前回の記事の続きです。
この記事では、公用文書毀棄罪、公電磁的記録毀棄罪(刑法258条)を「本罪」と言って説明します。
「公務所の用に供する」とは?
本罪は、刑法258条に規定があり、
公務所の用に供する文書又は電磁的記録を毀棄した者は、3月以上7年以下の懲役に処する
と規定されます。
本罪における「公務所の用に供する」こと(公務所供用性)の意義について、最高裁判決(昭和38年12月24日)は、
刑法258条にいわゆる「公務所の用に供する文書」とは、その作成者、作成の目的等にかかわりなく、現に公務所において使用に供せられ、または使用の目的をもって保管されている文書を総称するものと解すべきである
と判示しています。
公務所の用に供する文書とは、公文書の意味ではなく、
現に公務所が使用し又はそのために保管している文書であれば、その作成者が公務員であるか私人であるか、その作成目的が公務所のためであるか私人のためであるかは問うところでない
との理解になります。
このため、本罪を「公文書毀棄罪」と呼ばずに、「公用文書毀棄罪」と呼びます。
判例・裁判例では、
- 村役場が保管する私文書たる住民登録届出(東京高裁判決 昭和28年6月3日)
- 収税官吏が所得税法犯則事件につき差し押さえた帳簿書類(公務所から預かり自宅において保管していた文書)(最高裁決定 昭和28年7月24日)
- 司法警察員が証拠物として差し押さえた日記帳(東京高裁判決 昭和36年3月29日)
について、公務所供用性を肯定し、公用文書毀棄罪の成立を認めています。
「公務所の用に供する文書」は、証明の用に供せられるべき文書であることを要しない
「公務所の用に供する文書」は、証明の用に供せられるべき文書であることを要するか否かについて、判例は、これを要しないとしています。
最高裁は、
- 現に公務所において使用または保管中の文書である限り、それが証明の用に供せられるべき文書であっても、そうでない文書であっても、その罪の客体となりうる点に変りはない
と判示し、当該文書の記載内容が証明に適する性質を具備することは本罪成立の要件ではないとしました。
判例では、「本来法律上又は事実上無価値と評価されるべき内容虚偽の偽造文書」…具体的には、
- 偽造の徴税令書(大審院判決 大正9年12月17日)
- 警察官に差し出された偽造の答弁書(大審院判決 昭和11年3月27日)
- 事実と正反対の議決があったように記載した農地委員会識事録(最高裁決定 昭和33年9月5日)
について、公用文書毀棄罪の成立を認めています。
この点は、電磁的記録についても同様であり、権利・義務に関する電磁的記録に限定することなく、
- プログラムを記憶した電磁的記録
- 当該電磁的記録の存在又はその内容を証拠とするため捜査機関や裁判所に押収されている電磁的記録
も含むと解されています。
なお、公務所で使用又は保管中の電磁的記録については、公務所内で物理的に保管されている電磁的記録のほかに、他の場所にあって公務所により通信回線を介して支配、管理されているものも含むと解されています。
署名押印を欠くなどの未完成文書が本罪の客体となり得るか?
署名押印を欠くなどの未完成文書が本罪の客体となり得るか否かについて、判例はこれを積極的に解しています。
大審院判決(明治42年12月27日)
収税官吏が作成した国税犯則事件顛末書で未だ立会人等の署名押印がなされていないものについて、公用文書毀棄罪の成立を認めました。
未だ供述者及び作成者の署名押印のなされていない読み聞かせ終了後の弁解録取書(逮捕された被疑者が、警察官や検察官に対して、逮捕された事実について弁解した内容を、警察官や検察官が記載して作成した書面)について、公用文書毀棄罪の成立を認めました。
裁判官は、
- 司法警察員が刑訴203条に基づき、被疑者に対し、被疑事実の要旨および弁護人を選任し得る旨を告げ、被疑者がこれに対する供述をしたので、その旨を記載した弁解録取書原本を執筆し、これを読み聞かせ、誤りの有無を問うたところ被疑者が黙秘したため、司法警察員がその旨の文言の一部を末尾に記載した場合においては、いまだ被疑者および司法警察員の署名押印がなくても、右弁解録取書は、刑法第258条にいわゆる「公務所の用に供する文書」と解すべきである
と判示しました。
未だ所定の署名者の署名押印を了していないが、すでに会長の押印を終わって一般の閲覧に供せられるようになった村農地委員会議事録について、公用文書毀棄罪の成立を認めました。
裁判官は、
- A委員会議事録が未だ所定の署名者の署名押印を終っていない場合においても、既に会長の押印を終って一般の閲覧に供せられるようになつた以上、その一部の除去は公文書毀棄罪になる
と判示しました。
本文の記載は一部未完了であったが、文書としての意味、内容を備えるに至った弁解録取書について、公用文書毀棄罪の成立を認めました。
裁判官は、
- 公務員が公務所の作用として職務権限に基づいて作成中の文書は、それが文書としての意味、内容を備えるに至った以上、刑法258条にいう「公務所の用に供する文書」にあたる
と判示しました。
違法な取調べのもとで作成中の供述録取書で、すでに文書としての意味、内容を備えるに至っているものについて、公用文書毀棄罪の成立を認めました。
裁判官は、
- 違法な取調のもとに作成されつつあった供述録取書であつても、既に文書としての意味、内容を備えるに至つているものであるときは、刑法258条にいう「公務所の用に供する文書」にあたる
と判示しました。