当の財産上の損害があるとされます。

 この点に関する以下の判例があります。

大審院判決(大正15年9月23日)

 裁判所は、

  • 銀行の金利貸付取立事務を担当する者は、その行金を適当に運転して利殖を図るべき任務を有することもちろんなるをもって、資カ及び信用の乏しき者に対し無担保にして行金を貸出すにおいては、回収不能なりと銀行の損失を招くべきことを認識しながら無担保貸付を為し、又は貸付元金の取立を放漫に付する結果、当然銀行に財産上の損害を生ずべきことを認識しながら、敢えてこれを為すは、その任務を誠実に遂行したるものというべからざるが故に、これがためその認識に係る損害を生ぜしめたるときは、その貸付元金は、右背任行為により銀行が現実受けたる損害にしてその利息は元本の運転により銀行の得べかりし利益の喪失にほかならずして、もし適当なる貸付により 該利息を取得せんか更にこれを元本として運転し利殖を為し得べきをもって複利方法によりて算出したる利息全部は元本と等しく背任行為に基づく損害というを得べし

と判示し、背任罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和28年7月15日)

 裁判所は、

  • 刑法第247条にいわゆる財産上の損害を加えたとは、財産的実害発生の危険を生ぜしめた場合をも含むものであるから、被告人が本件不当貸付により本件協同組合に財産上の損害を加えたものであることは、もとより言うまでもないところであるが、本件においては、原判決援用の前記証拠によれば、同協同組合においては組合員一人に対する貸付金の最高限度も3万円と定められていたにかかわらず、貸付の許されない組合員以外の者に対し該協同組合の現金20万円が担保物をも設けず保証人も定めず、相当な弁済の保証のないままで交付貸付されたものであることが明らかであるから、本件犯行により右協同組合に与えた損害の額は、後に弁償されるか否かはともかく、該貸付の際においては、原判示のように貸付額と同額に評価すべきことは当然である

と判示し、背任罪が成立するとしました。

「財産上の損害」の具体例

 「財産上の損害」の具体例として、以下の判例があります。

大審院判決(大正13年11月11日)

 質権その他の担保権の喪失は、債権の取立てが可能か否かにかかわらず、財産上の損害であるとしました。

大審院判決(大正2年4月17日)

 本人に約束手形裏書人としての義務を負わせた場合には、本人が現実に償還義務を履行しなくても、財産上の損害を加えたことに当たるとしました。

最高裁判決(昭和31年12月7日)

 先に根抵当権を設定していたにもかかわらず、他の債権者のために設定した根抵当権を第1根抵当として登記することは、先の根抵当権者に財産上の損害を加えたことになるとしました。

最高裁判決(昭和58年5月24日)

 信用保証協会支所長が、企業者の債務保証業務を行う際に、自己裁量限度を超過して同協会に保証債務を負担させたときは、企業者の債務がいまだ不履行に至らず、代位弁済による現実の損失が生じていないとしても、経済的見地においては同協会の財産的価値を減少したものと評価されるから、財産上の損害となるとしました。

最高裁決定(平成8年2月6日)

 A銀行から当座貸越契約に基づき融資を受けていたB会社が、手形を振り出しても自ら決済する能力を欠く状態になっていたのに、B会社の代表者である被告人が、A銀行の支店長と共謀の上、B会社振出しの約束手形にA銀行をして手形保証をさせた場合において、右保証と引換えに、額面金額と同額の資金がB会社名義のA銀行預金口座に入金され、A銀行に対する当座貸越債務の弁済に充てられるとしても、右入金が、被告人と右支店長との間の事前の合意に基づき、一時的に右貸越残高を減少させ、B会社に債務の弁済能力があることを示す外観を作り出して、A銀行をして更にB会社への融資を行わせることなどを目的として行われたものであるなど判示の事実関係の下においては、A銀行が手形保証債務を負担したことは、刑法247条にいう「財産上の損害」に当たるとしました。

「財産上の損害」とは認めれないとした事例

 上記判例とは反対に「財産上の損害」とは認めれないとした事例として、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和28年2月13日)

 食糧営団の役員が国庫に納付すべき利益金をその任務に背いて営団職員の生活資金として交付したからといつて、右出捐が営団として当然なすべき出捐である場合には、営団に損害を与えたものと速断することはできないとしました。

東京高裁判決(昭和39年5月26日)

 本人に手形債務を負担させることは、一般に財産上の損害発生が認められるのに対して、手形の書替、すなわち、旧手形の支払延期のために新手形の振出が行われた場合には、新たな手形行為について金額の増加、担保の得喪などの特別事情が伴わない限り、新旧両手形債務には、経済的な同一性があって、新たな損害の発生があったとは認められないから、旧手形の振出を背任罪として評価したときには、新手形の振出につき重ねて背任罪の刑責を問うことは許されないとしました。

任務違背の法律行為が私法上無効であったとしても、財産上の損害の発生が肯定される場合がある

 任務違背の法律行為が私法上無効であったとしても、財産上の損害の発生が肯定される場合があります。

 この点に関する以下の判例・裁判例があります。

最高裁判決(昭和37年2月13日)

 漁業信用基金協会の専務理事力が協会所有の定期預金証書につき質権を設定した行為は業務の範囲外であって法律上無効であるとしても、定期預金債権の回収を不能にさせるおそれがあるから財産上の損害があるとしました。

東京高裁判決(昭和46年12月20日)

 地方公共団体の長が地方自治法に定める要件に従わないで約束手形の振出・裏書した行為は無効であり、地方公共団体は、手形債務は負わないが民法44条により損害賠償責任を負うこともあり、財産上の損害が認められるとしました

財産上の損害は、損害額が不確定でもよい

 財産上の損害は、損害額が不確定でもよいです。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(大正11年5月11日)

 裁判所は、

  • 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的をもって為したる背任行為により、本人に財産上の損害を加えたる場合においては、その任務違背行為の終了と同時に、背任罪成立すべく、その損害額の確定せざる事実は犯罪の成立を妨げるものに非ず

と判示しました。

大審院判決(昭和8年12月4日)

 裁判所は、

  • 背任罪における財産上の損害には、現にその損害価格の確定し得べきものに限らず、財産上権利の 実行を不確実ならしむるのおそれある状態をも包含す

と判示しました。

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