前回の記事の続きです。
緊急避難と道路交通法違反(無免許運転)
無免許運転が緊急避難(刑法37条)と認められる場合は、無免許運転は違法性が阻却され、道路交通法違反 (無免許運転)は成立しません。
緊急避難は、他に方法がないことを要し(補充の原則)、その行為から生じた害が避けようとした害の程度を超えないことを必要とします(法益の均衡)。
道路交通法違反との関係においては、とくに「補充の原則」が問題となります。
無免許運転において緊急避難の成否が争われた裁判例として以下のものがあります。
いずれも無免許運転につき緊急避難が成立しないとされた事例です。
福岡高裁判決(昭和26年11月28日)
宿直員が同僚宿直員の急病に際し、宿直医も不在で、電話等により付近の医師に連絡をとっても医師はこないし、宿直運転手も不在であったので、同僚の生命身に対する目前の危急を避けるため、付近の病院まで同人を乗せて自動車の無免許運転をした事案です。
裁判所は、
- 原判決は、被告人が昭和25年8月6日午後10時30分頃、熊本市花畑町において法令に定められた運転の資格を持たないで熊第997号普通自動車を操縦した事実を認定しながら被告人の右行為は緊急避難に該当するもので罪とならないとし、その理由の前段において、同日午後8時頃、当夜の宿直員A(熊本県中央保健所に勤務する被告人の同僚で当夜被告人も宿直員であった)が心気昂進による胸痛で苦しみ出し、折りから宿直医が不在であった上、市保健所等にも連絡がとれず、電話をかけても医者は来ないし、雇運転手も不在でAの病状に対し冷手拭で患部を冷やす以外、処置をなし得ない不安に駆られるまま、Aの生命、身体に体する眼前の危急を避けるため、運転資格を持たないのに、Aのかかりつけの病院に赴くべく、前記自動車にAを乗せて運転したことを挙げている
- そして右事実関係は原判決引用の各証拠によってこれを認めることができるのであるが、右証拠によって明らかなように、当夜Aの発病の際には被告人等の同僚であるBがその場に来合せていたのであるから前記事実関係の下において被告人としては本件のような無免許運転の方法をとらなくても、Bを最寄の医者の許に走らせるとか、あるいは市内のタクシーを呼ばせる等の措置を講じ得た筈であると思われるのであって、本件無免許運転のみがAの危難を避ける唯一の手段であったとは認め難く、むしろ被告人としては、たまたま自己に自動車運転の経験あることによって可能な無免許運転の途を安易に選んだものであることが窺われるのである
- 要するに原判決は刑法第37条所定の緊急避難の成立要件である「やむことを得さるに出でたる行為」に関する解釈を誤ったものというほかなく右誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである
と判示し、緊急避難は認められず、道路交通法違反(無免許運転)が成立するとしました。
東京高裁判決(昭和46年5月24日)
急病人(胃けいれん)を無免許運転をして約10キロメートル離れた病院に運送した事案です。
裁判所は、
- 論旨(※被告人側の主張)は、被告人のとった措置は、急病人Aの生命、身体に対する「現在の危険」を避けるため、やむを得なかったものであるから、緊急避難ないし過剰避難が成立する、然らずとするも、被告人に対し、本件以外に他に適切な方法を尽すことを期待することは不可能であったと主張するものである
- よって本件記録および当審における事実取調の結果に基づき検討するに、被告人は、原判示日の夜、A方住込みの人夫Aが胃けいれんにより苦しみ出したため、他の人夫一同からの強い要請により、Aを自動車で約10キロメートル離れた御殿場市内の御殿場中央病院に運送しようとして、原判示のような無免許運転をしたことが認められる
- ところで、本件の場合、Aの症状が原判決のいうように必ずしも重篤なものではなかったとは直ちに断言しがたい(原判決のいうように、被告人が警察官に発見された際、警察官に対し急病人のことを告げていないこと及び救急車の出動を要請していないことが直ちにAの症状が重篤ではなかったことを認めしめる資料となるとすることは、いささか牽強の嫌いがある。)のであるが、いずれにせよ、Aが病気で苦しんでいたことは間違いないところと認められるので、Aを医師に診療させる必要のあったことは、これを是認せざるを得ないのである
- この場合、被告人としては、本件のような無免許運転をしなくても、被告人方近所に聖マリヤ病院その他数か所の病院があるので、これら病院の医師の来診を求めるとか、あるいは被告人方飯場にある電話で近くのタクシーを呼ぶとか消防署に対し救急車の出動を要請するとか他の有効、適切な措置を講じ得たのではないかということが考えられるのであるが、被告人は原審公判以来当審公判を通じて、近くの病院へ誰かが電話連絡したが医師不在と断わられた、近くのタクシーも若衆が電話したが、出払ってすぐ来られないとのことであった、救急車のことは全く念頭にはなかったという趣旨の弁明をしているのであって、この近くの病院およびタクシーの件については、被告人の弁明を虚偽として排斥するだけの資料もないので、一応これを措信するとしても、胃けいれんのような案件でも救急車が出動することは記録上明らかであるから、被告人としては、救急車の出動を要請すべきであったといわれても、致し方がないところである
- してみると、本件の場合、本件運転のみがAの危難を避ける唯一の手段、方法であったとはいいがたいので、緊急避難を認める余地はなく、従って過剰避難も成立しえないし、また、本件被告人の年齢、地位その他諸般の具体的事情の下においては、本件について期待可能性がなかったものとも認めることはできない
と判示し、緊急避難は認められず、道路交通法違反(無免許運転)が成立するとしました。