刑法(総論)

不法領得の意思とは?② ~「一時使用の窃盗(使用窃盗)とは?」「自転車、自動車に対する使用窃盗」を判例で解説~

一時使用の窃盗罪(使用窃盗)とは?

 窃盗罪が成立するためには、不法領得の意思が必要であることを前回の記事で説明しました。

 不法領得の意思とは、

権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思

をいいます。

 他人の財物を奪っても、

「奪ったものを自分のものにしよう」

という不法領得の意思がなければ、窃盗罪は成立しません。

 ここで、「一時的に他人の財物を奪い、あとで元あった場所に戻そう」という意思で、財物を奪い、あとで元あった場所に財物を戻すという

一時使用の窃盗(使用窃盗)

の場合に、不法領得の意思が認められ、窃盗罪が成立するかが問題になります。

 一時使用の窃盗(使用窃盗)とは、たとえば、

駅前にとめてあった自転車を勝手に持ち出して乗り回した後、元あった場所に戻す

というケースが該当します。

 それでは、一時使用の窃盗(使用窃盗)について、不法領得の意思が認められ、窃盗罪が成立するかどうかについて、判例の動きを説明していきます。

一時使用の窃盗(使用窃盗)に関する判例

 まず、一時使用の意思で財物を奪った事件について、窃盗罪の成立を否定した判例を紹介します。

東京高裁判例(昭和26年12月1日)

 一時使用の意思で、ジープを持ち出して使用した事件について、裁判官は、

  • およそ、窃盗罪が成立するには、他人の財物について不法領得の意思、すなわち終局的に所持を奪い、事実上自己の完全な支配に移し、これを使用処分して自ら所有者の実をあげる意思をもってその所持を侵し、これを自己の所持に移すことを必要とする
  • 単に一時使用のために、これを自己の所持に移すような行為は窃盗罪を構成しないと解すべく、このことは既に大審院判例の示すところである
  • もし、被告人が『ジープ』を操縦し去ったときにおいて、これを不法領得する意思がなく、ただ、単に、一時使用のためにこれを自己の所持に移したるにとどまるときは、これをもって窃盗罪の成立を肯定することができない

と述べました。

 今度は逆に、一時使用の窃盗で、窃盗罪の成立を肯定した判例を紹介します。

福岡高裁判例(昭和28年5月27日)

 自動車の乗り捨て事件について、裁判官は、

  • 大審院判例並びに通説に従えば窃盗の主観的要件として、目的物に対する犯人の領得の意思を必要とし、使用窃盗が認められないことは所論のとおりである
  • けれども、被告人が本件自動車を当初より無断にて他人の所持を侵し、これを自己の所持に移し、かつ乗り捨てた事実が明白である
  • したがって、被告人は他人の自動車を一時使用するに止まらず、終局的に被害者の所持を奪い、事実上自己の完全なる支配に移し、これを使用したものと解すべく、すなわち不法領得の意思があったと認むるを相当とし、その行為は窃盗罪に該当する

と述べました。

 これらの2つの判例から、

  • 一時使用の意思のみで他人の財物を奪った場合は、窃盗罪は成立しない
  • 一時使用の意思に加えて、財物に対する被害者の所持を奪い、財物を事実上自己の完全なる支配に移して使用した場合は窃盗罪が成立する

ということがいえます。

自転車の一時使用の窃盗(使用窃盗)に関する判例

 短時間の自転車の一時使用については、不法領得の意思が認められず、窃盗罪は成立しないとする判例があります。

京都地裁判例(昭和51年12月17日)

 就寝中の一人住まいの女性を姦淫しようと計画し、数か月にわたって、犯行現場に行くために、自宅付近にあるガレージから自転車を無断で持ち出して使用し、翌朝には自転車を元の場所に戻しておいたという事件について、裁判官は、

  • 被告人は、被害者方から自転車を無断で持ち出す際には、自転車を使用した後にその場所に返還しようと考えていたものであって、これを乗り捨てる意思はなかった
  • また、被告人があらかじめ決めていた目的地までは距離にして2キロメートル、自転車で10分程度を要するだけで、さほどの距離はなかった
  • さらに、仮に被告人が警察官に逮捕されることなく帰宅できたとすると、自転車を無断で持ち出してからそのガレージに戻すまでの時間は、最大限2,3時間を超えるものではなかった
  • その間の自転車の消耗も考慮に値しないほどの軽微であるところからみて、被告人の自転車の無断借用持ち出しが検察官主張のごとく住居侵入、姦淫という違法目的であったとしても、これをもって被告人が自転車の所有者を排除するところまでの意思を有していたとみることはできない
  • むしろ単に一時的に使用するために自転車を自己の占有に移したとみるのが相当であるから、被告人には不法領得の意思を認めることはできない

と述べ、窃盗罪の成立を否定しました。

 上記判例のように、少なくとも自転車については、

  • 乗り捨ての意思がなく
  • 元の場所に返還する意思があれば

不法領得の意思はないとするのが判例の一般的傾向といえます。

自動車の一時使用の窃盗(使用窃盗)に関する判例

 先ほどは、自転車の一時使用についての判例の考え方を紹介しました。

 次に、自動車の一時使用についての判例の考え方を紹介します。

 判例は、自転車の一時使用については、返還の意思があれば、窃盗罪は成立しないという立場をとっています。

 これに対し、自動車の一時使用については、返還の意思があったとしても、窃盗罪が成立するという立場をとっています。

 以下で判例を紹介します。

最高裁判例(昭和43年9月17日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、自動車を、窃盗品の運搬に使用したり、あるいは、その目的をもって、相当長時間にわたって乗り回している
  • であるから、たとえ、無断使用した後に、これを元の位置に戻しておいたにしても、被告人に不正領得の意思を肯認することができる

と述べ、自動車については、返還の意思があったとしても、窃盗罪が成立すると判断しました。

最高裁判例(昭和55年10月30日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、深夜、広島市内の給油所の駐車場から、他人所有の普通乗用自動車(時価約250万円相当)を、数時間にわたって完全に自己の支配下に置く意図のもとに、所有者に無断で乗り出した
  • その後、4時間余りの間、同市内を乗り回していたというのであるから、たとえ、使用後に、これを元の場所に戻しておくつもりであったとしても、被告人には自動車に対する不正領得の意思があったというべきである

と述べ、自動車を返還する意思があったとしても、窃盗罪が成立すると判断しました。

高松高裁判例(昭和61年7月9日)

 強盗犯人が、犯行を実行するに当たり、その発覚を避ける目的で、駐車場に止めてあった他人の自動車を約30分間無断使用した上、元に戻した事件について、裁判官は、

  • ⑴本件自動車は被害者の妻がパチンコ遊技の間、駐車場に一時駐車させていたものであって、その者に使用の可能性のあるかは明らかなことであり、にもかかわらず、被告人は金融機関に対する強盗という重大な犯罪を遂行するのに利用するという目的で、あえて無断でこれを乗り出したものであるから、その使用時間が約30分、走行距離が15キロメートルあまりにとどまるといっても、被告人において少なくともその間、被害者の権利を全く無視し、本件自動車を自己の支配下におくという強い意志を認めることができる
  • また、⑵被告人が本件自動車を元の駐車場に戻すことは、更に逃走に使用する自己の車を同駐車場に置いている結果に過ぎず、その返還意思というのも、返還を目的ないし強く意識して権利者のために誠実にこれをなすというものではなく、返還自体を重要視しているのではないから、本件犯行途中に不測の事態が起きれば、本件自転車を放置して逃走することが十分予想され、被告人の意図通り確実に元の場所に返還されるとは限らなかったことが考えられることが明らかである
  • これら⑴及び⑵掲記の諸事情を総合すると、被告人の所為は不可罰的な使用窃盗にとどまるとは到底認められず、一時的にせよ、本件自動車に対する所有者の権利を排除し、あたかも自己の所有物と同様にこれを使用する意思があったものと認めるのが相当であり、被告人に不法領得の意思があったというべきである

と述べ、窃盗罪の成立を認めました。

東京地裁判例(昭和62年10月22日)

 タクシー運転手を脅迫した上、自らタクシーを運転して逃走し、タクシー内の金員を奪い、人のいないところでタクシーを乗り捨てた事件につき、被告人の弁護人がタクシー車両に対する不法領得の意思はなかったと主張したのに対し、 裁判官は、

  • 強盗罪における不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い、これを利用し処分する意思をいうと解すべきである
  • 被告人は、本件タクシーの運転者に対し、包丁を突きつけて「金を出せ」などと申し向けて脅迫をなした際、その犯行を抑圧した上、タクシー車両に乗り込み、自らこれを運転して現場から逃走し、その後、同車内の金員を奪った上、人のいない所でこれを乗り捨てようとの意思を有していたことが認められる
  • よって、被告人が本件タクシー車両に対しても不法領得の意思を有していたというべきことは明らかである

と述べ、被告人に不法領得の意思があったと認定し、強盗罪が成立すると判断しました。

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