強制捜査とは?~強制処分法定主義~
強制捜査とは、
個人の意思を抑圧し
身体、住居、財産等に制約を加え
強制的に捜査目的を実現する捜査方法
をいいます(最高裁判決 昭和51年3月16日)。
たとえば、
- 逮捕
- 捜索差押
が強制捜査に当たります。
強制捜査は、法律(主に刑事訴訟法)に特別の規定がある場合に行うことができます。
たとえば、逮捕は、刑事訴訟法199条~217条に規定があるからこそ行うことができるのです。
捜索差押であれば、刑事訴訟法218条~220条に規定があるから行うことができます。
強制捜査は、法律の根拠規定ある場合に限り許容されるというルールを
強制処分法定主義
といいます。
強制捜査は、『法律に特別の規定がある場合に実施できる』がキーワードになります。
現に、刑事訴訟法197条1項では、
『捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない』
と規定し、強制捜査(=強制処分)は、法律に特別の規定がなければ実施できないことを明記しています。
ちなみに、刑事訴訟法197条1項に記載される『必要な取調』とは、被疑者の取調べに限らず、必要な一切の捜査を意味すると解されています。
任意捜査とは?~任意捜査の原則~
任意捜査とは、
強制捜査以外の手段によって行われる捜査
をいいます。
本来、捜査は、任意捜査が原則です。
強制捜査は、犯人の人権を制約する処分なので、
- 証拠を隠す
- 関係者と口裏合わせをする
- 取調べの出頭に応じない
など、任意では捜査が難しい場合に、例外的にとられる手段です。
任意捜査が原則、強制捜査は例外が基本的な考え方です。
任意捜査が原則という考え方を
任意捜査の原則
といいます。
犯罪捜査規範99条には、
『捜査は、なるべく任意捜査の方法によって行わなければならない。』
と規定されており、任意捜査の原則を明記しています。
任意捜査の限界
強制に至らない有形力の行使
任意捜査でも、
強制に至らない有形力の行使
を行うことができます。
強制に至らない有形力の行使とは、
- 犯人が逃げないように警察署に留め置くこと
- ポケットやカバンに手を突っ込むなどしない程度の所持品検査
- 犯人の同意のもとで行う長時間の取調べ
などが例としてあげられます。
たとえば、先ほど紹介した最高裁判決 昭和51年3月16日の判例では、
『酒酔い運転の犯人が、呼気検査に応じず、急に警察署から退室しようとしたため、警察官が犯人の左斜め前に立ち、両手で犯人の左手首を掴んだ行為は、任意捜査において許容される限度内の有形力の行使である』
と結論づけています。
このように、任意捜査でも、強制に至らない有形力の行使であれば、有形力の行使が許容されます。
任意捜査において、有形力の行使が許容される限度
任意捜査において、無制限に有形力の行使が認めらることはありません。
先ほど紹介した最高裁判決 昭和51年3月16日の判例において、任意捜査で有形力の行使が認められる限度について
『強制手段に当たらない有形力の行使であっても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わずに常に許容されるものと解するのは相当ではなく、必要性、緊急性なども考慮した上、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される』
と定義しています。
『必要性、緊急性の考慮』
『具体的状況のもとで相当と認めれる限度』
がキーワードになります。
任意捜査において、どうのような有形力の行使が許容され、または許容されないかは、個別の事件ごとに、それぞれの事情に基づいて判断されることになります。
ケースバイケースの判断になるので、判例を指針にして考えていくことになります。
任意捜査としての取調べが許容される限度
今度は、任意捜査としての取調べが許容される限度について説明します。
これも、有形力の行使のときと同様、事案ごとにケースバイケースの判断になるので、判例を指針にして考えていくことになります。
逮捕されていない被疑者の取調べは、強制的に行うことはできません。
※ 強制的に行うことはできませんが、取調べ要請に応じないときは、逮捕され、強制捜査に移行される場合があります(刑事訴訟法199条1項ただし書き)。
任意捜査としての取調べは、
- 事案の性質
- 容疑の程度
- 被疑者の態度
などの事情を考慮して、
- 社会通念上相当と認められる方法・態様・限度において許容される
とされます。
つまり、任意捜査として取調べが、社会通念上相当と認められる方法・態様・限度を超える場合は、たとえ犯人の同意があったとしても、違法になります。
取調べが、社会通念上相当と認められる方法・態様・限度を超える場合には、犯人を逮捕してから取調べを行わなければなりません。
任意捜査の取調べの限界を判例で理解する
殺人事件の犯人を、警察署近くの宿泊施設に宿泊させ、4拍5日にわたり、長時間の取調べを行ったことについて、裁判所は、以下のとおり、違法とまではいえないと判断しました。
まず、裁判所は、前提として、
- 任意捜査においては、強制手段、すなわち「個人の意思を抑圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなれば許容することが相当でない手段」を用いることが許されないことはいうまでもない
- 任意捜査の一環として被疑者に対する取調べは、強制手段によることができないというだけではなく、さらに、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されると解すべきである
と一般論と述べました。
その上で、
- 本件事案に関しては「任意捜査の方法として必ずしも妥当とは言い難いところがあるものの、被告人が(取調べに)任意に応じていたものと認められるばかりでなく、事案の性質上、速やかに被告人から詳細な事情及び弁解を聴取する必要があったものと認められることなど本件における具体的な状況を総合すると、結局、社会通念上やむを得なかったというべく、任意捜査として許容される限界を超えた違法なものであったとまでは断じ難いというべきである
と判示しました。
考察
任意捜査における取調べが適法と判断されるか、違法と判断されるかは、個別的な事情の有無がポイントになりそうです。
たとえば、
- 事件が殺人罪など重大犯罪であり、容疑の程度が強い
- 犯人がうその供述をしており、容疑を固めるために取調べを続ける必要があった
- 犯人が、任意の取調べに対し、取調べを拒否していない
- 長時間にわたる取調べだが、一定の休憩がとられていた
- 取調べが深夜にわたっていない
などの事情があれば、長期間にわたる任意での取調べが違法ではないと判断される可能性が高いと考えられます。
逆に、上記のような事情がなければ、違法と判断される可能性が高くなると考えられます。
任意捜査としての許容される犯人の留め置き
犯人が目の前に現れても、裁判官が発する令状がなければ、逮捕や、所持品を押収する捜索差押ができません。
裁判官から令状を発付してもらうまでに、警察署などで犯人を留め置く必要がある場合もあります。
令状がなければ、留め置きも任意捜査の一環として行わなければなりません。
留め置きが強制に至る場合は違法になります。
留め置きが、任意捜査の範囲内として適法とされるか、それとも任意捜査を超えたとして違法となるかは、これもケースバイケースであり、判例を指針にして考えていくことになります。
留め置きが違法となった判例を紹介します。
事案の内容
覚せい剤取締法違反事件に関し、警察官が被疑者宅寝室内に承諾なしに立ち入り、犯人の承諾のないまま、犯人を警察署に任意同行した。
その上、犯人の退去の申出に応じず、警察署に約7時間余り留め置いた。
判決の内容
裁判所は、犯人を警察署に約7時間余り留め置いた行為について、任意捜査の限界を超えた違法なものである旨判示しました。
しかしながら、犯人の留め置きの中で行われた、犯人の尿の提出と押収手続の違法程度は重大であるとはいえず、犯人の尿の鑑定書の証拠能力は認められ、無事、犯人は、覚せい剤取締法違反で有罪になっています。
任意捜査として認められる一般人の停止
事案の内容
警察官の顔面を殴る公務執行妨害罪を犯した犯人が、一般人の集団の中に紛れて身を隠した。
警察官は、犯人を探して検挙するため、6、7分間、歩行中の集団を停止させた。
判決の内容
裁判所は、
- 犯罪が発生してから間がなく、犯人が集団の中にいる蓋然性が高かった
- 警察官が集団の者を見分すれば、その集団の中から犯人を発見して検挙できる可能性がきわめて高い状況にあった
- 犯人検挙の目的を実現するためには、直ちに集団の移動を停止させ、その四散を防止する緊急の必要があり、そのためには、停止の方法をとる以外に有効適切な方法がなかった
- 停止させられた時間もせいぜい6、7分の短時間にすぎなかった
といった事情を総合勘案すると、本件の具体的状況のもとにおいては、警察官が行った集団に対する停止措置は、犯人検挙のための捜査活動として許容される限度を超えた行為とまではいうことができず、適法な職務執行にあたると判示しました。