刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(29) ~「公務執行妨害罪と①加重逃走罪、②住居侵入罪、③凶器準備集合罪、④騒乱罪、⑤業務妨害罪との関係」を解説~

 公務執行妨害罪(刑法95条1項)と

  1. 加重逃走罪
  2. 住居侵入罪
  3. 凶器準備集合罪
  4. 騒乱罪
  5. 業務妨害罪

との関係について説明します。

① 加重逃走罪との関係

 受刑者や逮捕勾留されている被疑者が、刑務所職員に対し、暴行・脅迫を加え、公務の執行を妨害して逃走した場合は、公務執行妨害罪は加重逃走罪刑法97条)に吸収され、加重逃走罪のみが成立します。

 参考となる裁判例として、以下のものがあります。

宮崎地裁判決(昭和52年10月18日)

 加重逃走未遂罪のみの成立を認め、公務執行妨害罪の成立を否定した事例です。

 事案は、刑務所収容中であって裁判中の被告人が、公判期日に裁判所に出頭する機会を利用して逃走しようと企て、刑務所内の作業に使用する竹ブラシの柄の部分をガラスの破片で削って改造した長さ約11.5cmの先端鋭利な竹べら1本を隠し持って、裁判所法廷において開かれた被告事件の公判期日に刑務所看守部長A、看守B、看守Cに看守されて出頭したが、審理が終わって閉廷した直後、被告人席付近から前方に設けられた衝立を飛び越えて裁判官用出入口から逃走しかけ、直ちに看守部長Aら3名が同出入口手前で捕えようとするや、竹べらを握りしめた右手拳で看守部長Aの顔面、看守Bの頭部をそれそれ2回くらい殴りつけ、看守Cの左腕に咬みつくなどの暴行を加えて逃走しようとしたが、同所において看守部長Aら3名に取り押えられてその目的を遂げず、その際の暴行により看守部長A、看守B、看守Cにそれぞれ傷害をわせたというものです。

 裁判官は、

  • 検察官は、被告人の所為につき、加重逃走未遂罪のほかに公務執行妨害罪の成立を主張するが、加重逃走罪は、その規定の位置、構成要件的内容、法定刑等に徴すると、既決未決囚人が公務員たる看守に対し、暴行、脅迫を加えその公務の執行を妨害して逃走を図る場合をもその構成要件的類型として評価の対象に包含していると解されるから、上記事例のような場合にあっては、加重逃走未遂罪が成立するにとどまり、公務執行妨害罪は成立しないと解する

としました。

② 住居侵入罪との関係

 公務執行妨害罪と住居侵入罪刑法130条)は、牽連犯ではなく(住居侵入と公務執行妨害とが手段と結果の関係にないため)、併合罪となります。

 大審院判決(明治43年11月10日)において、

  • 家宅侵入未遂行為につき、巡査の逮捕を免れるためになしたる公務執行妨害の行為は、家宅侵入未遂の行為より生ずべき当然の結果というを得ざるをもって、刑法第54条第1項後段に該当するものにあらず

と判示しました。

③ 凶器準備集合罪との関係

 凶器準備集合罪刑法208の2)と公務執行妨害罪とは、牽連犯ではなく、併合罪となります。

 東京高裁判決(昭和48年5月29日)において、

  • 凶器準備集合罪が個人の生命、身体、財産のみでなく、公共的な社会生活の平穏をもその保護法益とするものであることは明らかであり、凶器準備集合の所為を公務執行妨害の所為に対する単なる手段としてのみ評価することはできない
  • また両者は一般的にも通常手段結果の関係にあるといい得るものではないから、併合罪の関係にあると解することが相当である

と判示しました。

④ 騒乱罪との関係

 公務執行妨害罪と騒乱罪刑法106条)は観念的競合になります。

 大審院判決(大正3年2月24日)において、

  • 騒乱罪の成立要素としての行為は、他の罪名に触れない程度の暴行、脅迫で足りるので、暴行、脅迫であって他の罪名に触れる場合には、その行為は一面騒乱罪を成立させると同時に他の罪名に触れ、公務執行妨害罪と騒乱罪は観念的競合である

と判示しました。

⑤ 業務妨害罪との関係

 公務執行妨害罪は「公務」を保護する規定であるのに対し、業務妨害罪刑法233条234条)「業務」を保護する規定です。

 「公務」は「業務」に含まれるか否か、公務員の業務を妨害した場合、公務執行妨害罪ではなく、業務妨害罪の成立を認めることができるのかが争点となることがあります。

 この点について、参考となる判例として以下のものがあります。

最高裁決定(昭和62年3月12日)

 県議会の建物に進入し、委員会室に多数で乱入して、条例案の審議採決を妨害したという事案です。

 裁判官は、

  • 本件において、妨害の対象となった職務は、新潟県議会総務文教委員会の条例案採決等の事務であり、なんら被告人に対して強制力を行使する権力的公務ではないのであるから、右職務が威力業務妨害罪にいう「業務」に当たるとした原判断(※二審の高裁の判断)は、正当である

と判示し、建造物侵入罪と威力業務妨害罪刑法234条)の成立を認めました。

 この判例は、公務が業務妨害罪によって保護されるか否かのメルクマールは、公務が権力的公務か否かであり、権力的公務とは「強制力を行使する」公務であるととを明らかにした点が注目されます。

 権力的公務の例として、警察官の犯人逮捕などのように強制力の行使を伴う公務が該当します。

 これ対して、強制力を伴わない公務を非権力的公務といいます。

 この判例の考え方に基づけば、権力的公務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立し、非権力的公務を妨害すれば、業務妨害罪が成立するという考え方になります。

 同様の趣旨の判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(平成12年2月17日)

 町長選挙と衆議院議員総選挙における立候補届出の受理業務が、業務妨害罪における「業務」に該当するとし、業務妨害罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 本件において妨害の対象となった職務は、公職選挙法上の選挙長の立候補届出受理事務であり、右事務は、強制力を行使する権力的公務ではないから、右事務が刑法233条234条にいう「業務」に当たるとした原判断は、正当である

と判示しました。

東京高裁判決(平成10年11月27日)

 東京都の業務である駅地下通路の「動く歩道」設置工事に先立ち実施した路上生活者の段ボール小屋撤去作業について、業務妨害罪の業務に当たるとし、業務妨害罪が成立するとしました。

 また、最近の裁判例で、参考となる事例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(平成21年3月12日)

 警察に対して犯罪予告の虚偽通報をし、警察の業務を妨害した行為について、偽計業務妨害罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 最近の最高裁判例において 、強制力を行使する権力的公務が本罪(刑法233条の業務妨害罪)にいう業務に当たらないとされているのは、暴行・脅迫に至らない程度の威力や偽計による妨害行為は強制力によって排除し得るからなのである
  • 本件のように、警察に対して犯罪予告の虚偽通報がなされた場合(インターネット掲示板を通じての間接的通報も直接的110番通報と同視できる。)、警察においては、直ちにその虚偽であることを看破できない限りは、これに対応する徒労の出動・警戒を余儀なくさせられるのであり、その結果として、虚偽通報さえなければ遂行されたはずの本来の警察の公務(業務)が妨害される(遂行が困難ならしめられる)のである
  • 妨害された本来の警察の公務の中に、仮に逮捕状による逮捕等の強制力を付与された権力的公務が含まれていたとしても、その強制力は、本件のような虚偽通報による妨害行為に対して行使し得る段階にはなく、このような妨害行為を排除する働きを有しないのである
  • したがって、本件において、妨害された警察の公務(業務)は、強制力を付与された権力的なものを含めて、その全体が、本罪(刑法233条の業務妨害罪)による保護の対象になると解するのが相当である

と判示し、偽計業務妨害罪が成立するとしました。

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