前回の記事の続きです。
期待可能性と道路交通法違反(無免許運転)
期待可能性とは、
犯行時、犯罪の行為者が適法行為を行うことを期待できること
をいいます。
「適法行為の期待可能性」ともいいます。
期待可能性を犯罪の成立条件とする理由は、
適法な行為を行うことが期待できないような場合においては、違法な行為を故意に行ったとはいえず、犯罪行為を行った責任を追及することはできない
という考え方がとられるからです。
期待可能性がない状況とは、たとえば、
- 他人を殴ること(傷害罪)を強制された状況
- どう考えても自動車事故(過失運転致死傷罪)を避けることができなかった状況(いきなり対向車線からはみ出して突っ込んできた車を避けることができなかったなど)
などがあげられます。
道路交通法違反において、期待可能性の理論が適用される場面はあります。
道路交通法に違反する行為をしたとしても、「その行為をなすことが無理もない。その行為をしないことを期待できない。」という場合であれば、行為者に非難を加えることはできません。
例えば、交差点で左折する場合は、道交法34条の規定により、あらかじめその前からできる限り道路の左側に寄り、かつ、徐行しなければなりませんが、大型車が左折する場合は、道路や交差点の広さによっては、できる限り道路の右側端に寄って大回りをしなければならないこともあります。
このような左折方法は、道交法34条違反となるのですが、このような場所では他の何人が運転して左折しても右同様の左折方法をとらざるを得ないことになるので、道交法34条の方法によることを期待することはできないことになり、結局、違法性は阻却されることになります。
期待可能性理論の適用基準を示した上で、道路交通法違反(無免許運転)の成立を認めた以下の裁判例があります。
浦和地裁越谷支部判決(昭和35年3月22日)
被告人の弁護人は、
- 会社の社長Aが荒い語調で無免許運転を命じたもので、被告人にこれを拒否することを期待することは不可能であるとし、道路交通法違反(無免許運転)は成立しない
と主張しました。
この主張に対し、裁判所は、
- 被告人が運転資格を持たないで本件自動車を運転しているが、かかる行為に出でないことを期待し得なかったか、すなわち無免許運転拒否についての期待可能性がなかったかどうかについて判断をする
- およそ、ある行為者が現に違法行為をしていても、その行為の代りに他の適法行為に出することを期待できない場合に、果してその行為者の責任が阻却され無罪となるべきか否かについては、学説、判例とも未だ必ずしも一致しないが、確かに、そのような場合には、行為者の責任が阻却せられると考えるのが、正しいと思われる
- しかし、これを認めるものであっても、その期待可能性の標準をいずれに求めるべきかについては、これまた必ずしも一致しない
- 当裁判所は、その行為以外の他の適法行為を行うことができる可能性が、行為者にとってなかっただけでなく、行為者の代りに他の平均人がその行為者の立場に立ったとしても、やはり行為者と同様違法の行為に出でざるを得なかった場合であることを要し、このような場合に限って行為者の行為が、たとえ違法行為であっても、その責任が阻却されると解するのが相当であると考える
と述べ、期待可能性理論の適用基準を示した上で、
- 被告人は、当時本件運転を拒絶することができたのに…単に、多少否定的態度を示しただけで、それを拒絶しなかったと認めるのが相当である
- もし被告人にとって、Aよりの運転命令を拒絶できない立場にあったとしても、他の平均人的な第三者においても然りであろうか
- これについては、Aが運転を命じた当時の状況、Aの性格その命令に従うとせば、運転技術の拙劣かつ無免許のまま運転しなければならない時間と距離、菖蒲町から他の交通機関を利用してわずか7、8キトメートル離れた地にある埼玉県久喜町桶川町又は鴻巣町に出て同所より電車を利用すれば、無事安全に同夜中に東京都内に帰ることが容易であること等前記認定の諸事実を総合して勘案すれば、他の平均人的第三者においては、当然に運転を拒否したであろうことは、常識を有する限り極めて明瞭である
- 証人Cが当公廷で「当時被告人に運転をさせずに他にハイヤーを頼むことができたのにしなかったのは私の手落である。被告人が運転することについては、心の底では不安に思っていた。私が被告人の立場に立つていたら、Aは、どうしても運転しろと場合によってはいうかもしれないが、それでも運転できないと拒む」 旨を述べているし、証人Dも当公廷で「他にハイヤーをやとえばよかった。Aより運転を命ぜられても一番よいのは運転をしないと断ることだと思う」旨を述べていることからも、第三者であれば拒絶することは明白である
- 被告人は、判示のように運転資格をもたないで本件自動車を運転したのであるが、これを拒否してこのような違法行為に出でないことを期待する可能性がなかったとは、到底いい得ないといわなければならない
- さすれば、判示運転資格を持たないで運転したことについては、所定の刑事上の責任を当然に負うべきである
と判示し、道路交通法違反(無免許運転)が成立するとしました。