刑法(逃走の罪)

加重逃走罪(5)~「拘禁場等の損壊又は暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪の実行の着手時期、既遂時期の考え方」を説明

 前回の記事の続きです。

拘禁場等の損壊又は暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪の実行の着手時期、既遂時期の考え方

 加重逃走罪(刑法98条)の実行の着手時期、既遂時期の考え方は、

  1. 拘禁場等の損壊又は暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪
  2. 2人以上通謀して逃走した場合の加重逃走罪

の場合で異なります。

 この記事では、①の「拘禁場等の損壊又は暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪」の実行の着手時期、既遂時期の考え方を説明します。

 なお、「実行の着手」「既遂」の基本的な考え方の説明は前の記事で行っています。

実行の着手時期の考え方

 拘禁場等の損壊又は暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪の実行の着手については、

  • 拘禁場等の損壊又は暴行・脅迫行為を開始したときとする見解(①説)
  • 拘禁から離脱する具体的危険が生じたときとする見解(②説)

とに分かれており、①説が通説です。

 ①説は、その理由として、

  • 損壊等は加重逃走罪の構成要件該当行為であるから、逃走の目的をもって損壊等を開始したときに加重逃走罪の実行の着手があるといえること
  • 結合犯のうち手段・目的の関係で結合しているものについては一般に手段たる行為が開始されたときに実行の着手があるとされているが、加重逃走罪の損壊等を手段とする加重逃走罪は、手段・目的の関係で結合している結合犯であるから、手段たる損壊等の行為が開始されたときに実行の着手があるといえること

を理由とします。

 これに対し、②説は、その理由として、

  • 結合犯を一律に扱うのは妥当でなく、行為の持つ法益侵害の現象的、具体的な危険性から実質的に判断すべきであり、加重逃走罪においても、看守者の実力的支配を脱する行為にとりかかったときに実行の着手があったというべきであること

を理由とします。

判例・裁判例の考え方

 まず、加重逃走罪の実行の着手があった認めるには、逃走行為を開始する必要があるとする立場に立った裁判例として、以下のものがあります。

佐賀地裁判決(昭和35年6月27日)

 裁判所は、

  • 逃走とはこの拘禁を離脱することをいうのであるから、看守者の実力的支配を脱する行為にとりかかったとき逃走に着手したものというべく、この理は加重逃走罪においても何ら異なるところはない
  • 拘禁場等の損壊、又は暴行脅迫若しくは通謀は刑を加重すべき事由ではあるが、それ自体は逃走行為ではないから、二人以上の者が通謀したというだけで逃走の着手ありといい得ないのはもちろん、右の損壊、暴行又は脅迫をしたというだけで、直ちに逃走の着手ありということはできない
  • これを例えば、逃走にそなえてまず拘禁場の一部をわずかの程度損壊し、他日さらに損壊を続けたうえ脱出しようと機会をうかがっているという場合は、いまだ予備の段階であり、これをもって逃走の着手があるとはなし得ないものというべきである

と判示しました。

 これに対し、損壊等の行為が開始されたときに着手があるとする立場に立つ裁判例として、以下のものがあり、最高裁もこの立場に立つことを明らかにしています。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和36年9月26日)

 裁判所は、

  • 刑法第98条の加重逃走罪は、拘禁場又は械具の損壊若しくは暴行脅迫の行為と逃走の行為とが結合して一個の構成要件をなし、右の各行為はいずれも独立しても罪となるべきものであるから、右数種の行為を結合した加重逃走罪はいわゆる結合犯と解すべきところ(但し、2人以上通謀して逃走する場合を除く)、結合犯における実行の着手は、逃走の目的をもってその手段としての損壊若しくは暴行脅迫の開始されたときにこれを認めるのが相当である

とした上、

  • (略)被告人両名は(略)逃走の目的をもって(略)西側外窓(略)に取り付けられた金網の留釘を交互にペンチで抜き取ろうとし、あるいは右窓枠下辺にある金網の縁の太い針金を交互にバールで2か所持ち上げる(略)等して右外窓の金網や鉄格子の取りこわしに渾身の努力を払ったことが明らかであるから、この段階において、既に実質的にも拘禁作用の侵害が開始されたものとみるべきことは当然であり、従って被告人両名について加重逃走罪の実行の着手があったというに何ら妨げはない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和54年4月24日)

 裁判所は、

  • 刑法98条の加重逃走罪(2人以上通謀して逃走する場合を除く)は、拘禁場又は械具の損壊若しくは暴行・脅迫(以下、損壊等という)の行為と逃走の行為とが結合して一個の構成要件をなしているいわゆる結合犯であり、しかも、逃走の目的をもってその手段としての損壊等の行為を開始すれば実質的にも同罪の主たる保護法益である拘禁作用に対する侵害の開始があるといえるし、構成要件の一部である損壊等の行為を開始しても逃走行為(房外に脱出するなどの行為)を開始しなければ実行の着手はないとする特段の合理的理由も認められないから、逃走の目的をもってその手段としての損壊等が開始されたときは、同罪の実行の着手があるものと解するのが相当である

とし、本件における損壊の事実を具体的に認定した上

  • 加重逃走罪にいう拘禁場の損壊が開始されたことを認めるに十分であり、同罪の実行の着手はあったものといわなければならない

と判示しました。

最高裁判決(昭和54年12月25日) ※上記東京高裁判決(昭和54年4月24日)の上告審判決

 裁判所は、

  • 刑法98条のいわゆる加重逃走罪のうち拘禁場又は械具の損壊によるものについては、逃走の手段としての損壊が開始されたときには、逃走行為自体に着手した事実がなくとも、右加重逃走罪の実行の着手があるものと解するのが相当である

とした上、

  • これを本件についてみると、原判決の認定によれば被告人ほか3名はいずれも未決の囚人として松戸拘置支所第三舎第三一房に収容されていたところ、共謀のうえ、逃走の目的をもって、右第三一房の一隅にある便所の外部中庭側が下見板張りで内側がモルタル塗りの木造の房壁(厚さ約14.2センチメートル)に設置されている換気孔(縦横各約13センチメートルで、パンチングメタルが張られている)の周辺のモルタル部分(厚さ約1.2センチメートル)3か所を、ドライバー状に研いだ鉄製の蝶番の芯棒で、最大幅約5センチメートル、最長約13センチメートルにわたって削り取り損したが、右房壁の芯部に木の間柱があったため、脱出可能な穴を開けることができず、逃走の目的を遂げなかった、というのであり、右の事実関係のもとにおいて刑法98条のいわゆる加重逃走罪の実行の着手があったものとした原審の判断は、正当である

と判示しました。

逃走に着手後に拘禁場等の損壊又は暴行・脅迫行為があった場合の加重逃走罪の実行の着手時期

 逃走に着手後、拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し、又は暴行・脅迫をしたときは、その段階で加重逃走罪の着手が認められることになります。

既遂時期の考え方

 加重逃走罪は、

  • 拘禁状態から離脱すること

により既遂に達します。

 いつ拘禁状態から離脱したといい得るかについては、単純逃走罪(刑法97条)の場合と同様であり、

  • 拘禁から離脱したとき

言い換えると、

  • 看守者の実力支配を脱したとき

に既遂となります(詳しくは単純逃走罪(4)の記事参照)。

 なお、前条の単純逃走罪(刑法97条)が既遂に達した後は、自己の身体を拘束する器具を損壊しても加重逃走罪には該当しません。

 また、逃走罪が既遂に達した後、逮捕を免れるべく看守者に暴行・脅迫を加えても、公務執行妨害罪が成立することは別として、加重逃走罪には当たりません。

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